禁断症状


 僕の仕事は、涼宮さんが退屈しすぎて世界を壊し始めないように先回りして何かを用意すること。
 観察とか保護とか言い方は色々有るけれども、今のところ僕の第一目的はそういうことになっているし、僕自身も結構その立場を楽しんでいたりする。
「……何か無いかしら」
 禁断症状が出るギリギリ辺りまで手を拱いていたのは、涼宮さん自身がどうというよりも僕が『機関』の関係で部活に出れない日々が続いた上、彼が季節はずれの風邪で欠席続きという状況だった故だ。この状況下で朝比奈さんと長門さんに何かを期待するのは無駄なことだと思うので、これは当然の結果だと言えるだろう。
 ……そんな風に冷静に解説している場合じゃないだろうと思いつつも、僕は頭の片隅で現状を整理する。一応、整理したら良い案が浮かぶかも知れないという側面も有るには有る。
「ねえ古泉くん、何か面白そうなこと無い?」
「そうですね……」
 とはいえそんなに簡単に妙案が出てくるとも限らない。
 僕は色々準備をした上での先回りに関してなら多少の自信を持っているつもりだけれど、正直そんな唐突に何か用意できるほど器用な人間ではないのだ。
 こういう時話を振れる相手が居ると助かるのだけれども、生憎今日は僕と彼女と長門さんしか居ないのでそれは無理に等しい。僕等と学年の違う朝比奈さんは補習のため今日は部活を欠席中だし、彼に至ってはまだ風邪で寝込んでいるとのことだ。
「ねえ、無いの?」
「えっと……、そうですね、探索にでも参りませんか?」
「探索? 今から?」
「ええ、学校の近くというのは意外と細かく見ていませんし、探したら何か見つかるかも知れませんよ」
 我ながら苦しい理屈だ。
「そうかしら?」
「着眼点を変えれば違うものが見えてくるということも、充分ありえると思います」
 気の持ちようで世の中の見え方は違ってくる。そういうものだと、僕は思う。
 涼宮さんの場合その気持ち次第で世界を変える事さえ出来てしまうので、出来ればほどほどを望みたい所だけれども。
「ふうん……、そうね、そういうのも良いかも知れないわね。じゃあ、早速行きましょう!」
 僕の結構、いや、かなりいい加減というか、行き当たりばったりもいいところの提案に、涼宮さんはあっさりと乗ってきた。
 えっと、本当にこれで良かったのかな?
 全然自信が無いんだけれど、涼宮さんが良いって言うんなら、多分、これで良いんだと思う。
 ただの探索なら、何か妙なことに出くわすことも無いだろうし。
「え、あ、」
 何てことを思っていたら、いきなり凄い力で腕を引っ張られた。
 涼宮さんは体格的には一般的な女子高生の範疇だけれども、体力や腕力に関しては多分僕よりも数段上だろう。
「ほらほら、早く行くわよ!」
 そして彼女は力も強ければ足も速い。
 僕は抵抗することさえ出来ず、もう片方の手で鞄を掴むのが精一杯だった。
「さあさあ、もたもたしない!」
 着いていくことに異存は無いし、涼宮さんの切り替えの早さも行動の素早さも何時も通りだ。
 ただ僕は、こういうときに腕を引っ張られるという状態にあまり慣れていなかった。
「あ、あの、」
 一対一なんだからこれが当たり前なんだろうと思っているつもりだけれども、やっぱりちょっと変な感じがするし、腕も痛い。
「古泉くんは副団長なんだから、もっとしゃきっとする!」 
「……は、はい」
 やたら元気な涼宮さんと、何とも言えない状態のまま連れて行かれている僕。
 別に彼女と一対一になること自体が凄く珍しいというわけでも無いけれども、何だか不思議な感じがする。涼宮さんが禁断症状に陥らなくて良かったことは確かだけれども、それ以上の何かが有るんだろうか。
 ……頭の片隅でそんなことをぼんやり留めながらも、僕は必死で涼宮さんの話に着いて行った。学校の周囲の、特別なことなんて何も無さそうな場所を見て色々と都合の良いことを思いつく彼女の感性には恐れ入る。でも、僕はそういう彼女が結構好きだし、彼女に合わせている自分のことだってそんなに嫌いじゃない。
 とはいえ、準備もしていない状態で涼宮さんと一対一で会話を続けるのは結構疲れるというのも紛れも無い真実だ。
 ……こういう放課後も悪くないと思うけれども、こういうのはたまにで良い、と思う。





 
 純粋と鈍感の狭間に居る子供みたいな二人(061113)