敬虔な少女 SIDE:I 大型ディスカウントショップの一角、コスプレ系の衣装が並ぶ場所を、私は一人の少年と一緒に歩く。 彼の名前は涼宮ハルヒ。 私にとっての災厄の元凶、救いの神。 矛盾しているようだけれど、その両方である人。 でも、彼自身はそんなことを知らない。 彼は自身のことを何も知らず、私が抱える事情も知らない。 彼を含めた何も知らない人たちから見れば、私達はただの同じ学校に通う高校生同士でしかない。 私達は、その学校のSOS団という学校内非公式団体の団員同士で有り、彼が団長で私が副団長という関係にある。 「一樹ちゃんはさ、やっぱりみくるちゃんとは違う系統が良いと思うんだよね」 衣装の中をかき分けるように歩きながら、涼宮さんがそんなことを言う。 今日は、私と彼だけ。 何時も他に誰かが居たりするから、これは結構珍しいことかも知れない。 「違う系統、ですか?」 「そうそう、みくるちゃんはどっちかっていうと可愛い系だからさ。二人とも同じ系統じゃつまらないでしょ?」 「そうですねえ……」 最近、涼宮さんは朝比奈さんだけのコスプレでは飽きてきたらしい。 勿論その時々によっては私を含めた他の団員が巻き込まれることも有るし、涼宮さん自身がコスプレに興じる事もあるけれども、今回の件に関してはそういう問題ではないらしい。 その辺りの理屈はきっと彼の頭の中でしか繋がってないと思うので、私はあまり気にしない事にする。 どうせ私には、涼宮さんに逆らう権利は無い。 彼に付き合っていると色々とおかしなことに巻き込まれたりもするけれども、高校生活での恥はもう掻き捨てのつもりだ。 捨てた先がどこなのかは、私も知らないけれども。 「何が良いかなあ。メイドさんが二人っていうのも良いけど……」 「メイドも色々有りますからね。とりあえず試着してみましょうか?」 「うん、そうだね。じゃあ、まずはこれから」 私の提案に涼宮さんが乗ってきた。 私は彼に逆らう権利を持っていないけれど、彼を誘導する事は出来る。 あまりにおかしな格好を押し付けられるよりは、朝比奈さんと同じメイド姿の方が無難だろう。 引き算を引き算で塗りこめるような論理のどこに発展性があるのか知らないが、私の思考はそんな結論を導き出していた。 「うん、これにしよう!」 メイドを含めた何度目かの試着の末、涼宮さんがそう言った。 その時の私の服装は、シスターだった。 それは勿論本物ではないけれども、素人目に見ても、過度なアレンジの無い清楚さを感じさせる衣装だった。 「これですか?」 「うん、清楚でいい感じだしね。一樹ちゃんに良く似合っていると思うよ」 「ありがとうございます」 涼宮さんは嘘を言わない。 コスプレ衣装だからということを差し引いても、似合うと言ってもらえるのはそんなに悪い気分ではない。 けど、シスターか。 何となく、思うものが無いわけじゃない。 でも、それは涼宮さんには言う必要の無いことだ。 「じゃあ、会計済ませちゃお」 涼宮さんがそう言ったので、私は試着室に戻りシスター服を脱いだ。 どうやら、私の衣装はこれで決まったらしい。 メイドさんとは違ったけれども、露出は余り無いし着替えるのが難しいというものでも無さそうなので、これはこれで無難な選択かも知れない。 今日の用事は買い物だけで、それ以上は何も決まっていない。 涼宮さんの考える『計画』というのは、大体が詰め込みすみの無茶スケジュールか、大雑把過ぎて何も無いも同然かのどちらかなので、別にこれはおかしいことでもなんでも無い。 二人で不思議探索に乗り出すなり、このまま解散するなり、好きにすればいい。 でも、それを決めるのは涼宮さんだ。 私は誘導したい場所があれば誘導するし意見を求められたら答えるけれども、そうでなければ彼に従うだけだ。 それが、私の平穏のために必要なことだからだ。 別に、二人で行きたい場所があるわけでも無いし。 「とりあえずご飯食べよっか」 涼宮さんがそう言ったので、私達は少し遅めの昼食を取ることになった。 私達はファーストフード店に入り、それぞれ別々に注文をした。 私はセット物を一つ、涼宮さんはセット物二つに加えてチーズバーガーを単品で7つほど追加している。 相変わらず、彼は良く食べる。 高校生男子の標準的体格を逸脱しないその身体に、どうやったらそれだけの量が収まるのだろう。 「あ、一樹ちゃん、ポテトもう良いの?」 「ええ……、食べきれなくて」 「じゃ、ちょうだい」 涼宮さんが私の残したポテトを自分のトレイに移す。 元々、私にはセット物丸々は多すぎる。 だから予めこうなることを見越して注文しているのだけれども、彼はそれに気づいているんだろうか。 「あ、そうだ、午後はどこか行きたい所ある?」 8つ目のチーズバーガーに手を伸ばした涼宮さんが、唐突にそんなことを訊ねてきた。 「いえ、特には……」 「ふうん。まあいっか。どっか行こうよ。時間は平気だよね」 「え、ええ……」 何だろう。 涼宮さんが……、結果としてどうこうというのはともかくとして、こんな風に私に物を訊ねてきた事が有っただろうか。 これじゃあ、まるで、 「これってさ、デートみたいだよね。というか、デートかな?」 「……」 「ああ、一樹ちゃんは俺じゃ嫌だった?」 「いいえ、寧ろ光栄ですよ」 話の切り口がおかしい、と思う。 涼宮さんらしくない、とも思う。 でも、私は笑顔でこう答えるしかない。 だって、それが私の立っている場所だから。 私がこの場所に居る、理由だから。 「そっか、それなら良かった。じゃあ、どうするかなあ、俺、あんまり女の子が喜びそうな場所とか知らないんだよね」 性別以前の問題な気がしないでも無いけれど、その部分については言及しないでおこう。 涼宮さんと居て楽しめるかどうかは、涼宮さん自身がどうというよりも、一緒に居る相手の資質による所の方が大きいだろう。 私の場合は役目が有るので公平な判断は難しいけれども、それを差し引いてもそれなりに楽しめている方だとは思う。 「私はどこでも構いませんよ」 「本当に?」 「ええ」 本当に、行きたい場所なんて無い。 別にどこへ行っても、私のすることは同じ。 「じゃあ、連れて行っちゃおうかなあ」 涼宮さんがにやりと何か企むような顔を作った。 何だろう、ちょっとだけ嫌な予感がする。 「……どこへですか?」 「ラブホ」 「……」 「冗談だよ冗談。大体、高校生同士でそんなところ行けるわけ無いじゃん」 回答不能のまま固まってしまった私に対して、涼宮さんが大袈裟に溜息をついた。 冗談……、そう、普通に考えれば、冗談だと思うところだろう。 今の私達二人は、恋人同士でもなんでも無いのだし。 でも、もし。 私がここで行く先を聞き返さなかったり、行き先を聞いても普通に返答が出来るような状態だったとしたら、彼は、私をその場所か、同じことが出来るような場所に連れて行ったのではないだろうか。 「あ、あの……」 涼宮さんの考えている事が分からない。 いや、違う、分かりたくないんだ。 どうして……。どうして、そんなことを口にしたんだろう。 「大丈夫、何もしないよ。……ごめんね、不安にさせちゃって」 「いえ、そんな……」 困った。 こういう時にどういう風に答えればいいか分からない。 顔を赤くして相手を批難してみるとかは、残念ながら私のキャラではない。 今の涼宮さんならそれで納得してくれるのかも知れないけれども……、なんて考えているうちに、その機会を逃してしまったようだ。 「一樹ちゃんって、無防備だよね」 「え?」 「俺に対して」 「それは……」 「みくるちゃんですらちょっとくらい警戒心があるのに、一樹ちゃんは結構無条件で俺についてきてくれている感じがするんだよね。……ま、俺としてはそれはそれで嬉しいんだけどさ」 涼宮さんは、一見他人のことに鈍感なようでいて案外周りを良く見ている。 ただ、それ以上に引き際というものを弁えているから、見ている方が気づき辛いだけだ。 今日は珍しくその引き際のラインをほんの少し私の方に押し返している気がするけれども、これは一体どういう風の吹き回しなんだろうか。 「……」 「どうする、帰りたい?」 「いえ、そんなことはありませんよ」 「じゃあ、午後も付き合ってよ。別に変なところには連れて行かないからさ」 そういって、涼宮さんは笑った。 それは屈託の無い、子供みたいな笑い方だった。 午後は、本当にただのデートだった。 服屋に行ったり靴屋に行ったり、映画を見たり……、涼宮さんの言う『変なところ』になんて連れて行かれないまま、一日が終わった。 お昼の頃の様子がちょっと気になりはしたけれども、それを除けば楽しい一日だったと思う。 涼宮さんと、こういう風に普通の高校生らしく過ごすのも、そんなに悪いことじゃない。 結局、デート云々から始まったあの会話は、何だったんだろう。 涼宮さんが私に望んでいるのは我侭を割と何でも聞いてくれるお金持ちの優等生の友人ポジションの副団長だと思っていたんだけれども、それだけではないのだろうか。 我侭、あれも、彼の我侭? 違う、と思う。 あの発言からは、涼宮さん独特の強引さは感じなかった。 だからどう、というわけでも無いけれども。 あれは多分、私を困らせたかったとか、反応が見てみたかったとかいった類の、彼なりの悪戯のようなものなのだろう。 涼宮さんは冗談や嘘は余り言わないけれども、結構、悪戯好きな面が有るから。 だから、多分、そういうことなのだ。 私は一応の納得が得られるだけの答えに辿り着くと、今日の昼の会話を記憶の脇に除けさせてもらうことにした。理由は自分でも良く分からなかったけれども、そうした方が今後のためになるような気がしたからだ。 敬虔を通り越して何か間違っちゃっている気もする一樹ちゃん。 ハルヒ→一樹です。(061102) |