springsnow
Aerial/01―07
「……転校生、ですか」
謎の転校生が云々などといういい加減も良いところな説明をハルヒが口にしてから早二週間。その後有った別の事件(未満)のこともあってハルヒがそんな発言をしたこと自体すっかり忘れかけていたが、俺は本当に謎の転校生とやらに遭遇する羽目になった。いや、実際にはそういう人間がやって来るってことを聞かされたってことなんだが。
「ああ、お前と同室になる予定だ」
来てから知ったのでは無く来る前に知ることになった理由がこれだ。転校性が一年の男子で今のところ一年の男子の内同室の相手が居ないのが俺だけという事情を踏まえれば別におかしなことでは無い。元々、編入してくる生徒が居れば同室になる可能性があるとは言われていたのだ。余り無いことだし有るとしても学期の境目だろうと説明されていたのですっかり忘れかけていたのだが。
担任の語るところによるとその一年男子は俺と同室にはなるが同じクラスでは無いらしい。
寮で誰と同室になるかを決めるのは学校側だが同じクラスの奴と同室になるとは限らない。事情が有れば別のクラスのやつと一緒になることもあるし今の俺とこれからやって来る転校生のように人数的にあぶれた者同士が一緒になることもある。
しかし、本当に来るのか、転校生が。
転校生が来ることは偶然、それが一年男子であることも偶然、だがそいつが俺と同室になるということは偶然では無く必然に近い。基本的に女子は男子寮に入れないし逆もまたしかりだからハルヒが俺のいる部屋へ押し掛けて来るということは無いと思うのだが、同室の生徒同士が校舎内で全く接点が無いということがほぼ有り得ない、寧ろある程度仲が良いのが普通だということを踏まえると、必然的にその転校生はハルヒに接触する可能性が高いということになる。何せ謎の転校生に加えて俺の同室者だからな。ハルヒの毒牙にかからずに済むわけが無い。
さて、俺はこのことをハルヒに伝えてやるべきなのかどうか。当日まで黙っておくと後で煩わしそうだが先に伝えると当人が来る前にハルヒが暴走しかねない。俺の平穏のため、或いはまだ見ぬ同室者のため、どちらが良いのか、と考えながら何時もの空き教室に向かったのだが、
「ねえキョン、あんたの部屋に転校生が来るらしいわね!」
……どうやら俺が悩む以前にハルヒは別のルートから情報を仕入れていたらしい。一体どこからかなんてことは問わないでおこう。ハルヒの人脈はあまり豊かとはいい難いが、情報収集に関しては長門という強い味方がいる。この間の一件以降、ハルヒはあれこれと理由をつけて長門に端末操作の教師を頼んだり情報収集を頼んでいるようだ。長門もあれこれと理由を付けて断ってはいるようだがちょくちょく押し切られることが有るらしい。時々ハルヒが端末を操作する長門の背後から端末を覗きこんでいるからな。長門が自分から個人用の端末を操作しているのを見たことはないからハルヒの差し金であることは間違いないだろう。俺はこの件については当人達に学校にばれて問題になるようなことはするな、法律に触れるようなことをするな、という二言の注意をするだけに留めている。ハルヒみたいな奴は他人に余り迷惑をかけない範囲で好き勝手にさせるくらいの方が扱いやすいのだ。
「ああ」
嘘を吐いても仕方が無い。俺はハルヒの発言が正しい物であることを認めた。
「やった! これで謎の転校生ゲットよ!」
ハルヒが大きく腕を振り上げる。本当に嬉しそうだ。そろそろ長門の端末操作を後ろから除くのにも飽きていたんだろうな。
これから大変そうだなまだ見ぬ転校生よ。ハルヒが『適正無し』と見なせば仲間に加えないという選択肢もあるのだろうがここまで惨敗記録更新中ということを考えるとその可能性は極めて低いと言わざるを得ないだろう。仲間に仕立て上げるべく意地になりそうだからな。転校してきたばかりで慣れてない相手に要らぬことを吹き込みまくる可能性だってある。本来なら俺はその防波堤になるべきなんだろうが悪いが俺はまだ見ぬ同室者をハルヒから守りぬくだけの根性も自信もない。その転校生が自力で身を守れるような奴だと良いのだが立体映像で顔を見た感じではとてもそんな風には見えなかったな。
「謎って……、まだ何も分からないじゃないか」
「あら、分からないからこそ謎なんじゃない!」
その発想は何か根本からして間違っていないか。と思ったが、教室の中で俺、長門、朝比奈さんの三人を前にまたしてもとうとうと語り始めたハルヒを止めることが出来るわけもなく、俺はハルヒの話を聞きながしつつも一応の対策なる物を考えていた。
――考えていたからって良い方法が思いつくとは限らないし何よりハルヒの話を聞きながらじゃ無理がある。
さて、それから数日後。他の生徒より先に会って来い、もとい迎えに行って来いと教師に言われた俺は休日だというのに何で、と思ったが、断って面倒なことになっても嫌だったので引き受けることとなった。元々予定が有ったわけでも無かったしな。そうしたら、ハルヒが付いて来た。道案内のためよと本人は言っているがそれが本来の目的ではないのは火を見るより明らかだ。こいつは早く謎の転校生とやらに会いたいのだろう。
俺だってこのコロニーの公共交通機関やタクシーの使い方くらい覚えたというのに。
「タクシーを使うとお金がかかるじゃない、軍人は身体が資本。歩いて行けるところは歩いていくべきだわ! それに、歩かないと道を覚えられないわよ」
着いたその日にタクシーを使おうとしていたのは誰だ。
「あ、どこ行こうとしているのよ。ここは右に曲がるところでしょ」
うっかり直進しかけたところ強引に襟首を掴まれた。道案内は良いが出来ればもっとまともに案内してくれないか。さっきから服を引っ張られっぱなしだ。服が伸びるし首も痛い。
「けど、教師連中もケチよね。タクシー代も出ないし外見データのコピーも出来ないなんて」
タクシー代については同意出来ない事もないがデータのコピーもとい個人端末への転送拒否ってのは別にそんなおかしなことじゃないと思うぞ。転校生が来ると教えられた段階で名前を教えられついでに立体映像も見せて貰ったのだがそのデータを貰うことは出来なかったのだ。俺としてはどっちでもよかったんだがハルヒに貰って来なさいと言われたから一応もう一度呼び出したときに教師に訊ねたんだよ。そうしたら断れた。
それは既に昨日のことなのだがハルヒは未だに時折その件について文句を口にしている。こいつには士官学校が軍の施設だという自覚が有るのだろうか。
「別に良いだろ、すぐに実物に会えるんだし」
「だったら余計隠すような意味が無いじゃない。あ、キョン、今度はこっちよ」
またハルヒに首根っこを掴まれた。堂々巡りにしかならない話が中断されるのは良いがそろそろ本当に首が痛くなってきた。やれやれ、こいつには手も口も出さない大人しい時間というのは存在しないのかも知れないな。大人しくしているハルヒなんてそれこそ何かを企んでいるようでいて余計不気味なのだが。
その後俺達は割とすんなりと港へと到着した。俺の方向感覚は全く持ってあてにならないがハルヒの方はそうでもない。初日に時間がかかったのは単に始めての場所だったからだ。
ここの港はは遊覧船の乗り場よりは大きいが基本的には似たような設備を兼ね備えた施設だ。大抵の旅行者や来訪者はコロニー付近に有る発着所までは大きめの船出来てそこからコロニーへ向かう小型船に乗り換える。なので、コロニーに在る港というのはそんなに大きなものじゃない。
「港、っていうのも変な感じよね。港って海辺に有る物だと思うもの」
「水に浮く船みたいなものか」
船について調べている時に船が浮かぶ『海』や船着き場としての『港』の存在も知ったが文章と画像で見ただけなので実際の雰囲気などは俺には分からない。そもそも俺は惑星という環境さえ知らない。
「……あんた、惑星に行きたいとか思わないの?」
「いいや、別に」
俺はそらの民、エアリアル。
地上に夢を見ることも郷愁の念も抱かない、宇宙を故郷とする者達。惑星という環境に何の興味もないとは言わないが積極的に足を踏み入れようとは思わない。行く機会が有れば、まあ、行っても良いかな、という程度のものだろうか。
「ふうん……。そう言えば、転校生ってどこの生まれなのかしらね」
呟くように言ったハルヒは特に俺の返事は求めてないようで、そのままくるりと踵を返すと港となっている建物の中へと入って行った。
士官学校が有ることを除いては特色があるわけでも無く規模も小さいこのコロニーにやって来る定期便の数は少ないし乗っている人数だって高が知れている。建物の中に入った俺達は滞りなく予定の人物に会うことが出来た。
「始めまして、古泉一樹です」
これから俺達の同学年に入るというその転校生は立体映像で見せられた通り整った顔立ちの美少年だった。好青年風と言ったが方分かりやすい気もするな。青年という単語を用いるような年かどうかは知らないが。
「あたしは涼宮ハルヒ、こっちはキョン」
「……え?」
「あだ名だ、気にするな」
相手側だって同室になる以上名前と外観くらい知っているはずだが俺は一応正式に名前を名乗った。
「存じております。これからよろしくお願いしますね」
「古泉くん、こいつなんてキョンで良いのよ。こいつの本名って呼び辛いんだもの」
悪かったな。
出会って五分も経たないうちから何時も通りの調子で話し始める辺りが正しくハルヒのハルヒたる所以なのだろう。そんなハルヒの行動についていけないのか古泉が当惑と苦笑の間くらいの微妙な表情を浮かべている。無理もないか。
「気にするな、こいつはこういう奴なんだ。後、俺の呼称はお前に任せる」
出会っていきなりあだ名というのは嫌なんだが呼び辛いと定評のある本名で無理に呼べと言う気も無い。
「は、はあ……、ところで、彼女はどうしてあなたと一緒にいらっしゃったんですか? 迎えはあなた一人だと聞いていたんですが」
もっともな疑問だな。
俺の方はと言えば、ハルヒの強引さに巻き込まれるのが当たり前になりつつあったせいか相手が疑問に思うことなんてすっかり忘れかけていたわけだが。
「ああ、こいつがな、」
「ねえ、古泉くん、あたしと一緒にこの世界の頂点を目指しましょう!」
勝手に話に割り込むな割りこむ。割り込むならせめて順序だった説明をしてくれないか。
「……頂点、ですか」
俺がどこから文句を付けようかと迷っている間に古泉の方が先に口を開いた。てっきり当惑しているかと思ったのにそんな様子でも無い。まるでこの展開を予想していたかのような、というのは言い過ぎか。ハルヒと似たようなタイプを相手にしたことが有るのかも知れない。こんな人間が世の中に何人もいるなんて考えたくもないんだが。
「そうよ、頂点よ。あたなの適性や能力にもよるけどやる気さえあればあたしが十二分に引き出してあげるから何の問題無いわ!」
いや、問題だらけだろう。
「それはそれは、とても頼もしいことですね」
「そういうわけだから、今日からあなたもあたし達の仲間よ!」
強引過ぎにもほどがある。さてどうやって助け船を出すべきか……。
「ええ、よろしくお願いします」
おいおいおい、幾らなんでも飲み込みが良すぎるもとい流され安すぎだろう。ハルヒは頂点だの仲間だの口にしたがまだ何一つことの詳細を離していない。いや、詳細と呼べるほどの物が有るのかどうかという疑問もあるにはあるがそれはこの際棚上げだ。少なくとも俺はここで出会ったばかりのこいつよりはハルヒのことをよく知っている。
「うん、良い返事だわ。じゃあ今日は休日だし先ずはこのコロニーを案内するわ。学校は明日以降で良いわよね」
「よろしくお願いします」
どのタイミングで口を挟むか迷っている間にあれよあれよと話がまとまってしまっていた。
ううむ……古泉が何を考えているかさっぱり分らないので何とも言い難いのだが、こんな強引な展開で良いのだろうか。ハルヒは陽気な足取りで俺と古泉の前を歩いていく。俺の斜め前を行く古泉も似たような感じだ。早く早くと急かされ、俺は前を行く二人を追いかけることとなった。
結局のところその日は転校生である古泉にコロニーのことを案内するという名目で消化された。案内と言いながら適当なことを喋っているかと思っていたが意外や意外、ハルヒのコロニー案内は結構まともだった。俺よりも後に来た筈なのに俺よりもよくコロニーのことを知っている。これは俺が余り出歩かないからという理由も有るがハルヒの記憶力の良さや頭の回転の早さゆえでも有るだろう。どうしてそういう能力を人の役に立つ方へ発揮しようとしないんだか。
俺達は門限ギリギリに帰宅し寮の前でハルヒと別れ部屋に入った。この寮は最初からベッドも机も備え付けの上クローゼットも有るし大して広くもないので大きな家具を持ち込む余裕もその必要性も殆ど無い。それ故か俺がここに来た時に持ってきた荷物は12歳でコロニーに降りたときに比べてかなり少なかったが先ほど玄関で受け取った古泉の荷物はもっと少なかった。大きめの旅行カバンのようなバッグが一つと30センチ四方も無いような箱が一つきり。俺がカバンの方を持ったので荷物を運びに往復する必要さえなかったくらいだ。定期船の日程の都合で到着が早い方だったせいもあって他の新入生の引っ越し風景は何度も見たがこんなに荷物の少ない奴はかなり珍しい。狭いと知っていても皆色々と持ち込みたがる物だからな。
「部屋の間取りは見た通りだ。トイレとバスルームは共用だがシャワーと洗面台だけは部屋に有る。私物はあんまり持ってないみたいだが一応真ん中より向こうを使うようにしてくれ」
「了解しました」
微笑みを浮かべた古泉は箱の梱包を解いてその中身をクローゼットに収めて行った。どうやら下着類と少々の私服、携帯端末以外の持ち物は殆ど無いようだ。持ち物から性格や趣味が窺えるかと思ったんだがどうもそういうタイプでも無さそうだな。
「なあ……、お前、あんな簡単にハルヒの誘いを了承して良かったのか?」
「……あの場ではその方が丸く収まるかと思ったんですが何か問題でもありました?」
「有り過ぎだよ。お前は適当に頷いて受け流す程度のつもりだったのかも知れないがあいつは間違いなく本気だからな」
頂点を目指す云々はともかくとして仲間に引き込む気満々なのは間違いない。どうやら古泉はハルヒのお眼鏡にかなったようなので古泉が本気で拒否しない限りこのまま済し崩し的に仲間にさせられるに決まっている。こいつも朝比奈さんと同じく流されやすく人が良いタイプだろうか。あるいは、なあなあで済まそうと思ったら何時の間にか引き込まれている『いいひと』って奴だろうか。前者と後者では大分タイプが違うがハルヒの前ではどっちも同じだ。
「僕としては転校して早々に新しい友人が出来ることは喜ばしいことだと思いますが」
「……友人なんて言うほど生易しいものだとは到底思えないぞ」
「では、友人でなかったら何なんですか?」
「厄病神」
「それはそれは……、なかなか面白い表現をなさいますね」
古泉は相変わらず微笑みくん状態を続行しているがその真意は読めない。
俺はハルヒのように古泉のことを『謎の転校生』だと思っているわけじゃないがこの季節外れの転校生に何の疑問も抱いてないわけじゃない。事情が有れば転校だって有り得るというのは理解しているつもりだが、じゃあ、その事情ってのは一体何だ。
プライベートに関わるかも知れない項目に初日から切り込んでいくほど無遠慮で居るつもりはないが古泉の押しても引いても崩れそうにない柔和な態度を見ているとどうも疑念ばかりが強くなってくる。こいつ、何のためにここに来たんだ。
ここは軍の学校、軍及び連合の下部組織だ。簡単には人に言えない事情を抱えた人間が送り込まれたり放り込まれたりする可能性だって有る。現に俺はそういう生徒を一人知っているからな。
「どこが面白いんだ。……自分の身は自分で守れよ。俺は自分のことだけで手いっぱいだ」
「おや、あなたが守ってくださるわけではないんですね」
「何で俺がお前を守らなきゃいけないんだ、理由が無いだろうが」
朝比奈さんのようなかわいらしい女子生徒ならともかく男を守る義理は無いね。俺が出来るのはハルヒに関する注意事項を教えてやることだけだ。それ以外のことだったらきっとハルヒの方が詳しいだろう。
「それは残念だ。……そうそう、涼宮さんはとても聡明な方なのでしょうね。ここへ二月も経たない割にはこのコロニーの内部を把握していましたしその説明もとても分かりやすいものでしたし」
「あいつは頭の出来は良いんだよ」
おまけにツラも良いし運動神経も良い。これで性格まで良かったら人に愛される存在になれたのかも知れないが肝心の中身があれではまともに着いていける奴の方が少ないだろう。今のところ振り回され中の俺や朝比奈さんが何時脱落するかも分からん。長門に関してはどうとでもなりそうな気がするんだが。
「……一体今までに何が有ったんですか? 多少で良いので聞かせていただけますか」
やや遠回りをした気がするが想像通りの質問だ。当然回答も用意してあったので俺は今までに見て来たハルヒの行動を簡潔に説明した。遊覧船の件は長門のハッキングを伏せ、ハッキング未遂の件は行動を起こす前に止めたということにさせて貰ったが。後で長門と朝比奈さんに口止めしておくか。面倒な話だが、犯罪スレスレの出来事を知る人間は少ない方が良い。
「やはり彼女は凄い人のようですね」
その凄いって単語がどこにかかるかという点が気になるがまともな回答を得られそうにないのでツッコミを入れるのは控えることにした。単に斜に構えているだけという可能性も有るのだが。
「そういえば、あなたはエアリアルなんですね」
「ああ。だがそれがどうした? ハルヒみたいに俺をレアキャラ扱いでもするつもりか?」
「いいえ、そういうつもりでは有りませんよ。今まで何度かエアリアルの方にお会いしたことが有りますからね。ただの確認です。深い意味はありません」
「ふうん……」
他意が無いなら別の良いか。
というか、そういうお前は一体どこから来たんだ?
「……地球です」
へえ、長門と同じか。
こんな狭い範囲でアーシアンに立て続けに会うというのも希少な確率何だろうが長門と違ってこいつがアーシアンだと言われても別に不思議な事だとは思わない。デフォルトで丁寧語だったり優等生ぽかったりするのは典型的なアーシアンのアーキタイプの一つと言っても良いくらいだ。
「驚いたりはしないんですね」
「別に驚くようなことじゃないだろ」
気になることは幾つか有るが今のところ天地をひっくり返すほどの驚愕の事態には遭遇していない。ハルヒが変人で長門が早熟の天才児らしくて朝比奈さんが良い人で古泉一樹が少々疑わしい。そう、ただそれだけのことだ。
「まあ……、とにかく、今日からよろしく頼むな」
若干の胡散臭さを匂わせる古泉一樹に対しての疑念は残っている。しかし疑念は有っても確証はない。そんな状態で疑い続けてもこっちが疲れるだけだ。それに、古泉に何が有ろうとなかろうとどうせこれから同室者として暮らしていくのだし一緒にハルヒに振り回されることにもなる。守ることは出来ないと言ったが一応協力の姿勢を見せるべきだろう。
「どうした? 握手くらい出来るだろ」
伸ばした手の向こう側で古泉が軽く目を見開いている。
「あ、はい」
促されてようやく我を取り戻したような古泉が恐る恐る手を伸ばしてくる。変な奴。
アーシアンにも握手の習慣くらい有ったと思うんだが。
軽く握りしめた古泉の手の感触はまあごく普通の同年代の男のもので、その点に関しては特に不思議なところは無かった。若干握手に慣れてないような気もしたが、まあ、そういう奴も居るのだろう。
とにかくそんなわけで俺達は出会ってしまった。
ハルヒ、俺、長門、朝比奈さん、古泉――分かり切っている属性だけでも一癖も二癖も有る連中が揃っているからには何か起きるかもしれない、というくらいの予測は有った。ハルヒは言わずもがな、長門や古泉も少々疑わしい物を抱えている。その全てを纏めようとすれば、またちょっとした事件くらいは起きるだろう、と。
だが、しかし――現実は、俺の予想や想像何てものを遥かに超えていたのだ。