うだるような夏の放課後


 暑い暑い夏の日の放課後、俺と古泉は学校の屋上に居た。
 別に来たくて来ているわけじゃない、何時もながらのハルヒの命令と言うか、思いつきの一環でのことだ。今日は何でも宇宙人を呼び出すために必要な文様がどうたらこうたらとかいう理由で、女子達は校庭の一角を占領して謎の文様のようなものを描く役目を担い、対する俺達男子は屋上からそのチェックと未確認飛行物体が来ないかどうか観察するという役目を課せられていた。
「暑い……」
「さすがに暑いですね」
 イエスマンスマイル野郎の古泉も、さすがにこの夏の暑さには参っているらしい。そりゃそうだろう。こいつは限定的超能力者でどこその組織の工作員めいた肩書き兼任と来ているが、閉鎖空間を含めた一部のおかしな亜空間以外ではただの人間と変わらない。
 体力やら学力やらのスペックはそれなり高いしそれもまた忌々しいと思う要因だったりするわけだが、よくよく考え直してみれば、それだって割合常識の範疇に納まってはいる。
「まあ、部室の中よりはマシだとは思うがな」
「同感です」
 学校にいる間はもちろんのこと、休日も何かにつけてSOS団で集まることが多いため常日頃からこいつとは結構顔を合わせているはずなんだが、日常的な部分で古泉とこんな会話を交わすという場面は、あまり多く無いような気がする。
 年がら年中ハルヒやその周辺事情絡みのおかしな話をしているというこの関係も、正直どうかと思う。
「あいつも、暑いから外に出たいって思ったのか? ……まあ、そう思うくらいならとっとと下校させろって気もするんだが」
 そうそう、本日はテスト期間最終日の、普通だったらどの部活も活動してない一日である。なので今日は、校庭の一部を占拠するためにおかしな手段を用いても居ない。教師達もさすがに見てみぬ振りだ。
 校庭の一部に落書きなんてのは意味不明な事象の一つには違いないだろうが、バニーガール姿でのチラシ配りや屋上で花火に比べればよっぽど平和だ。『機関』辺りの手が既に回っていると言う可能性も無きにしも非ずだが、俺はそんなことをわざわざ確かめたいとは思わない。
「まあまあ、良いじゃないですか。暑いには暑いですけど、風は結構気持ち良いですよ」
「お前なあ……」
 風が、という意見には賛成してやっても良いが、俺はクーラーの有る部屋で涼む方がよっぽどいい。だってそうだろう、今日はテストが終わった直後の、それこそ、息抜きのために有るような時間なんだぞ? 何でそんなときまでハルヒの相手をせにゃならん。
 と、そんな風に俺が、言いたいことは色々有るものの、ああでも反論すると余計暑くなりそうだよなあ、なんて思っていた辺りで、古泉の携帯が鳴った。
「あ、はい……。上空には何もありませんね。……分かりました、今送ります」
 聞かなくても分かる、電話の向こうにいるのはハルヒだ。
 送るってのは携帯で撮った写真のことだな。これを送ってチェックするってわけだ。
 こんなことをしても宇宙人からのコンタクトなんて望めないだろうに、付き合う俺達も俺達だよな。
 ああ、しかし、本当に暑いな。
 何でこんな暑い日に、こんな場所で男二人、全く持って生産性の無いことにせいを出さなきゃならん。
「生産性が無い、とは思いませんが」
 言葉に出しているつもりは無かったんだが、何時の間にか俺は口に出していたらしい。これも暑さのなせるわざか。
「どこがだ? こんなの暇つぶし以下だろうが」

「ですが、世界を守る役には立っていますよ」

 古泉は、大真面目な顔でそう言った。
 いや、表情自体は何時も通りのスマイル+若干暑さで気力減退気味って辺りなんだろうが、それでも俺から見れば、奴が大真面目なのは丸分かりって感じだったんだ。
「あのなあ……」
 俺は二の句が告げないまま、手すりに寄りかかりつつ自然と屈んでいくような姿勢になってしまった。校庭からこっちを時折見ているらしい女子連中の方からハルヒのでかい声が飛んできたような気がするが、そんなことは俺の知ったことじゃない。
 こんな妙なことを本気で言い出すハルヒも大馬鹿野郎だが、世界を守るためというお題目を本気で口に出来る古泉もそれに負けず劣らず大馬鹿野郎だと俺は思う。
 と、そんな風に俺が思っていたら、古泉がどこかへ電話をかけていた。
「……未確認飛行物体観察はこれで終了だそうです」
 ほんの数単語で会話を終えた古泉が、俺の方を見てそう言った。
 ってことは電話の相手はハルヒだったのか。
「お前、ハルヒに何て言ったんだよ?」 
「あなたが体力的に辛そうで、僕もそろそろ辛いと言ってみただけですが」
「……」
「下に降りませんか? これから皆で涼みに行こうという話しになったんですが、早く行かないと、」
「……分かったよ」
 世界を守ると大真面目な口調で言いながら、さらりと言い訳めいたことを口にして世界の行く末を左右するらしい少女を誘導してしまうなんてことが出来るのは、どうしてだろうか。
 俺にだって、そういう面が無いとは言えないわけだが……、俺と古泉じゃ、方向性というか、スタンスが全然違う。俺は別に世界が第一でもハルヒが第一でもなく、最終手段とか、最後の最後のストッパーとか、そういう位置づけでしかないんだ。
 でも古泉は、常日頃から、まるでそれが世界の中心であるかのように振舞っている。
 そして、時折、そういう状況を楽しんでいるようだったり、寂しがっているようだったり……、今日は、どっちだったんだろうな。
 いや、こんなことを考えても仕方ないんだ。
 こんなうだるような暑い日にこんな妙なことを考え始めてみたところで、ろくな答えになんて繋がるわけがないんだ。
 大体こんなこと、わざわざ考えるようなことじゃないじゃないか。
 こんな、何時も通りの光景に……、今更のことじゃないか。

 俺は屋上よりも暑い校内の階段を適当に飛ばしながら下りつつ、時折その壁を拳で軽く叩いている自分に気づいて、嫌な気分を増幅させていた。
 けれどもしやと思って振り返ってみても、古泉は、俺がそんな状態だってことすら気にかけて無いような、何時も通りの涼しい笑顔を浮かべたままだった。
 気に入らない、忌々しい。
 ずっとそうだったんだとしても、俺が振り返ったからこそ取り繕ったんだとしても……、どっちにしろ、気に入らないんだ。
 馬鹿野郎……。

 口に出せない罵声を閉じ込めつつ、俺は、女子連中に会う前にどうにか表情を取り繕っていた。
 こんな苛立ちを隠しきれない顔を見せるのは、古泉の前だけで充分だ。





 
 某所で貰ったお題その2。(070203)