灯火の影の向こうに 「あれ……」 「ん、停電か?」 古泉を家に呼び、男二人どうでもいいような話をしながら夜を明かすなんていう、それこそ何の意味もない、イベントにもならないような他愛ない日常的な時間をすごしてみようと思っていたその日、ご飯も食べ終わり風呂にも入り妹が持ち出してきたビデオゲームにも付き合い、後は適当に話でもしながら眠たくなったら寝るか、なんて思っていたところに、その予想外のアクシデントはやって来た。 「停電、でしょうね。……他の家の電気も完全に消えているみたいですし」 古泉がカーテンをまくりながら、そんなことを言う。 暗がりなのではっきり言って顔は見えない。まあ、停電程度で動じるような奴ではないと思うが。 「どうします? もう寝ちゃいますか?」 待て、まだそんな時間じゃないだろ。 「別に暗くたって話すくらい出来るだろ。ああ、ちょっと待て」 俺が古泉を呼び止めるってのも変な感じだが、まあ、そのあたりのことは気にしないでおこう。俺は机の上に置きっぱなしになっていた携帯電話を手探りで見つけ、明かりが点きっぱなしになるようにして俺と古泉の間に置いた。 「ほらよ」 懐中電灯よりも頼りない灯りだが、無いよりはマシだろう。 「ああ、どうもありがとうございます」 「別に礼を言うようなことじゃないだろ。……しかしお前、こういうとき結構あっさりしているよな」 「そうですか? 別に普通だと思いますが」 「普通停電したら慌てるか、そうでなくとも懐中電灯や灯りになりそうな物を探すんじゃないか? 何もせずに寝るって選択肢は無いだろ、さすがに」 「そうでしょうか」 古泉が、指摘された意味が分からない、とでも言いたげな様子で、ぽつりと呟いた。 暗がりだが距離は近いので、何となくではあるが表情は見えるし、雰囲気も伝わってくる。 きょとんとした感じの古泉っていうのも、最近は見慣れてきた気もするな。 先回りしていないときや予想外の自体に巻き込まれたときの古泉は、案外無防備だ。 停電を予想外とは思わず停電で何もしないのがおかしいと指摘されることを予想外と思うあたりは、ちょっとどうかと思うが。 「そういうもんだって」 ハルヒや長門ぐらいぶっ飛んでいるのとも、朝比奈さんみたいに一見普通に見えてもどこか抜けているというのとも違って、古泉は、こういうちょっとしたところで、妙に人とずれたところがある。 そして、本人はそれがおかしいと思ってないのだ。 気づかないからこそ直さない、直せないのだろうと言えばその通りだが、自覚ありで演じている部分がある癖に、それとは別にこういうところが有るということが問題なのだ。 いや、それを問題だと思っているのは俺一人だけかもしれないんだが。 「では、次からはそうします」 「いや……、まあ、良いか。そうしてくれ」 そういう問題じゃないと思うんだが、ここで俺が何か言っても、どうせ実りの無い押し問答が始まるだけだろう。俺は別にそんなことをするために古泉を家に招いたわけじゃないんだ。別にこれと言った目的があるわけでもないんだが。 「はい」 何でこういうところだけは素直なんだろうなあ。 普段は無茶苦茶捻くれ者の部類に入るだろうに……、こいつ、実は結構天然なんじゃないだろうか。 「そういやお前さ、テレビとかは普通に見るのか?」 「見ますよ」 「ドラマとかバラエティとか」 「ええ、見ますよ。見て居ないと周りに合わせられなかったりしますしね。時間が無いときは雑誌やネットで情報を入手して済ませることもありますが」 「……」 古泉の答えは、予想通りと言えば予想通りだった。 これはあんまり当たって欲しくないところだったんだが、世の中というのは、嫌な予感ほど当たるように出来ているものらしい。 テレビを見る、何ていう日常的な行為でさえ、こいつにとっては、任務の一部のようなものなんだ。もちろんその中には、こいつの趣向も入っているんだろうが……、いや、入っているのか? 灯火の影の向こう側の、何時もながらと言って良い曖昧な笑顔からは、その真意を読み取ることは出来ない。 「どうかしましたか?」 「いや、何でもない。……じゃあさ、俺がお前に何かの番組をお勧めだから見てみろって言ったら、お前はそれを見るのか?」 「内容によります、としか言いようがありませんね」 「……誰かにお伺いを立てるのか?」 「まさか、そのくらい自分で決めますよ」 心外ですとでも言いたげに、古泉は眉を潜めた。 何だ、こういうところは意外と普通なんだな。古泉が普通ってのも、何だか変な感じだが……、何時も何時もおかしな反応ばかりされるよりは良いか。 「そっか」 「……何が言いたいんですか? それとも、本当に何かお勧めの番組でもあるんですか?」 「別に……、ちょっと安心しただけだ」 「……は?」 古泉が、きょとんとした表情になった。 そりゃあ、お前には意味なんて分からないだろうよ。 お前は他人の心理を読むのは得意なのに、本当、自分に関することになると全然なんだよな。普段から『自分』が他人からどう見えるかってことを結構気にかけている癖に、それも所詮、仮面の上だけのことなんだよな。 だからこそ、素を見せたがらないんだろうけどさ。 「気にすんなって」 細かく説明するのも嫌だったので、俺はひょいと古泉の肩に手をかけ自分の方によせ、その頬に軽くキスをしてやった。 「あっ……」 暗がり中でも、古泉の顔が赤くなったのが分かる。 「もう……」 古泉が、拗ねたような表情で俺の方を見ている。薄闇の中でこういう表情をされるっていうのも、結構良い物かもしれないな。 俺はちょっと気分を向上させたまま、その場の勢いとばかりに、今度は、唇で唇に口付けてやった。 ちょっと半端ですがこんな感じで終わっておきます。 こんなですが多分キス止まりです……。(070106) |