小一時間



 SIDE:I

「だからね、副団長の心得というものが有ってね」
 涼宮さんのお説教らしき物が、既に小一時間ほど続いている。
 時折反応を求められるたびに僕は一応返事をしているけれども、内容なんて殆ど右から左かも知れない。
 涼宮さんには悪いけれども、その『心得』を全てを体現するのは僕にはちょっと無理な話しだし、涼宮さん自身でも難しいような気がする。というより今の彼女は、出来る出来ないとかいう次元を飛び越えて、言いたいことをただ言いたいように言っているだけのような気がしてならない。
 要するに、これは何時もの暇つぶしの一種みたいなものなのだ。
 ちなみにこうなったきっかけは、涼宮さんが僕と彼の一戦にちょっかいをかけて来たところ、彼が退屈そうな涼宮さんの矛先を僕の方に行くようにと仕向けてきたからというところにある。
 副団長なのに負け続きなんて情けないから云々、とかいう感じだった気がするけど、それってちょっと理不尽じゃないだろうか。団内の階級とゲームの実力は何の関係も無いのだし……、とはいえ、そんな反論を彼相手ならともかく、涼宮さん相手に出来るわけも無い。
「副団長ってのは団長の次に偉いんだから、団員に負けるなんてことが有っちゃいけないの。そりゃね、勝てない所が一つ二つ有った方がチャームポイントっていうか、隠れた魅力にはなると思うけれど、そういうのは隠れてこそなのよ。こんなに毎日負け続けじゃ、団員の信頼が離れる原因にもなりかねないのよ。勿論うちの団員達がその程度で副団長への信頼を見失うほどの馬鹿だ何て思ってないけど、万一って事もありえるのよ。そのためには、副団長は常に副団長として尊敬されるように振舞っていないといけないの。そしてそうやって振舞うことで、古泉くん自身にも副団長としての自覚が生まれ、ますます団を盛り上げていくことが出来るのよ。……そう、これは団の活性化のためにも絶対に必要なことなのよ!」
 何故こんなに長い時間話すことがあるんだろうなんて野暮なツッコミをする人は僕を含めて誰も存在しないし、そもそもこの空間には彼女と僕と彼しか居ない。
 肩書きの無い団員その一である彼は、どこから取り出したのか文庫本を読んでいる。
 長門さんにでも借りたんだろうか。
「ちょっと古泉くん、聞いているの!?」
「あ、はい、勿論です」
「じゃあ、今あたしが言ったこと、一字一句残らず復唱して。勿論語尾も何もかもそのままでね」
「え……」
「聞いていたなら出来るでしょう?」
 いや、その、それは、
「出来るでしょ?」
 あの、涼宮さん、笑顔が怖いんですけど。
 ここで突っぱねたら、閉鎖空間どころじゃ済まないかも……。
 一応聞いてはいたから言われたこと自体は何とか思い出せるけれども、僕がそれを読み上げなければいけないんだろうか。
 それも、涼宮さんの口調で。
 僕は目の端でちらりと彼の方を見る。
 彼はただ肩を竦めて、やれやれ、という感じで両手を天に向けた。
 助けてくれる気は……、無いんだろうなあ。
「さあ、さあ、やりなさい!」
「え、あ、あの……」
「ほらほら、早く早く!」
「はいっ」
 仕方が無い、やらないわけには行かない。
 閉鎖空間が発生しても困るし、自分が原因なんてことになったら仲間達に何を言われるか分かったものじゃない。
「違う、そこは「です」じゃなくて「なのよ」よ!」
「えっと、副団長として、」
「そこも違う!」
 とちるというか恥ずかしさの余りどうしようもなくなっている僕に、涼宮さんの檄が飛ぶ。
 涼宮さんはニヤニヤ笑顔で、口調もどこと無く明るい。
 これなら閉鎖空間が発生することは無さそうだけれど、僕はちっとも嬉しく無かった。
 ああ、後ろから彼が笑いを堪えるような声が聞こえてきた。
 何でこんなことになっているんだろう……。
「ほら、また違うわよ!」
「す、すみませんっ」
「いい、もう一度やり直しよ、ここは、」
 僕という玩具を得た涼宮さんは、本当に楽しそうだ。
 こういう彼女の笑顔を見るのは嫌いじゃないし、寧ろ良いことだとさえ思ったりもするけれども……、出来るなら彼女と一緒に何かを眺めるが側が良かったなと思いつつ、僕は心の中だけでこっそり溜息を吐いた。
 何時終わるのかなあ、これ。





 
 ピンポイントでハルヒの玩具になる古泉くん。たまにはこういうのもありかと(061110)