スリーデイズ 俺は時々こいつが何を考えているかさっぱり分からなくなる。 目の前でお茶を入れてくれるメイドさんならぬウェイトレスさんを見ながら、俺は盛大に溜め息を吐いた。 「どうぞ」 上に超をつけても良いくらいの爽やかスマイルが俺に微笑みかける。 スマイルゼロ円、営業用って感じはするけどな。 件のウェイトレスさんは朝比奈さんではない、朝比奈さんはこんな笑い方をしない、というか多分あの人にこんな笑い方は出来ない。 「あのなあ……」 どこから突っ込んで良いか分からないが、俺はとりあえずお茶を受け取る。 受け取らないと物凄く哀しそうな顔をされるということは昨日の時点で学習済みだったからだ。 こいつのことなんてどうでも良いと言いたい所だが、あんまりそういう顔を見たいわけでも無い。 だったらどんな表情が見たいのかと言われても回答に困る所だが、それはとりあえず保留にさせてもらう。 「あ、お茶菓子も有りますよ」 何でそんなものまで用意しているんだ、という俺のツッコミを無視して、奴は雑多に菓子の類が入った缶を持ってきた。 お茶菓子と言うにはちょっと違う気がしたが、食べ物に罪は無いからありがたく頂いておくことにするか。 幾つか適当に菓子を取っていると、横から視線を感じた。 「あー、お前も食え」 俺は缶から自分の分を少しだけ確保すると、缶ごと視線の主である長門に押し付けた。 長門、お前何時の間にそこに立っていたんだ。全然気配を感じなかったぞ。 とはいえこういう事にはもう慣れっこだからな。俺もウェイトレスさんもお前が移動してきたこと自体には特に驚いたりしなかったが。 まあいい、長門のことだ、あっという間に食べ尽くしてくれるだろう。 いや、食べ尽くすよりハルヒがやって来るほうが早いかもしれないが、どっちにしろ、缶の中身は今日中に空になることだけは確実だろう。 元々俺の物じゃないからな、この後起こり得るかも知れないお菓子の争奪戦が脱線してややこしいことにでもならない限りそれで良いさ。 「あ……」 ウェイトレスさんがちょっとだけ哀しそうな顔をするが、長門は全く気に止めない。 そもそも長門がこいつのことを気に留めた機会というのをろくに見たことがない気もするんだが、こと食べ物のことになると長門も周りが見えなくなるようなところがあるからな、仕方ないことだろう。 「なあ、古泉」 ウェイトレスさんが佇まいを直しつつ向かいの席に腰掛けたのを見てから、俺は漸くまともに口を開いた。 何で俺がウェイトレス姿の古泉と将棋をしなきゃならんのだろう。 「何でしょうか?」 「お前、楽しいか?」 正直な話、ウェイトレス姿の古泉は無茶苦茶可愛い。 古泉は、ロリ顔巨乳というギャップの可愛らしい朝比奈さんとは対照的な、ちょっと背の高い正当派美少女だ。 笑顔が営業用なのがちと微妙な気もするが、それがウェイトレスだと思うと寧ろポイントが高いとか思えて来るとか考えてしまう俺の脳みそもどうかと思う。 とはいえ、それもまた事実なんだから仕方ない。 はっきり言って、今の状況はかなり目に毒だ。 「ええ、それなりに楽しんでいます」 ウェイトレススマイルから何時ものものに近い笑みに表情を戻しながら、古泉が答える。 胡散臭さの漂う笑い方だが、正直、こっちの方がよっぽど安心できるな。 あんまり認めたく無いことだが、視覚的な慣れってのは結構大事なことなのかもしれない。 「何が楽しいのか俺にはさっぱりだな」 古泉には悪いと思うし、加えて言うと朝比奈さんにも申し訳ないと思うんだが、メイドとかウェイトレスの服装を楽しめる心境なんて分かりたくも無い。 「そう言わないでくださいよ。まあ、私が楽しめるのは期間限定だからかも知れないですけどね。朝比奈さんのように毎日着替えるのはちょっと面倒そうです」 古泉自身が言う通り、このコスプレは期間限定だ。 朝比奈さんが修学旅行でいない間、メイドさんがいないのはつまらない、でもここでメイドさんを用意してもつまらないなどというわけのわからんことを言い出したハルヒが、古泉に着せるためにどこからかウェイトレス衣装を用意したのである。 しかし、コスプレへの抵抗を着替えるのが面倒ってところだけで済ませるのもどうかと思うぞ。 「ふうん……」 「まあ、これも後一日です。それとも、毎日着替えた方が良いですか?」 「いや、いい」 古泉の問い掛けに、俺は首を振った。 古泉がちょっとだけ寂しそうな顔をするが、俺は出来るだけ何気ない振りをして視線をそらすことでそれを無視した。 正直な所、三日間限りって言うのはちょっと勿体無き気もするさ。 でもな、俺としてはこういうイベントは期間限定くらいでちょうどいいのさ。 結局の所俺は、普段のお前を見ている方が安心出来るんだよ。 期間限定お楽しみ。 コスプレ要員としてはギャップ萌え娘>正当派美少女だと思います。(060901) |