生きていく途中で



SIDE:M

 人生ってとってもとっても長いんだって、誰かが言いました。
 でも、とってもとっても短いんだって言っている人もいます。
 どっちが正しいかなんて、わたしは知らないんです。
 長門さんや古泉くんだったら何かしらの答えを出してくれそうだけど、わたしは答えを求めているわけではないし、多分、答えを言われても理解できないんだろうなあ、なんて思っていたりします。
 長門さんの言葉は何時だって簡潔なのに難しくて、古泉くんは遠まわしな物言いばかり。
 わたしはそんな二人のことが嫌いではないけど、今は、そう言う話がしたいわけじゃないなあ、という気持ちなんです。
 ううん、難しいなあ……。
「朝比奈さん?」
「え、あっ、ごめんなさい……」
 ちょっとぼんやり考え事をしていたら、何時の間にかキョンくんが隣に来ていました。
 気配なんて全然感じてなかったんで、本当にびっくりしちゃった。
 ああでも、反応がちょっと大袈裟すぎて失礼だったかも。
 ごめんね、キョンくん。
「考え事ですか?」
「あ……、うん」
「悩み事でも有るんですか?」
「ううん、そういうのじゃないの。そういうのじゃ……」
 悩んでいるというのとは、ちょっと違う。
 考えてはいるけれど、別に答えを求めているわけじゃないの。
 でも、キョンくんだったらどう答えてくれるのかな。
 ふとした思い付きでわたしは口を開きそうになって、それから、思いとどまりました。
 口に出来るから禁則事項では無いみたいだけれど、禁則じゃないから言ってもいい、ということでも無いんですよね。
 こんな抽象的で答えの無い話、誰かにしたってしょうがないんです。
 例えそれが、キョンくんであったとしても。
「……あんまり溜め込まない方が良いですよ」
 喋りかけたまま止まってしまった挙動不審なわたしに対して、キョンくんはとっても優しい言葉をかけてくれました。
 キョンくんは、何時だって優しい。
 何時だって多くを求めないし、わたしが大切なことを口に出来ないのを分かっていて、それでも、わたしのことを信じてくれている。
 痛いほどに分かる気持ち。噛み合わないままの心と時間。
 埋めるための物がどこにも存在しないことを知りながら、ああ、ただ、お互いに言えないことがあるんだなあってことを知っているだけの、わたしたちの関係。
 長門さんだったらもっと強引に、古泉くんだったらもっと器用に、涼宮さんだったら全ての法則さえ乗り越えてきっと何とかしちゃえるのに、わたしには、何も出来ないんです。
 わたし、悔しいのかなあ。
「キョンくん……、ありがとう、キョンくん」
「いえいえ、どうせ俺に出来ることなんて、愚痴を聞くことくらいですけどね」
「いえ、そんなこと……、あ、お茶いれなおしますね」
 わたしは会話を区切り、お茶の準備に取り掛かります。
 そうそう、お茶を入れなおそうとしていたんですよね。
 考え事をすること自体はそんなに悪くないかもしれないですけど、お茶の準備中は危ないですよね。
 陶器とかお湯とか、ちょっと扱いを間違えると結構危険ですから。
 お茶をいれなおすわたし、何故かそれを眺めているキョンくん。
 どうしてかなあと思ったら、キョンくんが古泉くんを指差しました。あ、次の一手に悩んでいるんですね……。でもキョンくん、対戦中に席を外すなんてちょっと失礼だと思いますよ。
 そういうところも、キョンくんらしいなあって思うんですけど。

 いれなおしたお茶をキョンくんと古泉くんにさしだして、わたしはのんびりゲームの様子を眺めます。
 その日のゲームはわたしにはルールの分からない物でしたけど、こういうのって、見ているだけでも楽しいんですよね。
 結局わたしは、さっきの考え事をキョンくんに話したりしませんでした。
 ここが部室で他の人がいるからというのも有るんですけど、きっとわたしは、二人きりになったとしてもこの話をキョンくんにすることは無いんだと思います。
 だって、人生が長くたって短くたって、わたしとキョンくんの間に有るのは、出会ってからの時間、ううん、わたしがこの時代に来てからの短い時間だけ。
 わたしは別の時代からのお客さんだから、どこか別のところで同じ時間を生きていた、なんていう背景さえないんです。出会う前に同じ時間を生きていれば、昔流行った趣味とか、子供の頃に見たアニメとか、お互いの小学校や中学校でのこととか……、そういうお互いの積み重ねた時間に応じた共通項とかギャップとかが有ると思うんですけど、わたしの場合、生きている時間が違いすぎて、そんな些細な繋がりさえもてないんです。
 だって、それを知識として身につけることは出来ても、同じ経験値を積みなおすことは出来無いんですから……。
 でも、ね。
 生きていく途中でキョンくんに出会えたこと。
 それは、人生の長さや同じ時代に居られる時間の短さとは無関係に、わたしにとっては、とってもとっても大事なことなんです。
 それだけは、本当なんです。





 
 (061115)