ラブゲーム 「ああ、負けてしまいましたね」 互いの手元に積まれた駒の量を見比べて、古泉はちょっと困ったような顔つきになった。 デフォルト笑顔の上に困り顔という微妙な表情だが、こいつは元が美少女なのでこんな表情でも意外と様になる。 というより、こういう時の古泉の方が普段の胡散臭さが薄れている分良いかもしれないと思えるくらいだ。 無防備ってほどじゃないが、無意識の内に警戒心が薄れているってことなんだろうな。 普段からこのくらいなら、普通に可愛いと思えなくもないんだが……、というのは、今のこいつに持ちかけるのは無理な相談か。 何時もさわやかスマイルの便利屋さん的ポジションの優等生ってのが、ハルヒがこいつに求めている立ち位置らしいからな。 求める役割に忠実に、か。 そんな古泉の気持ちは俺には分からないが、まあ、こいつはこいつなりに色々有るんだろう。 「……ゲームを教えながら負ける奴なんて始めて見たぞ」 今現在俺達二人の間にある出所不明の妙に古めかしい謎のボードゲームは、例に漏れず古泉が持ち込んだものである。 当然そんなレア物ゲームのルールなど俺が知るわけもなく、俺は説明書片手に古泉のルール説明を受けながらプレイをしていたわけだが、先に触れた通り結果は俺の勝利で終わった。 それも、取った駒の数を細かく数える必要さえなさそうなほどの快勝だ。 ゲームに勝ったのだからちょっとは喜んでも良さそうなものなんだが、今は勝利の喜びよりも古泉に対する呆れの気持ちが大きすぎてそんな気分にすらならなかった。 「ううん、手加減したつもりは無いのですが……」 古泉は呟くように言うと、駒を一つ摘み上げ盤上で動かし始めた。 綺麗な細長い指が不規則な動きを刻んでいく。 このゲームの定石さえ知らない俺にはその動きの意味は分からなかったが、まあ、あまり良い手合いとは言えないのだろうことくらいは想像が着いたさ。 何しろこいつはゲームが下手だからな。 「ここは、こう来ると思ったんですよね」 古泉が盤上に駒を置き、手元から数少ない色の違う駒を隣に持ってきて縦に動かす。 数少ない古泉が俺から奪った駒の一つだ。 「いや、それはないだろ」 「そうですか?」 「あのな、これは……」 戦術というものが全然分かってなさそうな古泉に、俺は自分が取った手順を実演しつつ説明してやった。 今日始めてこのゲームに触れた俺が持ってきた人間に説明してやると言うのも変な話だし呆れの気持ちもまだ残ってはいるが、まあ、これはこれで悪い気はしない。 こういう話を聞いているときの古泉は案外素直で、時々それは素なんじゃないかというような表情が垣間見えるくらいだからだからな。 こういう時間は結構貴重なんだ。 俺が面白みの無い勝利の山を飽きもせず築き上げ続けている原因の一端は、こういう部分にあるのかもしれない。 「ああ、なるほど……」 納得がいったのか、古泉が神妙そうな顔でゆっくりと頷く。 「分かったか?」 「はい、ご教授ありがとうございます」 そう言った古泉の表情は、年相応の普通の女の子の笑顔に見えた。 きっと普段のこいつにこんな言葉を言われてもちっとも信用出来ないんだろうが、こういう時は感謝の言葉を素直に受け取ってやっても良いかも知れないと思える。 もしかしたら弱く見せているのも負け続けているのも演技なんじゃないかと思える時も有るんだが、そんな懸念は既に折込済みだ。 もしそうだったとしても、ここまで念入りに騙してくれるなら、騙されてやっても良いさ。 他人に騙されるというのはあまり気分のいいものじゃないが、最後まで騙し切る気持ちで正体を明かさないまま振舞ってくれるなら、それに乗ってやってもいい。 ゲームが好きなくせに弱くて、ゲームの話を聞いている時だけ素直な古泉一樹が、俺の中の真実であり続けるなら、きっとそれで良いのさ。 どうせゲームだからな、騙されていたとしても俺に実害は無い。 ただまあなんだ、最後の最後に裏切って、大事なところで勝利を掻っ攫っていくなんて反則だけはしないでくれよ。 まあ、それはそれでお前らしい気もするんだけどな。 「もう一勝負しませんか?」 「ああ、構わないぜ」 何時の間にやら何時も通りの笑顔を取り戻した古泉の申し出に、俺は軽く頷いた。 それから二度目の勝負が始まり、今度はさっきよりも短時間で俺が快勝した。 古泉が、また同じように盤上で自分の敗因を探し始める。 今度は俺に何か言う気は無いらしく、古泉は一人盤上に駒を並べながら何度も首を捻っていた。 勝者の余裕とでも言うのだろうか、あろうことかそのときの俺は、こういう時の古泉は何だか少し子供っぽい感じがして可愛いななんてことを思っていた。 勿論、それを口に出したりはしなかったが。 古泉なら教えながら負けるくらいの芸当(?)はやってくれそうです。 キョンは呆れつつもそんな古泉を可愛いとか思っていればいいのです(060915) |