一日遅れの 世間一般においては二月十四日はバレンタインであり、俺の周りでもこのイベント関連で大騒ぎしている奴が数名いたわけだが、生憎俺はそいつらに混じる気にもなれず、不安と心配と期待がまぜこぜのままこの日を迎えることになってしまった。 「良い、こういうのは何人もで押しかけたら迷惑なのよ? 本当なら団長で有るあたしか副団長である古泉くんが行くべきところなんだけど、あたし達は二人とも用事が有るから、今日はあんたに譲ってあげるわ。分かっている、キョン、これはあたしがこの件に関してのみあんたに全権を預けたってことになるんだからね。……もし、みくるちゃんが志望校に落ちたりしたら、あんたのせいなんだからね!」 一方的過ぎるハルヒの発言に対して用事じゃなくてデートだろうとわざわざ突っ込むほど俺も野暮じゃないし、こういうところで全権を預けてくれるのは寧ろありがたいことだと思うが、最後の一言は思いっきり余計だと思う。 朝比奈さんの受験の成功如何は朝比奈さんの努力により決まるものであり、俺は無関係だ。本人の了解も無しに勝手に俺に責任を丸投げしないでくれ。そんなことされたって、朝比奈さんも困るだろう。 そう、今日二月十四日は……、全世界的にバレンタインで間違いなかったが、一部の受験生にとっては、受験当日だったのである。 そして、我らが朝比奈さんもその一部の受験生に含まれていた。 かくして二月十四日、俺はハルヒの部分的全権委任により無理やり早退させられ、朝比奈さんが受験する学校の前で出待ちなるものをする羽目になってしまった。古泉が適当に取り計らうと言っていたから、家へ連絡のことなどは特に心配していない。大方、熱が出て病院に行ったとでもいう風に捏造してくれるのだろう。もちろん、病院の書類つきで。 こんなことでわざわざ『機関』の力を使うのもどうかと思うが、恩を売ってくるわけでもなさそうなので、素直にありがたいと思っておくことにしよう。 「寒いな……」 二月の真ん中辺りは、まだ少し冷え込む。 ちなみに今日は平日で今の俺の格好は制服だが、この時期ならそんなに怪しまれることは無い。自由登校になった高校三年生が、制服姿で街中を歩いている姿はそんなに珍しくないからな。受験会場に制服で向かう高校生も居るしな。 俺の場合会場には入ってないわけだが、大方、もっと早く試験の終わる近場の学校に行っていた受験生が、この学校で受験する友人なり知人なりを待っているという風にでも見えるのだろう。 もうそろそろ、時間だ。 古泉の調べでは(本当に何でも調べてくる奴だ)この学校の受験生は入るときも出るときもこの校門を通らないといけないらしいから、待っていれば朝比奈さんに会えるだろう。 俺は目を凝らしつつ、小柄でふわふわとした髪を持つ朝比奈さんが来るのを待っていた。 ――居た。 「朝比奈さんっ」 「えっ……、きょ、キョンくん、どうして……、今は、授業中じゃあ……」 突然の俺の出現に驚いたのか、朝比奈さんが目を丸くしている。それもそうか、朝比奈さんの言う通り、普通ならまだ授業を受けている時間だからな。 「ハルヒに言われたんですよ。SOS団を代表して朝比奈さんの様子を見て来るようにって」 それは嘘じゃない。ハルヒらしい発言だと思う。 「そ、そうなんですか……」 「まあ、俺自身が来たかったってのも有るんですけど」 けど、どっちかというとこっちの方が本音かも知れない。 ハルヒがどう言おうが、俺は一人でもここに来ていただろう。何せ今日は朝比奈さんの本命受験の日なのだ。一緒に試験会場に入ることは出来なくても、入り口で待っているくらいのことはしてやりたいさ。 「きょ、キョンくん……」 「迷惑でしたか?」 「そ、そんなこと無いです……。嬉しい、です。ありがとう、キョンくん」 「大したことじゃないですよ、このくらい」 「キョンくん……、わたし、嬉しいです。キョンくんが来てくれて……」 朝比奈さんは、目を潤ませながらそう言うと、そっと俺の手を取った。 それから俺達は、手を繋いでゆっくりと歩き始めた。 朝比奈さんが受験したその大学は、大きな駅から歩いて少しのところに有った。 だから、駅前に行けば当然のように繁華街へと足を踏み入れることになる。 「あ……、今日って……」 それまで、試験の出来具合がどうとか、これからどうしようか、何てことを言っていた朝比奈さんだったが、デパートの入り口のところででかでかと設けられたコーナーを見て、今日が何の日かやっと気づいたようだった。 如何に朝比奈さんが受験で一杯一杯だったかというのが、よく分かるな。 彼女はバレンタインのことなど綺麗さっぱり忘れていたのだ、去年の俺のように。 「あ、あの、ごめんなさい、わたし、何も用意していなくて……」 「いや、良いですよ……」 「キョンくん……。あの、今から買ってきますね」 「え、あの、」 朝比奈さんは驚く俺からさっと手を離し、あっという間にバレンタイン商戦最終日であるデパートの一角に突撃していった。 唖然とする俺の目には、真剣な目付きでチョコを選ぶ朝比奈さんが映っている。 いや、その……、確かに今日はバレンタインなわけだが、本日受験生の朝比奈さんから、その日に物を貰うというのはどうなんだろうか。別に悪いことをしているわけじゃないんだが、何だか申し訳ない気がするな。 待つこと約10分。 「はい、キョンくん」 朝比奈さんが、綺麗にラッピングされたチョコを手渡してきた。 普段俺が自分では絶対食べないような、高級ブランドの名前が書かれた包み紙に入っている。 「あ、ありがとうございます……」 申し訳ないとは思いつつも、俺は殆ど反射的にそれを受け取ってしまった。朝比奈さんが渡してくれた物なんだ。つき返すなんてことが出来るはずも無い。 「買ったものでごめんね……」 そう言えば、去年は手作りチョコケーキだったな。思いっきり『義理』と書かされていたみたいだが。 「いや、良いですよ。……充分嬉しいですよ」 「キョンくん……、あ、そうだ。わたし、明日チョコケーキでも作って学校に持って行きますね」 「……え?」 「受験も終わったから、作る時間も有るし……、あ、でも、迷惑ですか?」 「そ、そんなこと有りません!」 朝比奈さんの問いかけに、俺は思わず声を大にして反論してしまった。 通行人のうち何人かが俺の方を見ていた気がするが、この際そんなことを気にしている場合でもない。朝比奈さんが手作りケーキを焼いてくれるというのなら、断る理由なんてどこにも無いね。 「良かった……。バレンタインに遅れちゃったのが、ちょっと、心残りなんですけど」 「良いじゃないですか、それくらい。……それに、朝比奈さんからのバレンタインチョコを二日分も楽しめるなんて、俺としては言うこと無しですよ」 明日は他の団員達もケーキを食べることになるだろうが、今日は俺だけの特別だ。そういう風に思えば、出来合いのチョコも悪くない。 「キョンくん……」 「明日も、楽しみにしていますね」 「はいっ」 俺の一言に、朝比奈さんが力強く頷く。 バレンタインは今日、土壇場のため出来合いとはいえ俺は無事チョコレートを貰うことが出来たし、その上明日もまだ楽しみが残っている。 こんなに嬉しいバレンタインが二日分も有るなら、一日遅れでも大歓迎さ。 14日は受験の人も居るよね、ということで思いついたバレンタイン話(070215) |