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ドーリィガール  エピローグ



 ベッドの中に雪崩れ込んだその時、時刻はまだ昼前にもなって無かった。午前中から何をしているんだって感じだが、だって仕方ないだろう。途中からは時間も忘れてただ夢中でお互いを求め有っていた。気持ち良かったことは確かだが、後半の記憶が飛びかけるほど快楽を追うことになるとは思って無かった。
「どうぞ」
「ん……ありがと」
 昼も過ぎそろそろおやつの時間じゃないかという頃になって俺達はようやく動き出したわけだが、どういうわけか古泉が飯を用意してくれた。妙に野菜が多めの焼きそばだが、用意してくれただけでも驚きだ。
 いただきますの挨拶をかわして、焼きそばを食べ始める。前述の通り野菜が多めだったが、古泉が作ってくれた焼きそばは普通の焼きそばだった。劇的に美味いなんてこともないが致命的に不味いわけでもない。ソースの味が若干濃く感じる気もするが、普通に美味しいと言って差し支えない範疇だ。何はともあれ人が作ってくれた飯だ、ありがたくいただくに限る。そういや、こいつの食生活ってちょっとは改善したんだろうか。
「良く食べますねえ」
 黙々と焼きそばを食っていたら、古泉が呆れがちな声で言った。と言っても、別にバカにしているとかじゃなさそうだ。
「疲れたからな」
 腹が減っては何とやら。別にこのあともう一度、と思っているわけじゃ無いし、そんな体力が有るわけでもないが、目の前に飯を用意されたんだ。食べるのが当然だろう。
「……ところで、一つ思ったんですけど」
 焼きそばもほとんど食べ終わり、二人でお茶を飲み有っているという段階になってから、古泉はふと虚空を見上げるようにして呟いた。何だよ、何か言いたいことが……まあ、有るだろうけど。一体なんだ。
「ここまでしておいて、あなたと付き合ってません、なんて言ったら、僕は相当酷い男だってことになりますよね」
「……なるかもな」
 そういやそうかも知れない。後のことなんて全然考えて無かったが、一度はともかく二度目となれば、俺じゃなくてハルヒが切れかねない。というか、俺の背中を押すことイコール古泉に対する宣告でも有ったような……代理戦争に来たわけでは無いが、ハルヒにはハルヒなりの思惑が有ったんだろう。別にそれが悪いわけじゃない。利用されたわけじゃないんだし、そういうことも有るんだと思うしかないだろう。
「あなた、それを分かっていてここまで来たんですか?」
「別に、俺は自分のやりたいことをやりに来ただけだ」
「……」
「なんだよ?」
「いいえ……無欲の勝利、と言うんでしょうか」
 一体何の話だ? ぱちぱちと瞬きを繰り返す俺の前で、古泉が困ったように笑っている。
「良いですよ。あなたとお付き合いいたします」
「えっ……」
「どうしたんですか? あなたのお望み通りの回答だと思いますが」
「あ、いや、そうだけど……」
 そうだ、そのはずだ。だって俺は古泉が好きで、古泉と一緒に居たくて、あのまま終わりにするのが嫌だからここまで来て――だから、受け入れられたというこの状況は、喜ぶべきもののはずなんだ。だけどその答えに喜ぶことは出来ても、その上に『素直に』という言葉をつけることは難しい。古泉は自分の周囲を取り巻く状況を嫌っていたはずだ。今の俺のことは嫌いじゃないと言ってくれたが、俺は特異な存在だ。俺が隣に居るという状況が、古泉にとって居心地の良いものなのかどうか。
「あなたと付き合うのもね、悪くないかと思ったんですよ。例えばこの世に宇宙人や超能力者は何人もいますが、こんな特異な属性を持ったのはあなただけだ。そんな人と付き合えるなんて、素敵なことじゃないですか」
 それを『素敵』と表現出来るこいつの感性にツッコミを入れる気は無いが、こいつはこいつで結構変わっているよな。そういうところも含めて魅力的なんだってことになるんだろうが。
「……それに、曖昧なままで居るよりも、正式に付き合い始めた方が周囲の風当たりも薄れるでしょうしね」
「それは……」
「何か文句が有りますか?」
「……そういうわけじゃない、けど」
 けど、だけど……どう、言えばいいんだろう。俺が求めて古泉が決めたことなんだ、それで良いじゃないか。そう、それで良い。それ以上の何かなんて、有るはず無いのに。
「これ以上言わせないでください。……そうですね、あなたと付き合うことは、そんなに大変なことじゃないんですよ。世界を救え、と言われるよりは百倍マシです。それに、これは僕の意思で決めたことですから」
 そう言って古泉は、少し意地の悪い、けれどとても魅惑的な微笑みを浮かべてみせたのだ。
 言外に、大丈夫ですよ、とささやかれている気がしたのは、きっと、俺の気のせいでは無いのだろう。
 
 

 ...end


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