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キョンちゃんと一樹くん 13


 古泉が風呂場から帰って来たのは、俺がノートパソコンの蓋を閉じてから三分も経たない間のことだった。危ない危ない、のんびりしていたら見ていたのがばれるところだったな。
「どうしました?」
 風呂上りの古泉をじっと見上げていたら、古泉が小さく首を捻った。
「いや、深い意味はないんだが……」
 何だろう、何か気になるような……、視覚的なものじゃないと思うんだが。
 俺は立ちあがって古泉の顔を見上げてみた。立っても見上げなきゃいけないってのは結構癪だよな。普段だったら多少の身長差が有るとはいえこれほどまでじゃないのに。しかし湯上りのこいつは結構良い男だよな。水もしたたる、ってそれは女性に言う言葉か。
 あーあ、この奇麗な顔だったら、異性にも……なんて、考えていたらムカついてきた。あんまり考えないようにしよう。今考えないといけないのは別のことだ。
 いや、考えないといけないというわけじゃないが。
「あ、あの……、顔が、近いですよ」
「うるさい、お前が言うな。……ああ、匂いのせいか」
「……え?」 
「んー、同じ匂いだなと思って」
 近づいて分かった、今の古泉からは俺と同じ匂いがするんだ。ああ、正確には俺の方が古泉と同じ匂いってことか。俺が古泉の使っているシャンプーとボディソープを使ったんだからな。鼻孔をくすぐる少し甘い香り。そう強いものじゃないから一晩もすれば消えそうだが湯上りなら香って当然か。
「え、あ、な、何を……」
「何だよ、俺がお前の使っているシャンプーやボディソープを使っちゃいけなかったのかよ」
「い、いえ、そういうことではないの、ですが……」
「俺に使われるのが嫌だったら他のを用意しておいてくれ。まさか洗わずに済ますわけにはいかないだろう?」
 一日程度なら洗わなくてもどうにかなるかも知れないが何せ一週間だ。髪も身体も清潔にしておきたい。それにこれは古泉のためでも有る。普通に考えたら居候が汚いままなんて嫌だろう。違うか?
「そ、そう、ですね……。明日にでも、違うものを用意しておきます。嫌、ですよね、僕と同じ匂いなんて……。あの、あなたの愛用の物を教えていただければ、」
「……バカにすんな」
「え?」
「お前が俺と同じ匂いが嫌だって言うんなら俺はお前の使っている物を使わない。だけど俺は居候の身でお前が普段使っている物を使うのが嫌だなんて駄々を捏ねるつもりはない。だからこれは、お前が決めることだ」
「あ……」
「分かったか?」
「……は、はい」
 全く、俺をバカにするのもいい加減にしてくれ。
 確かに古泉と同じ匂いで有ることが気にならないわけじゃないが、それが嫌だとか我慢出来ないって話じゃないんだ。そりゃ、古泉が嫌だって言うなら使わないけどさ……、てか、頷いたっきり黙るな、何か言えよ。
「明日、違うシャンプーとボディーソープを買ってきますね」
 たっぷりお湯が湧くんじゃないかという沈黙の後、古泉は小声でぽつりと言った。
 何だ、やっぱり、俺が同じ物を使うのが嫌だったんだな……。
 
 
 
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