日常会話 「遅れてしまってすみません」 その日一番最後にやってきた古泉は、扉を開いてからそう言ってぺこりと頭を下げた。 「あ、お茶入れますね」 朝比奈さんがぱたぱたとお茶を入れに行く背中に軽く頭を下げた後、古泉は何事も無かったかのように俺の向かいに座る。 俺は一人で適当に並べていた板面の碁石を片づけ、初期状態に戻す。 「そういえば一樹ちゃん、今日また男子に告白されたの?」 いつものように結果の見えている一勝負になるかなと思っていたところで、適当にネット散策をしていたはずの団長ことハルヒが古泉に話しかけて来た。 また、か。 そう言えば、こいつはもてるんだったな。 古泉は中身はともかく見た目は美少女だし基本的には外面も良いから別に不思議なことではないんだが、俺は時々その事実を忘れそうになる。 忘れようとしている、と言った方が正しいかも知れないが。 「ええ、そうですけど。どうして涼宮さんがご存知なのですか?」 「昼休みに廊下の窓から見えたのよ」 「ああ、そうでしたか」 「一昨日も見たけど、今月何人目?」 「まだ3人ですよ」 まだ、という言葉に俺はちょっと眉を動かしたが、まあそういうことも有るんだろう。 未だにまともな愛の告白をしたこともされたことも無い俺としてはその辺りの事情はさっぱり分からないのだが、中には谷口のように果敢なアタックを繰り返している男子高校生も居るからな。 山のように告白されている女子高生が居たって不思議じゃないさ。 「古泉さん、男の子に人気ですもんね」 とは、古泉にお茶を差し出した朝比奈さんの弁。 「朝比奈さんほどじゃありませんよ」 お茶を受け取りながら、古泉がいつもの爽やかスマイルで答える。 俺もこの意見には同意だな。 「えっ、でもあたし、男の子に告白されたことなんてほとんど無いですよ」 それはファンの男どもが互いに牽制し有っているからか、抜け駆けしようとしても鶴屋さんが事前に防ぐからでしょう。 「全部断っているの?」 「ええ、お断りしています」 「ふうん……。ねえ一樹ちゃん、好きな人は居る?」 何気ない会話と思って聞いていたら、全く持ってハルヒらしくない質問が飛び出した。 ここまでの質問とか、クリスマスの時の「彼氏が居るなら別に断ってもいいのよ」みたいな発言とは根本的に意味が違う、何と言うか、ちゃんと恋愛というものが分かっている女の子みたいな発言だな。 いや、ハルヒも女の子なことは確かなんだが、この手の発言はハルヒには似合わない。 彼氏彼女なんてオプションの一つ、恋愛なんて気の迷い、ハルヒにとってはそういうものじゃなかったのか。 「居ませんよ」 古泉はほんの一瞬だけ目を見開きかけたものの、すぐに何時もの爽やか笑顔になって答えた。 きっとこいつは、男を振るときもこんな顔なんだろうよ。 愛だの恋だのなんて言葉でこいつがまともに表情を変えるところなんて、俺には想像も着かないね。 「そう……、なんか勿体無いわね。命短し恋せよ乙女って言うじゃない、若いうちに恋をしておくのもいいかもしれないわよ。まあいざとなっても一樹ちゃんなら選び放題だろうけど」 「心得ておきます」 ハルヒの、あまりにもハルヒらしくない発言に対して、古泉がさらりと回答する。 うーん、分からんな。 俺は一瞬ハルヒが何か企んでいるんじゃないかと思ったが、どうもそういう様子でも無い。 何だか普通の女の子同士の日常会話が繰り広げられているみたいだ。 答える古泉の方は何時も通りという気もするんだが、こいつは、ハルヒが何を考えて喋っているかってのを分かっているんだろうか。 「そうしておきなさい。ああ、そうそう……」 古泉に一言命令口調で念を押したハルヒは、すぐに何時もの何か妙なことを思いついたときの笑顔を浮かべた。 どうやら、ここからが今日の本題らしいな。 本来だったら俺は勢いで突っ走りそうな団長殿とその団長殿の助っ人役を務める気満々の副団長殿という凶悪コンビから平穏と言う名の日常を守るべく、無駄と知りつつ方に力を込めるところなのだが、今日はそれはやめておいた。 何、ハルヒと古泉の女の子らしい日常会話なんていう珍しい物が見れたんだ。 今日一日くらい無条件でハルヒの我侭を聞いてやっても良いだろうよ。 非日常が常の人の日常会話。 一月三人は日常な人はあんまりいないと思いますが(笑)(060901) |