有言実行



 SIDE:I

 涼宮さんははいつでも有限実行な人だと思う。
 一度興味を持ったらどんなことにも前向きで、どんなことにも乗り気な人なのだ。
「今度は海外よ!」 
 彼女がそんな風に叫んだのは確か去年の冬休みのことだった。
 それから数ヶ月後の今現在、僕の前には世界各地の観光ガイド本を何冊も並べた彼女が居る。
「ヨーロッパも良いと思うけど、東南アジアも良いわよね」
 先ずもって何故その二つの選択肢が上がるのかを教えて欲しい。
 そもそも鶴屋さんの親戚の別荘というのが基本方針じゃなかったんだろうか。
 いや、鶴屋家の伝を頼れば世界中のどこにだって行けるだろうし、鶴屋家が駄目だとしても『機関』が何とかしてくれるだろうし、こういう時の涼宮さんの選択に深い意味を求めても無駄だ何てこともとっくに承知しているつもりだけれども、それでも、理由を求めたい時だって有る。
 とはいえ僕にだって、ここで余計なことを言って行き先がヒマラヤの奥地やアフリカの秘境とかに転ぶような真似はしたくない。アジアやヨーロッパならいざ知らず、まともな交通手段や一定以上の治安の保証が有るかどうかすら怪しい場所に行った場合のことなんて考えたくもない。
 誰かに助けを求めたかったが、今の僕には一緒に困ってくれそうな相手が誰も居なかった。
 長門さんならともかく彼や朝比奈さんなら共感してくれそうなところだろうけれども、今日の僕は何時もの喫茶店で涼宮さんと一対一という状況下にあった。
 涼宮さんの「団長と副団長で計画して、団員達を驚かせてあげるのよ!」という言葉がその発端で、別にその言葉自体は珍しくも何とも無いと思うし、僕等は二人で今までにも何度かそういう『計画』を練ったり準備をしたりしていたけれども、今回ばかりはさすがに笑って応じている場合では無さそうな気がしてならなかった。
 何せ涼宮さんは本気で海外行きを考えているのだ。
 海外なんて……、正直、勘弁願いたい。
 不思議を求めて秘境に踏み入るよりは幾らかマシだろうけれども、慣れない土地柄で何か有った時というのを想像すると怖くて仕方が無い。
「ねえ、古泉くんはどうするのが良いと思う?」
「そうですね、」
 僕は打開策を探しつつ、適当な言葉を並べていく。
 こういうときに慌てるのは僕の役割じゃないし、慌てていたってどうにもならない。
 涼宮さんは有限実行が基本の結構強引な人だけれども、一切の軌道修正が不可能なほど頑なな人じゃない。……と思う。
 とはいえ、行き先の軌道修正は多分僕の役割じゃない。
 というより、ここで薮蛇になるようなことはしたくない。それだけは本気で勘弁願いたい。
 だから僕は、行き先ではなく行った先でやることに関して、ギリギリの妥協点を探していくしかないのだ。
 情けないとは思うけれど、これが今の僕に出来る精一杯。
 もっと簡単に、全力で楽しめるようなことなら、僕も彼女の勢いに乗っても構わないのだけれども……、なかなか、そう簡単にはいかないらしい。
 





 
 ハル一、語り手の見てない部分で中の良い二人(061110)