springsnow

Girl meets Girl 08





 回ったのが自分なのか世界かなんてことは、この際どうでも良い。
 目を空けたら、

「ああ、気がついたようですね」

 何時もの爽やかスマイルが目の前に居た。
「……ここは?」
 見知らぬ部屋、誰かの家のリビングか何かのようだが、少なくとも閉鎖空間や亜空間ではなさそうだ。……元の世界に戻れたのか?
「長門さんの部屋です。5人バラバラな地点に回帰しそうだったのを、長門さんの力で全員ここに集めてもらいました」
 さすがだな宇宙人、そんなことまで出来るのか。
 いや、そういう問題ではなくてだな……。
 というか古泉、お前は何故半端に視線を逸らす?
「ふぇ〜ん、キョンさん〜」
 ひしっと、俺に抱き着いて来る朝比奈さん。何時もだったらちょっぴり恐怖を誘われるところだが、今は思わず抱きしめ返したくなるね。……そうすると何されるか分らないから、しないけど。
「無事だったんですね」
「はい〜、ごめんなさい〜、あたし、涼宮さんの機嫌を損ねちゃって……、キョンさんの次の衣装、ナースかチャイナ服かで喧嘩になっちゃって……」
 そんな理由で閉鎖空間を発生させたのか、ハルヒは。
 というか二人してそんな相談するなよな……。
「あ、あたしはチャイナ服派だったんですけど、今回は涼宮さんに譲りますね!」
 ……あ、頭が痛い。
 俺が朝比奈さんに纏わりつかれている間、長門はまだ眠っているハルヒをじーっと見ていたままで、古泉は何だかちょっと居辛そうな様子でどちらも見ていないという状態だった。
「えっと、長門、ハルヒは……」
 朝比奈さんを引き剥がしつつ、長門に訊ねる。
「生命活動、精神状態とも正常の範囲」
「そっか、良かった……」
「亜空間での出来事は、全て夢と認識されるはず」
「少し可哀想な気もしますが、涼宮さんに現実を知られるわけには行きませんからね」
 そうだな……、ハルヒにとっては待望の不可思議体験なんだろうが、今のハルヒにはそれを受け入れる土壌が無さそうだからな。
 ああしかし、ハルヒは最後になんて言ったんだろうな。
 聞き逃したのが心残りと言えば心残りだ。朝比奈さんから距離をとりつつ、俺はハルヒの周辺事情を考え始めてみたが、さっぱり心当たりが見当たりそうになかった。一体誰だ。

「恋する乙女は無敵」

 唐突に、長門が、極々平坦な口調で言った。
 世界が……、停止しない代わりに、別の何かが停止した気がした。
 い、今、なんて……。
「興味深い言葉」
 あ、あの……、長門さん?
 長門は俺の方を見上げたまま、古泉は完全にそっぽを向いていて、朝比奈さんは何とも言えない微妙な表情だった。
「あの亜空間は……、最上位階層からだと、下の階層で起こったことが全て分かるという仕組みだったようですね」
 目を逸らしたまま、古泉が答えた。
 ……。
 ……。
 ……ちょっと、待て。
「涼宮さんが最初僕等の行動を全て知っていたのもそのせいで……、って、大丈夫ですか?」
 適当に座ったままふらついていた俺の身体を、古泉が受け止める。
 ということは何か? あの恥ずかしいやり取りの数々を、ここの三人に聞かれていたということか?
 よりにもよって、一番聞かれたくない、聞かれちゃいけない相手に……。
「……忘れておく事にしますよ。長門さんに記憶操作してもらうという方法も有ったんですけど、そうすると記憶の整合性が取れなくなりそうだと言われてしまったので、ここは自力で忘れられるよう努力してみる事にします」
「忘れるって……」
 ここで文句をつけるのは間違っている、と思う。
 でも……。
「別に現実での出来事を忘れるわけじゃないですよ? あなたと僕はSOS団の仲間でしょう。……そうですね、暫く待っていましょうか」
 ……。
「あなただって、不本意な告白に回答が欲しいわけではないでしょう?」
「……」
 俺は目を逸らした。
 古泉の言うことは、間違っていない。
 間違っていない、だから……。
「……忘れておいてくれ、今は。……後のことは、また後だ」
 後、が、一体何時のことになるのかなんてわからない。そんな日が来るのかどうかさえ不明だ。……でも、今はまだ、無理だから。
「了解しました」
 ゆっくりと視線を動かしつつ見あげてみたら、古泉はとても優しい笑みを浮かべていた。


 ……俺は古泉のことをとりあえず心の脇に置き、ハルヒが目覚めるのを待っていたた。
 言い訳は考え済み、一応打ち合わせもしてある。
「ん……、あれ、あんた、何でここに……」
「ここは長門の家だ」
 目覚めたハルヒが余計なことを考え始めるより先に、事実を告げる。
「有希ちゃんの?、どうしてあたしとあんたが有希ちゃんの家に居るの?」
 ハルヒがぱっと起き上がり、周囲を見渡す。
「あれ、古泉くんも居るの? みくるちゃんが居るのは分かるけど……」
「お前が倒れたのを見た朝比奈さんが、SOS団の全員に連絡を取ったんだよ。で、一番近い長門の家に運んだんだ。皆に礼を言っとけ」
「そ、そうだったの……。あ……、ごめんね、ありがとう」
 ハルヒが素直に頭を下げた。
 古泉や長門や朝比奈さんの労力に見合っているかどうかは分からないが、状況を納得してまともに頭を下げることが出来ただけでとりあえずは良しとしよう。
「あたし、貧血だったのかしら……」
「多分な。ああ、歩けるか?」
「ええ、大丈夫よ」
「じゃあ送っていくよ」
「べ、別に良いわよ」
「さっきまで倒れていた人間がそんなところで遠慮するなよな。一人で帰してもう一度倒れられたりしたら笑えないだろうが」
 俺自身もさっきまで気を失っていたんだが、それはこの際棚上げだ。
「……送ってもらうなら、あんた以外の人が良いわ」
 どうやら、ハルヒは俺には送ってもらいたくないらしい。……わがままな奴。
 すったもんだのやり取りの末、ハルヒは朝比奈さんが送っていく事になった。
 俺と古泉はバラバラに帰宅、長門はここが自宅なので動く必要は無い。
 帰り際、古泉と長門が消えた朝倉をどうするかと伝えてくれた。
 そう言えば、あいつにはもう会えないんだよな。
 俺の命を狙ってきたような奴だが……、会えないとなると、少し寂しいかも知れない。


 そしてその翌日、突然転校した朝倉が怪しいとか言い出したハルヒを適当な事情をでっち上げた古泉が丸め込んだのを傍目に見つつ、俺はこれから一体ハルヒにどれだけ嘘を吐か
ないといけないんだろうな、なんてことを考えてしまった。
 朝倉涼子みたいな奴が、また現れないとも限らないわけだし。
 そうしたら……、まあ、王子様と戦乙女とやらが何とかしてくれるんだろう、きっと。
 悪いが俺には朝倉みたいな連中に対処する方法は持っていない。
 だから、俺は別の方法で戦わせて頂く。

 ハルヒと言う名のトンデモ娘との、非日常的な日常、それが俺の戦場――。

 ……馬鹿馬鹿しいが、きっと、そういうことなんだろう。



 ...to be continued


Copyright (C) 2008 Yui Nanahara , All rights reserved.