せいくらべ SIDE:K 認めなければいけないことがある。 別に逃げようと思っていたわけでも否定しようと思っていたわけでも無いが、あまり想像したくなかったというか、気に留めようとしてなかったというか、要は、俺が無意識に避けていた事実についてだ。 「なあ、ハルヒ、お前身長幾つだった?」 健康診断終了後、俺は教室でハルヒに訊ねた。 俺たちの出席番号は近いが、今回はたまたまグループごとに別れる節目になってしまったので、お互いの結果をその場で見聞きしたりはしていない。 「身長? 174.2だよ」 ハルヒがさらりと答えた。 小数点以下まで出てくる辺りがいかにも健康診断って感じだよな。 「そうか……」 「そういうキョンは幾つなのさ?」 ハルヒが不思議そうな顔で俺に向って問いかけて来た。 こいつ、意味が分かって無いのかよ。 俺はハルヒのおめでたいとも言える精神構造に心の中で悪態と感謝の両方を述べるという器用なことをしながらも、自分の結果を答えた。 「あれ、もしかしてキョン、去年から伸びてない?」 こいつは漸く俺の言いたいことを理解し始めたらしい。 理解しなくて良いと願いたい所だが、完全放置というのはそれはそれで理不尽な気がするから、これはまあ、まともな反応ってことになるんだろうか。身長に関する一般的な高校生男子の感覚を理解しないなんてのは、あまりにもハルヒらしい気もするが。 「1センチ伸びた」 「そんなの誤差の範囲だって、人間は朝と夜で1センチ身長が違うんだよ?」 「計った時間は今年も去年もほぼ一緒だ」 「ふうん。でもまあ、俺の方が追い抜いちゃったってのは確かだよね」 ハルヒがニヤニヤと笑いながらそう言った。 くそっ、わざわざ気付かせてやるんじゃなかったな。 「まあな」 「悔しいの?」 「別に」 「だったらなんで身長なんて聞いたのさ」 「特に理由は無い。ただの雑談の範疇だ。……しかしお前、この一年で結構伸びたよな」 ハルヒと『ただの雑談』なんて物が出来るようになるとは、一年前には思いもしなかった。 身体的成長よりもそっちの方が成長を感じさせるよな、成長というより俺がハルヒに馴染んだだけって可能性も無くは無いが。 「そうかな、あんまり実感無いや」 「おいおい……」 「だって気にしたことないしさ。ま、どうせならこのままもう少し伸びてくれた方が嬉しいかな。高い方が目立てるし」 目立つのが先ず第一ってあたりがハルヒらしいよなあ。 「他に理由が必要なの?」 「……いや、良いんじゃないか、それで」 まあ、ハルヒに一般的感覚を求めたのが間違いだろう。 しかし、目立てるから、ねえ……。 俺の身長はここ一年間ほぼ伸びてない。1年での1センチが誤差の範囲じゃないとしても、今のハルヒに追いつくところまで達しないと考えた方が無難だろう。 ハルヒの方に関してはまだ分からないが、望みを実現するハルヒ本人がこう思っているってことは、やっぱりハルヒの背は伸び続けていくんだろうか。 ……何か、癪だな。 俺は何か別のことを考え始めたらしいハルヒから視線を外しつつ、日常に生じた理不尽さに対してこっそり溜息を一つ吐つついた。 SIDE:I 部室に行ったら、今日は涼宮さんと長門さんだけが居た。 彼は掃除当番、朝比奈さんは補習だと涼宮さんが教えてくれた。 涼宮さんはネットで面白いことを探し中、長門さんは読書。この二人の邪魔をするわけにもいかないので、私はチェス板を取り出し一人で駒を並べ始めた。 誰かと対戦する方が良いとは思うけれど、一人で駒を弄っているのも結構落ち着くものだ。 そんな風に一人遊びに興じていたら、涼宮さんが団長席から立ち上がり、私の方へと歩いてきた。 何だろう、また何か思いついたんだろうか。 「一樹ちゃん、ちょっとこっち向いて立ってみてくれる?」 「え? 良いですけど……」 私は言われた通りに立ち上がる。 「うん、こんなもんか……、ちょっとこっちまで来て」 私の全身をざっと眺めた涼宮さんが、軽く手招きした。 何かを確認するような行為だったけれども、一体何の意味が有ったんだろうか。 そんな風に疑問に思う私を涼宮さんが招いたのは、鏡の前だった。 朝比奈さんの着替え時の身だしなみチェック用に置かれている物だ。 涼宮さんは吊るされているだけのその鏡を軽く掴むと、私達二人の肩から上が入るようなところまで持ち上げた。普段は小柄な朝比奈さんの身長に合わせた位置に置かれているので、そのままの位置だと涼宮さんの頭上までは写らないのだ。 それから涼宮さんは、空いている方の手で私の肩を引き寄せた。 「あの、一体何を……」 「身長」 「え?」 「一緒に並んだら、どんな感じに見えるかなって思って」 「はあ……。ああ、そう言えば、涼宮さんはこの一年で随分背が伸びましたよね」 「一樹ちゃんもそう思う?」 「思うも何も、事実でしょう」 こればかりはさすがに、涼宮さん個人の理屈や法則で捻じ曲げて良い物ではないし、私の知る限りでは、妙な力で涼宮さん自身を始めとしたSOS団及びその周囲の人物の成長曲線が歪められたような記憶も記録も無い。 「ああ、そだね」 「去年の五月は、私と同じくらいでしたよね」 転校直後は、涼宮さんを物理的に見上げた記憶は無い。 何となく見あげるようになって来たなと思い始めたのは、映画撮影か、コンピ研との対戦の頃からだろうか。どちらも、去年の11月のことだ。 「うん。今年が174.2で、去年は166くらいだったかな? 一樹ちゃんは何センチ?」 「今日の健康診断では165.5でしたよ。去年も確か同じくらいでしたね」 自分の身長の伸びが止まったと思ったのは何時だったかは、ちょっと思い出せない。 慌しい時期だったから、記憶には残ってなのだろう。 一応記録はあるはずだから、今度調べてみよう。 「そっか、じゃあやっぱり去年は同じくらいだったんだ」 「そうですね。……けど、どうしていきなり身長のことなんて気になりだしたんです? 今日が健康診断だったからですか?」 理由が少し気になる。 私には、涼宮さんが自身の身長や体型、外見的要素を気にする所というのが余り想像できない。 涼宮さんも他人の外見を見て色々思ったりはするみたいだが、それに対しても属性的な物以上を求めているとは思い難いし、他人を見る時と同じ物差しを自分には当て嵌めて居るとも彼らしくない気がする。 「いや、キョンが言っていたからさ」 「彼がですか」 「そっ、本人は否定していたけど、俺に抜かれちゃって悔しいのかもね」 それは有りえそうな話だ。 でも、悔しいのなら何故態々自分から話を振ったのかという気もするけれど……、まあ、妙なところで薮蛇な発言をしてしまう辺りが、彼らしいような気もする。 それに、悔しい云々といった心情的なものとは抜きにして、話をしたこと自体にはそれほど深い意味は無いのかも知れないという可能性だって有る。 男の子が身長に関してどういう認識をもっているかなんて私には分からないけれども、こんなものは身体測定の日に出てくる単なる雑談のようなものなのだろう。 涼宮さんはともかくとして、彼はそういうところに関しては割と普通の感覚の持ち主だ。 「そうだったんですか……」 「ねえ、一樹ちゃん」 「あ、はい」 「並んだ時のバランスは結構良いと思うんだけど、一樹ちゃんはどう思う?」 涼宮さんが、鏡から視線を外さないまま訊ねて来た。 鏡の中には、当然だけれど私と涼宮さんが映っている。 身長差約9センチ、頭半分に少し足りないくらいの差だ。 「ええ、私もそう思いますよ」 元々涼宮さんの意見に否定しようとは思わないし、私の感覚でも、結構良いバランスだと思う。 ぱっと見て男女でそれなりに差があるし、女性の方から見あげるのに苦労するほど男性の方が高いというわけでも無い。 もう少し男性側の背が高くても良いとは思うけれど、後5センチ以上高くなると見上げるのに苦労しそうだし、見た目のバランスもあまりよく無さそうな気がする。 「そっか、それなら良かった。ありがとね、一樹ちゃん」 涼宮さんは笑顔でそう言って、パソコンの前へと戻っていった。 どうやら、解放してもらえたらしい。 今日は随分と簡単なことで涼宮さんが満足してくれたことに安堵し、私も席に戻った。 けど、身長か。 涼宮さんも最近大分丸くなってきているとは思うけれども、そんな普通のことを気にするなんて、ちょっと意外かもしれない。 でも、そういう涼宮さんも、悪くないと思う。 身長のイメージはこんな感じです。 ハルヒ→一樹で大いに空回り中。(061102) |