半透明の未来へ


 手を伸ばす、なんていう在り来たりで当たり前の行為を俺が出来るようになるのは、何時のことなんだろうか。
 それとも、そんな日は永遠にやって来ないんだろうか。

 それは、何でもない日の帰り道でのこと。
 何かを思いついたらしいハルヒが朝比奈さんと長門を抱えてあっという間に飛ぶように帰ってしまったので、俺は古泉と二人のんびりと坂道を下っていた。
「……ったく、相変わらずだよなあ」
「元気で良いことじゃないですか」
 このイエスマン野郎は、よっぽどの事態の時を除くと、ハルヒが近くに居ないときでも、居るときと似たり寄ったりな感じに振舞っていることが多い。
 いや、俺に対してもそういうキャラ立てをしていたいってことなんだろう。
 馬鹿馬鹿しい話だ。
 俺は、そんな上っ面だけのお前の姿ってのをちっとも信用してないんだぞ。
「世の中には程度ってものがあるだろうが」
「そんな理屈が涼宮さんに通用するとは思えませんね」
 俺のぼやきを、古泉が軽く受け流す。
 言いたいことは分からないでもないしハルヒの性格もある程度理解しているつもりだが、納得したくない言葉だよな。
「なあ」
「何ですか?」
「坂を下りきるまで、ハルヒの話は禁止な」
「……は?」
「もちろん朝比奈さんのことも長門のことも、ああ、機関とか宇宙人とか未来人とか、そういうことは一切禁止だ」
「それは……」
 日ごろの不満を隠そうともしない調子での俺の提案を聞いて、古泉が完全に沈黙する。困りますね、とか、そういうわけにはいかないでしょう、何て言葉すら帰ってこないし、何か別の話題を振ってくるようなことも無い。
 あほか、こいつは。
 探せば幾らでも話すことなんてあるだろうに、どうしてそういうことが出来ないんだよ。本当、器用なようで不器用な奴だよな。
 俺は、お前のそういうところは嫌いじゃないんだけどさ。
「あの、」
「何だ」
「いえ……、何でも有りません」
「何か言えよ」
「いえ、その……」
「……」
 古泉が何も言わないなら、俺も何も言わない。言ってやらない。
 俺から何か話題を提供することはそれほど難しいことじゃないし、もしかしたら古泉もそれに答えてくれるのかもしれないが、俺がしたいのはそういうことじゃない。
 俺は古泉が普通に話せることってのを聞いてみたいし、何気なくその続きを促す、なんていう、ごく当たり前のことをしてみたいかも知れない、何て風に思っていたりもするんだ。
 なあ、古泉。
 何時もみたいな、理解したくない、耳を塞ぎたくなるような話題じゃない、普通の、男子高校生同士の、馬鹿馬鹿しい話をしようぜ。
 お前だって、そういう話くらい、出来るんだろう?
 普通の高校生を演じているって言うならさ。例え演技だとしても、そういう話題を持ち出すことくらい出来るってことなんだろう?
 なあ、違うのか?
「……すみません」
 何で謝るんだよ。
 謝るより先にすることがあるだろうが。
「……あほか、お前」
「……」
「……」
「えっと、その……」
 古泉が、言葉を探し続けている。
 形にならないそれの続きを待っているうちに坂を下り終わりそうな気もするんだが、俺はそんな風に困っている様子の古泉の横顔を見るのは、案外悪くないかも知れない、なんて風に思っていた。
 けど俺は、そこから先を促してやったりはしないんだ。まだ、促してやりたいってところまで古泉が辿り着いてないからな。l
 俺は、古泉の言葉を待っている。
 渦巻く思いの全部をひっくるめて、今はまだ、待ち続けている。
 俺達の、俺達だけの、半透明のままの未来を決めるための何かがあるとしたら、その始まりは、俺じゃなくてこいつが用意するべきものなんだ。
 なあ、古泉。
 ちゃんと、俺の方に来いよ。
 俺は、待っているんだからさ。


 




 
 何だか駆け引き以前という感じの二人。
 不器用という意味ではどっこいどっこいな気もしますが。(061223)