あたたかく静かな


 古泉が、とあるきっかけから時折俺の家に来ることになってから、どのくらいたっただろうか。何となく、こいつが家に来て遊ぶというか俺の妹の相手をさせられているのを見るのも珍しくなくなったなあという気がして来たのは、割と最近の事のような気がするんだが。
 さて、今日も古泉は俺の家にやって来ているわけだが、当然のように今日も俺の妹の相手をさせられていた。でもって今日は、遊びつかれた挙句眠ってしまった妹に寄りかかられているなんていう状態にある。
「悪いな」
 コタツに入ったまま少し姿勢を変えつつも妹を起さないように気遣っている古泉の前に茶を置きつつ、俺は一応の謝罪らしき物を口にした。妹としてはカッコよくて優しいお兄ちゃんと遊べて楽しいというところなんだろうが、もうちょっと実兄の気持ちを考えて振舞ってほしい物である。古泉相手に何を今更という気もしないではないが、さすがにこうも迷惑かけ通し状態がデフォルトとなってしまうと、実兄の面目も何も有ったものじゃないって感じだからな。
「いえいえ、このくらい構いませんよ」
 古泉は何時もながらの調子で俺の言葉を受け流した。
 どうもこういう時の古泉の言葉には嘘も演技も無いみたいだってことに俺が気づいたのは、つい最近のことだ。
 何が理由か知らないが、古泉は俺の妹に付きまとわれることを迷惑だとは思ってないらしい。別にロリコンというわけじゃないと思うし、単なる子供好きや世話好きって感じもしないんだがな。……面倒見自体は結構良い方だと思うけどさ。
「けどなあ……」
 いやまあ、その辺りの理由はともかくとしてだな。
 例え迷惑じゃないとしても、多少はこう、何と言うか……、まあ、俺だって本気で文句を言われたいわけじゃないけどさ。
「可愛い妹さんですよね」
 古泉は妹を起さないように気遣いつつ、その髪を軽く撫でた。
 何か正しくお兄ちゃんと妹って感じだよな。実兄である俺の言う言葉じゃない気もするし、お兄ちゃんって言うにはちょっと印象が優し過ぎる気もするけどさ。
 現実のきょうだいなんてのは、優しさだけで成り立つ物じゃないしな。
 古泉がそういうことを知っているのかどうかは……、そういや、俺はこいつの家族構成さえ知らないんだよな。今更知りたいって思うわけでも無いけどさ。
 何となく、ひとりっこっぽい気はするけどな。
 古泉が俺の妹を見ながら一体何を考えているのかは、俺には良く分からない。……いや、本当に分からないわけじゃないんだろうって気もするんだが。
 うちの妹と同じくらいの年頃の古泉がどういう状態に有ったのかってことを考えれば、全部は分からなくても、その輪郭くらいは掴めるような気がするさ。
 掴んだからどうなるって物でも無いし、正直言うと俺は、そういうことをあんまり考えたくも無いんだが。
 これは、きょうだいの居ない奴が、友人の妹を見て、可愛いなあ、なんて言って、その妹の実態を知っている実兄にちょっと呆れられる。……なんていう、ありきたりな、どこにでもあるような光景で良いじゃないか。
 どうして話がそこで終わらない? 終わらせようとしない?
 古泉は何も言っていない。俺にはこんなときの古泉の表情を読む事は出来ない。
 これは、俺がただ勝手に考えすぎているだけってことなんだろうか。
「お前さ」
「何ですか?」
「俺の家に来ているのに、妹とばっか遊んでいるよな」
「……そう言えばそうですね。ご不満でしたか?」
「いや……、そういうわけじゃない」
 そういうことに不満があるわけじゃないんだ。
 別に、古泉が俺の家に来たからといって特に何かすることがあるってわけでも無いし、古泉が居る分だけ俺の負担が軽くなってありがたいなんて風に思っていたりもするしな。
 かと言って、妹を押し付けているつもりも無いし、じゃあ何のために古泉を呼んでいるんだよと訊ねられても困るんだが。本当に、何でだろうな。まあ、俺はこういう時間が結構好きだし、古泉も全然嫌がってないみたいだから、理由なんて無くても良いのかも知れないけどさ。
 古泉は、俺の方から視線を外し、また妹の方を見ていた。何だかこいつらしいような、らしくないような……、どっちかな。まあ、今更らしいかどうかなんてことを真面目に考えても仕方ないとは思うんだが。
 こいつ、本当は何を考えているんだろうな。
 俺にはやっぱり、こういう時に古泉が考えている事が分からないんだ。
 けど俺は、こんな暖かくて静かな時間が、案外好きなんだよな。
 余計な事を考える素地が無ければもっと良いとも思うんだが。……まあ、それは別に古泉に責任が有ることじゃないから仕方が無いか。普通の友人同士だって、言えないこととか考えたくないことの一つや二つあるだろうしな。
 そういう余計なことに目を瞑って、何でもない時間を、何でもないことのように過ごせる。
 こういうのも、結構良いもんだよな。





 
 時期的には二年の冬頃を想定。
 やっぱりプラトニックっぽい二人(061219)