用意周到 SIDE:I この世界は誰のものでもないけれども、この世界を唯一思い通りにすることが出来る力を持った存在は、ただ一人だけ。 それは偉大な科学者でも不老不死の超人でも宇宙生命体でもない、ただの、どこにでもいるような、けれど、ほんの少しだけ変わっている、そんな、一人の女の子。 彼女だけが、この世界を思い通りに変えていける。 彼女だけが。 「……全く、あの連中は分かって無さ過ぎるわ」 けれど彼女にも不満というものは存在する。以前ほど不満不平だらけな毎日を送っているわけではないだろうけれども、己の力を自覚せず、また、根本的な部分で常識人である彼女は、現実の不満の有る程度までを、そこに存在するもの、覆せないものと認識している。 多分、変わったのは彼女の中のボーダーラインであって、認識そのものではない。 他の人は気づいてないかもしれないけれども、僕にはそれが分かる。 「仕方ありませんよ」 「もうっ……」 全校合同の新入生歓迎会、言い換えれば部活勧誘合戦の走りでもあるその場で、SOS団も参加したいと生徒会に申し出たところで、あえなく撃沈……、それが今日有った出来事だ。 最初っから非合法というか、校則なんて丸っきり無視したことを率先して行うのが当たり前の彼女も、時にはこうして正攻法を行使しようとすることも有る。もっとも、そういう時は大抵上手く行かないのだけれども。 今日のことはさすがに自体が唐突過ぎて、僕としても根回しする間が無かった。 「どうしようかしら……」 この状態で閉鎖空間が発生して居ないのは、彼女の思考が高速で切り替えられているからだろう。押して駄目なら引いてみろならぬ、壁に穴を開けてみようとか、窓から侵入してみようとか、そういったイレギュラーな手段を考え始めるのが彼女の常だ。 良い根性をしていると言い換えても良いかもしれない。 「出来るだけインパクトが有る方法が良いし……」 ぐるぐると考え始めた彼女の横で、僕もまた何かしらの手段を探し始める。 SOS団に新しい団員が必要かどうかはわからないが、彼女が満足するためには『勧誘する』という行為は必要だろう。結果は別に良い、不思議なことなんて見つからなくても良い、ただそれを口実にして皆で楽しめれば良いのだ。 もっとも、彼女自身はそんなことを認めたがらないだろうけれど。 「ねえ、古泉くん、何か良い案無いかしら?」 「そうですね……。去年はビラを配ったんでしたっけ?」 「そうよ。理解の無い教師達に妨害されたけど」 「そうでしたか」 理解も何も、彼らの職務からすれば当然のことなんだろう。 けれど彼女は、多分そのことを理解した上で、彼らの方が間違っていると決め付けている。 そうすることで、自分の領分を守っている。 領分を守って居ないと、自分が立って居られないと思っている。 「今年もビラじゃ芸が無いし……」 彼女が、また何か考えながらぶつぶつと呟き始める。 彼女が何かとんでもないことを思いつくのと、僕がそんな彼女に出来るだけ穏便な手段を提供できるのと、一体どっちが早いだろうか。 僕としては後者の方が助かると言いたいけれども、絶対にそうとは言い切れないのが少し辛いところだ。 自分から言い出して自分の首を絞める結果になったことなど今まで何度も有ったし、その逆に、彼女が言い出したことなのに大した被害をこうむることも無く終わったなんてこともあった。 ただ一つ確かなのは、どんな発端と経緯と結果が有るとしても、その殆ど全てで、彼女が一定以上の満足、或いは納得を得ているということだろう。 互いに染まり合うようで染まり合い切らない僕等を包み込む世界そのものは、僕等が出会った辺りからは、まるでそれが用意周到な舞台であるかのように、滞りなく前へ前へと時を進めている。 一体それが誰にとって望ましいことなのか知らないけれども、僕は少なくとも現状維持を望んでいるし、彼女もきっと同じなのだろう。 例えこの一見幸福な形をした時間が、何時か終わるものなのだとしても。 「ねえ、古泉くん、今までに記憶に残った部活の勧誘とかってどんなのが有る?」 「そうですねえ……」 さて、今回は一体どっちに話が転ぶのだろうか。 どう転んでもほどほどの結果になることを祈りつつ、僕は彼女が求めるような勧誘について再び思考を巡らせ始めた。 日常的な二人。 世界は何時か来る終わりを予感させながらも今は未だ滞りなく続いていく(070121) |