子供みたいな


 SIDE:――

 綺麗な顔をした女だ。
 そして、綺麗な顔を崩さないまま変なことを言う女だ。
 転校初日に学校一の変人に掻っ攫われどうやらその変人の恋人の座に収まったらしいと言われている一年生一の美少女とやらは、近くで見ても素晴らしく整い捲くったアイドル顔負けの顔立ちの持ち主だったが、中身については別の意味で想像以上だった。
 いきなりやってきて、生徒会長になりませんか、だからな。
 驚く俺を無視して計画とやらを延々と読み上げる辺りは、あれだ、秘密基地で仮想敵を相手にした作戦会議をするときの子供みたいだったな。
 仮想も何も、こいつは大マジだったんだが。
 馬鹿馬鹿しいと思いつつも俺がそれに乗っちまったのは、見返りの多さに惹かれたのと、この見た目だけは非の打ち所の無い変な女に付き合ってやるのも悪くないかも知れない、なんて風に思っちまったからだ。つまらない高校生活とやらに飽き飽きしていたってのも確かだったしな。

「上手く行きましたね」
 生徒会選挙も終わり、俺が無事当選したその翌日、俺とそいつは二人きりでカラオケボックスの中に居た。学校からは遠いところだし時間差で来ているから学内でばれる事は無いだろう。しかし、単なる打ち上げのために何で態々こんなことまでする必要があるんだか。
 いや、こいつの言い分を踏まえれば、俺とこいつが会っているところを学内の連中に見られるのはあんまり良くないらしいが……。面倒な話だよな。
「本当に上手く行ったってのが驚きだぜ」
 この女、古泉一樹が駆けずり回る間、俺はたいした事はしていない。
 精々用意された文章を読み上げたり、日常的に減点になりそうなことをしないよう気をつけていた程度だ。
 古泉が一体何をしたか知らないが、これで俺が当選したってのが凄いよな。
 俺は別に自分が凡庸だって言うつもりは無いが、それでも、自分がこれと言って目立つような成績やその他の実績の持ち主でも無いってことくらいの自覚は有るんだ。
「それは私が頑張ったからですよ。もちろんあなたも頑張っていたわけですけど」
 整った顔立ちにこれでもかと言うくらいの飛び切りの笑みを浮かべた古泉は、自分が計画したことが上手く行って喜んでいる子供そのものだった。
 選挙活動とやらの途中で何度も顔を合わせているうちに気づいたことだが、遠目での保護者じみた印象とは違ってこいつの中身は結構幼いらしい。涼宮ハルヒのためにどうのと言っていたが、こいつ自身も面白がっていたことに間違いはないみたいだからな。
「はいはい、お疲れさん」
 俺は適当にやり過ごしつつ、古泉の頭を軽く撫でるように叩いてやる。
「子ども扱いしないでください」
「お前の方が年下なんだから良いじゃないか」
 そうやって綺麗な曲線を描く眉を潜められると、もっとからかってやりたくなるな。
 加虐心ってほどじゃない、単なる悪戯めいた衝動だ。
「それはそうですけど……」
 拗ねるようにそう言った古泉は、どういうわけだか段々寂しげな表情になっていった。
 おいおい、一体何が気に障ったんだよ。俺はそんなに変なことはしていないぞ。何かしようとしていたことは否定しないが……、全く、理屈は良く分からないが、お前は本当に子供なんだな。
「どうせ普段子供らしく扱われてなんて居ないんだろう? だったらこういう時くらいは良いじゃないか」
「……」
「こっち来いよ」
「え、あ、あの……」
 腕を引っ張ってやったら、古泉はあっさりと俺の腕の中に収まりやがった。
 抵抗しろよ……、いや、単にする間も無かったってことか? それとも……、ああ、もう一つの想像の方が正解みたいだな。
 こいつ、全然警戒してやがらねえ。
 不思議がってはいるみたいだが、本当にそれだけだ。
 おいおい、どんだけ純粋培養なんだよ……。カラオケボックスとはいえ、密室で男と二人きりだぞ? しかも腕の中に抱きしめられているんだぞ? そんな状況でも何とも思わないのかよ、お前は。
 そりゃあ、二人で打ち上げをするかっていう俺の誘いにあっさりと承諾した時から、おかしいとは思って居たけどさ。
「あの、一体何なんですか……」
「何でもねえよ」
 俺は仕方なく、古泉の身体を解放してやった。
 本当ならキスの一つくらい奪ってやるか場合によってはそれ以上のことを要求してやるくらいのことを考えてもいたんだが、とてもじゃないがそんな気分になれそうに無いな。ここでこいつにこれ以上ちょっかい出しても後味が悪くなるだけだ。
 これからも顔を合わせることになる関係上、それはさすがに勘弁願いたい。
 恨まれるだけなら良いが、見当違いの感情を向けられるのはお断りだ。
「……仕切りなおしだな、とりあえず乾杯だ。ほら、グラス持てよ」
「あ、はい。……それでは、当選を祝して、乾杯っ」
 そうして、俺達は二人だけで乾杯をした。
 その後は飲んだり食ったり唄ったりと、まあ、普通の打ち上げだった。
 それにしても、変な女だよな。
 涼宮ハルヒに付き合っていける時点でおかしな奴だとは思っていたが、こいつは多分、涼宮ハルヒとは別の意味で変人だ。
 おかしな組織に所属しているっていうから、てっきりその手のことには慣れていると思ったんだが……、この分だと、その涼宮ハルヒとやらに食われているってわけでも無いんだろうな。
 きっと、任務ってのを抜きにして、こいつはもっと違う感情であの馬鹿男を見ているんだ。
 恋とか愛とか欲望とかじゃない……、それは一体何なんだろうな。
 俺には分からない、説明されても多分理解出来ない。だから訊こうとも思わない。
 けどまあ、嬉しそうに笑っている古泉の顔を見ていたら、そういうのも有りなんじゃないかって気もしてくるような……、いやいや、それはさすがに気のせいだろう。
 古泉一樹と涼宮ハルヒの関係自体は本人達同士にとっては『有り』かも知れないが、俺からすればそれは理解の範疇の外の出来事だ。
 ……まあ、そんなことは、俺には関係無い話のはずなんだが。







 
 会長が良い人気味。
 キョンの存在感が欠片も無いままに終わります。(061213)