頬を染めた、冬



 世界が赤い。
 それは別に灰色の空間が赤い色にとって変わられたからとか灰色の世界を埋め尽くすほどの赤い光が現れているとかいうことではなくて、ただ単に、今が日の短い季節の夕刻だからという、ごく当たり前の理由によるものだ。
 そんな、茜色とも呼べそうな世界を、窓辺に立った古泉が眺めている。
 何が楽しいのかさっぱり分からないが、続きが気になる本を早く読み終えたいからという理由で俺がゲームの誘いを断ってしまってからというもの、古泉はずっとそんな感じなのだ。
 かれこれ20分くらいは経過しているだろうか。
 所在なさげに佇む古泉の姿は、憎らしいことだがそれだけで充分絵になっていた。
 これを放課後の教室辺りでやっていたら女子の一人や二人あっさり落とせていたことだろう。生憎俺は男なのでそういう感性は持ち合わせて居ないのだが。
 さて、どのくらい経った頃だろうか。
 古泉は上方に固定していた視線を僅かに持ち上げ、それからゆっくりと下の方へと動かし、最後に、身体ごと部屋の方へと向きなおした。
 一々芝居がかった動作だが、何か意味が有るのだろうか。
 また、わけの分からないことでも言い始めるんだろうか。
「寒いですね」
 俺の方を見ているのかどうか微妙な位置へと視線を巡らせたまま、古泉がそう言った。
「冬だからな」
「ええ、冬ですからね」
「そっちは余計寒くないか?」
 同じ室内ではあるが、ストーブへの距離とかを考えると、窓際は俺の居る場所よりも寒いはずだ。そんな寒い場所にわざわざ自発的に赴いた挙句寒いなんて言い出す古泉の心境は、俺には良く分からない。
「ええ、まあ」
 古泉は曖昧な笑みを浮かべるが、ストーブのあるところ、つまり俺が居る方へ来る気配は無い。
 ただ窓辺に寄りかかったまま、虚空を見ているような風情だ。答える声は確かに俺の方に向けられているはずなのに、どこか空虚に耳を通り過ぎていく感じがする。
「……」
 俺はあえて何も言わず、古泉から視線を外し、再び文庫本に目を通し始めた。多分、後10分もすれば読み終わるだろう。
 しかし……、妙に気になるな。古泉の方は俺のことなんてどうでも良いような様子だが、本を読んでいる俺としては、そういうわけにも行かない。
 何となく気が散って本が読み辛い。別に、古泉が邪魔だってわけではないはずなんだが。
「こっちに来いよ」
 俺は文庫本の続きを読むのを諦め、古泉を呼び寄せることにした。
 ここでうっかり古泉が風邪を引いたりすると、後日只今外出中の団長様辺りから文句を言われそうだからな。
「……良いんですか?」
「何でわざわざ聞き返すんだよ、そっちは寒いだろうが」
「ええ、まあ……。ただ、」
「ただ?」
「近くに居ると、読書の邪魔かなと思いまして」
 アホか。
 そんなわけあるか、そっちにいる方がよっぽど気になる。……なんてことをわざわざ口に出して言ってやるつもりは無いわけだが。こいつ、本当は馬鹿なんじゃないだろうか。
 それとも、全部分かった上でこんなふざけたことを口にしているんだろうか。……そうだとしても、馬鹿なことをやっているってこと自体に代わりは無いと思うが。
「良いから来い、暖まっとけ」
「……はい」
 古泉が軽く趣向し、俺の近くまでやって来て、適当に引っ張り出してきたパイプ椅子に腰を下ろす。ストーブは一台しかないから、距離は自然と近くなる。
「外なんか見ていて楽しいのか?」
「さあ、どうでしょうね」
「……おい」
「失礼。……そうですね。ただ、そうしていたかった。それだけのことなんですよ。深い意味は有りません」
 まあ、有ってもどうかとは思うが。
「そうか」
 俺は閉じた文庫本をテーブルの上に置き、椅子から立ち上がった。
 別に古泉の傍に居たくなかったというわけではないんだが。そうだな、古泉の言葉を借りるなら、俺も、そうしたくなった、というだけのことなんだろう。
「あの……」
 窓の向こうを眺める俺の背に、古泉の声がかかる。
 ちょうど、さっきとは逆の構図だな。……というかお前、俺のことなんか気にせず、暖まってろよな。それとも、そういうわけにはいかない理由でも有るのか? ……まあ、有るってことになるのかもな。
「何だよ」
「寒くありませんか?」
 俺の斜め後ろの位置から横へと移動しながら、古泉が問いかけてくる。 
 心配しているようにもからかっているようにも見える、曖昧だけれども色んなものを含んだ、それでいて、どこか空ろな笑顔。
「寒いな」
「じゃあ、」
「気にすんな。……俺もこうしたいだけなんだ」
「……」
 それから俺達は、暫くの間赤く染まった世界を眺めていた。
 何が楽しいかはよく分からないし寒いことは確かだったが、俺はこういう時間が嫌いじゃなかった。
 ……それはきっと、日の短い季節の赤い空が、染まりかけてしまった何かを覆い隠してくれるからなのだろう。
 それを認めたくないという、どこか子供っぽい意地までを含めた上で。





 
 冬の日の一幕、お題その4(070316)