展開予想


 世の中には予想できないことがいっぱいあるものらしい。
 俺は一組の男女の喧嘩寸前みたいな様子を眺めつつ、のんびりと茶を啜っていた。
 不機嫌なハルヒと、どうしたら良いのか分からないといった感じの古泉。大変だな古泉、この状況じゃ例の灰色空間が発生していても駆けつけられまい。いや、俺にはそれが発生しているかどうかすら分かんないんだけどさ。
 この状況下になった原因は何なんだろうな。
 ハルヒが何事か思いつきを言い出し、古泉がそれに追従するような答えを返したという、何時も通りのやり取りのどこにこうなる原因があるのかなんて、俺に分かるわけも無い。
 ただ、ハルヒが、
「何で何時もそうなのよ」
 と呟いた挙句、一人で重苦しい雰囲気を背負ってしまったことだけは確かだ。
 その雰囲気の余りに重さに古泉は完全に無言。俺と朝比奈さんも似たり寄ったりで、長門だけが何時も通り本を捲くっている。
 けど、朝比奈さんが耳を抑えているわけでも長門が反応しているわけでも無いってことは、例の空間は発生してないってことなんだろうか?
「あの……」
「あたしね、予想通りの展開って嫌なの」
 何とか復活しかけた古泉に、ハルヒが機嫌の悪さ全開の口調でそう言った。
「は、はあ……」
 古泉は目を白黒させている。
 そりゃそうだよな、俺だってわけが分からない。
 一体何が予想通りだって言うんだ。古泉の行動の……、いや、予想通りなのか?
 それを言ったら俺や朝比奈さんの行動だって毎度毎度似たような物じゃないかって気もするんだが……、はて、どうなんだろうね?
 そういうことはあんまり深く考えたことが無かったな。
「だからね……。ちょっと、予想外の行動を取ってみたのよ」
 ハルヒはそう言い切ると、ふっと力を抜いたような表情になり、それから、満面の笑みを浮かべた。……なるほど、そういうことだったのか。
「えっ……」
 古泉が、目を見開く。
 こういう反応はちょっと珍しいかも知れない。
「まあ、要するに、古泉くんの驚く所が見てみたかったのよ。……でも、あんまり苛めちゃかわいそうだから、このくらいにしてあげるわ。……けど、名演技だったでしょ?」
 演技にしちゃあ出来すぎじゃないか。まあ、結構演技派みたいだけどさ。
 どっちかって言うと切れかけたけれども思った以上の反応だったからここは演技だったってことにして誤魔化した、って風に見えなくも無いんだが。……ふむ、ハルヒもそういうことを考えたりするんだろうか?
 その辺りのことは俺にはよく分からないな。古泉は分かっているんだろうか。いや、この場合分かっていたとしても頭がついていってことになりそうだが。
「……ええ、そう思います。驚きましたよ、いきなりのことでしたから」
 古泉がちょっと力なく笑う。
 騙されて居たってことになるんだろうか? なるんだよな。
 古泉のどこまでが本気でどこまでが嘘かは、正直な所俺にはよく分からない。中身の部分に関しては、見た目より全然幼いと思ったりもするんだがな。
 さて、今回は……、まあ、不機嫌なのに閉鎖空間が発生してないから、何かおかしいな、くらいには思っていそうだが。
 いや、閉鎖空間もハルヒが不機嫌だったら即発生するって物でも無いのか?
 ううん、この辺りのことも俺にはよく分からないな。というかよくよく考えてみると俺には分からないことだらけだな。別に分かりたくも無いけどさ。
「ふふ、驚いた古泉くんの顔、結構可愛かったわよ」
「は、はあ……」
 なあハルヒ、普通男は女にかわいいと言われても嬉しいと思ったりしないもんだぞ?
 いや、この理屈は女には分からないかも知れないが……、古泉、お前もその辺りについてはなんか言えよな。その程度のことを指摘したってハルヒは怒ったり不機嫌になったりはしないと思うぞ。
「あ、でもね、あたしが予想通りの展開が嫌って言うのは本当よ。……だからね、古泉くん、また何か面白いことを用意してよね!」
「……心得ております」
 元気溌剌って感じのハルヒに対して、古泉はちょっと苦笑気味になりつつも、恭しく礼をする。
 ふむ、すっかり何時も通りか。
 ハルヒの不機嫌さが演技かどうかはよく分からないが、とにかく丸く収まってよかったな。
 しかし、予想通りねえ……、古泉も結構手を変え品を変えやっているはずだし、突発的な事項が他から振ってくることだって有るのに、それでもこの団長様の退屈は凌ぎきれてないんだろうか。
 それとも、ハルヒは単に古泉の反応が気に障っていたのか?
 あっという間に元通りに戻って何時も通りの面白おかしなやり取りを繰り広げている様子を見る限り、ちっともそんな風には見えないんだがな。
 さて、どっちだろうか……、まあ、どっちにせよ俺にはあんまり関係無い話だな。ハルヒが暴走した挙句古泉が手も足も出ないような状況になったりでもしたら何らかの協力をしてやらないでもないが、それまでは静観させて貰う。
 ああ、そうだ、一つ付け加えておこう。
 俺はこいつ等を含めたSOS団の連中の未来とやらが、予想通りの展開とやらに収まるなんてこれっぽっちも思ってないってことをな。





 
 (061207)