springsnow
主導権不在
ふわりと、腰が浮くような感触が体の内側から襲ってくる。
それは実際には逆なんじゃないかと思うのだが、体感としては、そう、としか言いようがなかった。中に入れられたまま押し上げられるその感覚は、容易に身体を快楽へと誘う。
慣れたのか慣らされたのか知らないし、普段ならいっそこのまま突き進んでも良いんだろうが(それはそれで不本意だが)、今はちょっとそれにそのまま流されたくない理由が有った。
「あ、あ……」
とは思ってみても、声は勝手に出てくる。
ちょっとは堪えろ俺の身体。
「弱いですねえ……、ご自分でなさるんじゃなかったんですか」
俺の身体を下から突き上げながら、古泉が軽く笑う。
こっちが結構切羽詰っているって言うのに、こいつは全然余裕って風に見える。
くそ、気にくわないな。……って、や、め、
「やめて良いんですか?」
「俺が動くって言っただろうが」
古泉の肩を掴んで、言ってやる。出来るだけきつい表情を作っているつもりなんだが、全然功を奏してない気がするのはどうしてだろうな。
「その割には、あんまり動いて無いようですけど」
「……うるさい、これからだ」
抗議の声を軽いキスでねじふせ、古泉が動く気がなさそうなのを確認してから、自分で腰を動かし始める。要するに入れられたまま身体を上下に動かすわけだが、なかなかどうして、これが結構辛いというか、体に負担がかかる。
自分で動く分何をどいいう風に感じるかということをある程度分かるから適当に何とかなるだろう、という考えが甘かったのかも知れない。
普段だったらされるがまま流されるままの部分が全部自分の匙加減になるんだ。そんなものをいきなり全部受け止めてどうにかできるほど、俺の身体は器用ではなかった。
……とはいえ、その辺りのことを認めるのは大いに癪なので、やれるだけのことは自分でやりたい、というのが今の俺の心境だ。
ゆっくり、ゆっくりと、内側からの波に犯され過ぎないように身体を動かしていく。
「ん……、気持良いですよ」
少しは余裕が削られてきたのか、それとも俺が下手なのか、古泉が曖昧な笑顔を浮かべたまま言った。……どっちだろうな、前者の方を希望したいが、確かめられるようなところでもない。
俺のYシャツに引っ掛かったままになった手は、汗一つかいてないみたいなんだが。
俺はそんな様子の古泉に何を言っていいのか、何を思っていいのか分らないまま、滑らすように腰を上下させるだけだ。中に入ったものが抜けて行く時に感じる排泄に似た快楽と敏感な部分への刺激があいまって、何を考えて良いかさっぱり分らなくなりそうになる。
こうなると、動きを止めないことが精一杯だ。
「……もういいでしょう」
不意に、身体ごと抱きしめるようにされて動きを止められた。
何が、もういい、だ。俺は全然よくない。そりゃ、確かに身体は楽じゃないし、見通しが甘かったのは確かだが……。そういう問題じゃ、無いと思う。
この状態で男のプライド云々と言うのは馬鹿げているのでそういう言葉を引き合いに出すつもりはないが、俺にも意地くらいは有る。
「良いんですよ、無理なさらなくて」
何時も俺の身体に負担ばっかりかけている奴の台詞じゃねえだろ、それ。お前の気の遣い方が下手過ぎるぞ。そもそも俺に気を遣う気なんて無いのかも知れないけどさ。
「どうせ、主導権なんて、どちらの手元にもないのですから」
上半身を押し返すように動かされると、半笑いの古泉の顔が目に付いた。泣きそうな笑顔だ、と思うのは、きっと俺の気のせいじゃないんだろう。
……ああ、そうだな。
そんなものは、持っていないよ。
そんなものは、例え選べたはずだとしても、もう、放棄した後なんだよ。
俺も、お前も。
だから、俺達はこうしているんじゃないか。
こうするしか、ないんじゃないか。
「僕が動きますから」
ひどく優しい声が耳を打つ刹那、強く抱きしめられたせいでその表情を見ることは出来なかった。
ただ、内側から突き上げるような熱に、身体ごと攫われていく。
汗の匂いとか、衣擦れの音とか、繋がった部分が鳴らす音とか、古泉の息遣いとか……、その全てをひっくるめて、自分の中に注がれているような錯覚を覚える。
そして、そのまま、全てを留めておきたくなる。
……それは無理だということくらい知っているつもりだけれど、このわずかな間だけは、そんな、淡い夢に酔い続けていたかった。
絵茶より、座位です(070712)