25日の二人



 クリスマスは12月25日だが世間的に盛り上がったりパーティをするのは24日までが相場らしく、また、俺達SOS団もその例に漏れず24日にクリパを行った。
 封印した酒にこそ手はつけなかったが、部室でも長門の家でも馬鹿騒ぎしまくり状態で有ったことに間違いはない。
「……これはゴミで良いんでしょうかね?」
「良いんじゃないか?」
 さて、そんな24日も終わり明けて25日、一体何をしているかと言えば俺は古泉と二人散らかった部室の片づけに従事していた。
 例によってハルヒに命じられてのことだが、今回は俺もおおいに楽しんでいたしハルヒ以下女子達も長門の家の方で片づけをしているはずなので、まあ、特に文句は無い。
それに、散らかしたら片づけるってのは人として当たり前のことだしな。
ちなみに今古泉が手にとって見せてくれたのはサンタ帽子、それも100円ショップで売っているようなチャチなものだった。
そういやサンタの孫娘のような姿の朝比奈さん以外の面子も帽子だけは被っていたりしたんだったな。そういうものは殆ど全部長門の家に持っていったつもりだったんだが、部室にも残っていたのか。
「そうですね、ではこれはゴミに出してしまいましょう」
古泉は一見手際よく片づけているように見えるが、どういうわけかこいつは捨てて良いかどうか分からないようなものがあると一々俺に訊いてくるということを繰り返しているので、実際には作業は遅々として進んでいなかった。
これが俺の部屋の掃除で古泉がその手伝いだとでも言うのならともかく、今日は単なるクリパ後の片づけだ。ちゃちな季節限定品を捨てる程度のことになぜ迷う。そんなに捨てたって来年また揃えれば良いだけのことだろう?
 それに、訊くんだったら俺じゃなくてハルヒだろう。……まあ、ハルヒはここに居ないし訊いたところで何でもかんでも取っておくと言い出した挙句ちっとも掃除にならないって結果になりそうな気もするけどさ。
「えっと、これは、」
「自分で考えろ」
机の端に転がったままになっていたクラッカーの残りを手に取り問いかけようとしてきた古泉に対し、俺は奴が言い終わる前にそっぽを向いてやった。その程度のことを俺に訊くな、こっちはこっちでやることがあるんだ。
「……」
 俺の態度をどう解釈したのか、古泉がそれ以上何かを言ってくることはなかった。
 これはちょっと気まずいかもしれないな。……一々訊いてくる古泉もどうかとは思うが、俺の反応も子供っぽ過ぎただろうか。
 古泉は、図体はでかいし普段は結構頼りになるキャラを演じているみたいだが、中身は意外なくらい幼いところがあったりする奴だ。手伝いたいけど何をどうすれば良いか分からなくて大人に訊ねてばかりの子供とか、何をすれば良いか分からなくて不安になっている子供とか……、まあ、そんな可愛いもんじゃない気もするんだが、ようは、そんな感じなんだろう。
 けど、どうしたものかな、このままというわけにも、何て思いつつ再度古泉の方を見てみたら、こいつはただクラッカーを手にしたままぼけっと突っ立ったままだった。
おいおい、何でそのままなんだよ。なんて思っていたら古泉が俺の方を見て、何時もより数段幼い子供っぽい笑顔を浮かべてきた。
一体なんだよ、なんてことを考える余裕もなく、俺の思考はでかい破裂音によって遮られた。
「うわっ」
 予告無しのでかい音を耳にして、俺は思わずその場でうずくまってしまった。
古泉が、クラッカーの紐を引っ張ったんだ。
音を鳴らした古泉自身はその瞬間空いた手で片耳を塞いでいたからかわりと平静な感じだ。
「……バカ、わざわざ仕事を増やすようなことをするなよな」
音も派手だったが床には飛び出したクラッカーの残骸が散らばっている。掃除の途中で自分から仕事を増やすなんて、こいつどこまでバカなんだよ。
「自分で片づけますよ」
 不満げな俺の顔を見た古泉は、笑顔のまま、床に散らばったゴミを片づけ始めた。
こいつ、一体何がしたかったんだ?
「お前なあ……」
「驚きましたか?」
 古泉は散らばったゴミをゴミ箱に捨て終わると、やっぱり笑ったまま訊ねてきた。
 何だか本当に子供みたいだな。
「まあな」
「じゃあ、良かった」
「はあ?」
「あなたを驚かせたかったんです。……それだけですよ」
 なんだそりゃ、わけが分からん。
 大体、それだけってことも無いだろ。わざわざゴミを作ってさ。
「ゴミかどうか分からないなら、ゴミにしてしまう。……そういうやり方も有りなんじゃないでしょうか」
「……」
 ちょっと寂しげになった古泉の笑顔には、多分、色々なものが詰まっている。
 つまらないものを要らないものとして切り捨てようとしていた誰かさんのこととか、世界を守ることの意義ってものに対する疑問とか、SOS団への愛着と、それぞれの抱える事情とか……、そんな全てをひっくるめて、こいつは、この場所に立っているんだ。
 俺は時々、ふとした瞬間から、そんな古泉の片鱗を見てしまうことになる。
 今も、そういう時なんだろう。
「バカだろ、お前」
 でもなあ古泉……、本当にお前は、大馬鹿野郎だよ。
 それだけのことが言えるのに、どうして、そんなに、子供のままで居られるんだよ。
 不安を抱えてばかりの子供が、どうして、大人の振りをし続けているんだよ。
 俺は、そんなお前が、
「え、あ……」
 それ以上の言葉も気持ちも全部ひっくるめた上、古泉の反論をさえぎる意味も込めて、俺は奴の唇を自分の唇で塞いでやった。
 触れるだけ、ほんの一瞬だけのキス。
 でも、多分、それだけで、充分なんだ。
 今の俺達には。
「さっきのお返しだ」
「……参りましたね」
 俺がニヤリと笑いかけ、古泉が顔を赤くしたまま何とも言えない表情になる。
 馬鹿馬鹿しい気さえするこういうやり取りが、俺は、結構好きだった。
 言葉を重ねてもどうしようもないはずの何かが、ほんの一瞬だけではあっても繋がったような気がするんだよな。それは単なる思い込みかもしれないけどさ、古泉も俺と同じように思い込んでいるんだっていうなら、それは、少なくとも今の俺達二人にとっては正しいことだってことになるんだろう?
「んじゃ、片付けの続きだな」
「ええ、そうですね」
 そうして俺達は、それ以上の続きも意味も求めないまま、今日の本題に戻る。何時も通りの日常に戻っていく。
 手探りのまま、お互いの全てを明かすことなんて出来ないまま、俺達の時間は今日もまた過ぎていくんだ。
 クリスマスなんていう特別なはずのその日、俺達には、きっと、特別なことなんて何も無かった。
 でも、そのときは、それで充分だった。

 
 





 
 恋愛途中みたいな感じ。
 一応クリスマスものです(061225)