偽者なんかじゃない


「この子、みくるちゃんに似ているわよね」
 放課後の部活(団活?)の時間、俺は団長席にてパソコンと睨めっこしているハルヒに呼ばれ、ハルヒが見ているパソコンのモニタを見ることになった。
 ハルヒの言う通り、画面にでっかく表示されている笑顔の女の子は、確かに朝比奈さんによく似ていた。
 朝比奈さんの方が胸が大きいだとかもっと可愛いだとか言いたいことは色々有るが、ぱっと見の印象なら姉妹くらいには見えるかもしれない。
 世の中には、よく似た人が居るものだ。
「まあな。……ところでこの子は一体なんなんだ?」
 どっかのホームページから引っ張ってきた写真のようだが、説明が無いので俺にはこの写真が一体何を意味するのかさっぱり分からなかった。
「売り出し中のアイドルの卵だって」
「ふうん……」
 何せ朝比奈さんに良く似た女の子だ。芸能事務所にスカウトされていたり、その手のオーディションを通過していたとしても全く不思議なことは無く、寧ろそれが当たり前だろうとさえ思えたりする。
「この子が売れれば、みくるちゃんをそっくりさんとして売り出せるわよね」
「何だそりゃ」
 相変わらずハルヒの発想は良く分からない。
 朝比奈さんを売り出したいなら、そっくりさんなんていうややこしい手段を取らず、普通に売り出せばいいのだ。第一朝比奈さんはこのアイドルの卵なんていう女の子よりも可愛い。
 まあ、演技力や歌唱力を含めた総合点って意味ではちょっと頼りなさ過ぎる気もするんだがな。……別に俺だって、朝比奈さんをアイドルとして売り出せと思っているわけではないんだ。というかハルヒが本気でそんなことをするなら俺は間違いなく止めに入るわけだが、そうだとしても、そっくりさんよりは本人を、というくらいの気持ちは有るには有る。
「だって面白そうじゃない」
「あのなあ……」
 面白そうという発想だけで本人の尊厳を無視するようなことを繰り返さないで欲しい物である。
 俺が溜息を吐いたそのとき、控えめなノックが扉を慣らした。
 ノックの音で誰か分かるというか、俺、ハルヒ、長門がいて古泉がバイトで不在というこの状況でこの部室に入ってくる人物が誰かなんて、わざわざ考えるまでも無い。
「ごめんなさい、掃除当番で遅れちゃいました」
 朝比奈さんが部室に入ってきて、ぺこりと頭を下げる。
「みくるちゃん、ちょっとこっちに来て」
「あ、はあい」
 ハルヒに呼びつけられて、俺の反対側に納まる朝比奈さん。
「この子、みくるちゃんに似ていると思わない」
「え、あ、はい……」
「瓜二つとは言わないけど、その気になればそっくりさんとして振舞うことくらい出来そうよね」
「は、はあ……」
 妙に楽しげなハルヒに、どこか浮かない返事の朝比奈さん。
 何時も通りと言えば何時も通りだが、何かが少しおかしい。
 いや、朝比奈さんがハルヒの発想に着いていけないこと自体はおかしくも何とも無く、寧ろそれが当たり前だと思うんだが、どうしてだろう、今日はもうちょっと手前のところで踏みとどまっているような感じがする。
 それから、ハルヒと朝比奈さんの噛み合わない会話が暫し続いてから、何かを思いついたのか、ハルヒが一人部室を飛び出していった。
 一体何をするつもりなんだよ……。
「あ、あの……」
「何です?」
「あの……、キョンくんも、あの子、わたしに似ていると思いましたか?」
「ええまあ……、でも、そっくりさんがどうのって発想はちょっとどうかと思いますよ」
「えっと、その、そういうことじゃなくて……」
 何かを言いかけて、何故かそのまま黙ってしまう朝比奈さん。
 一体何が言いたいのだろうか。また、何時もの禁則とやらなんだろうか。
「朝比奈さん?」
「いえ、あの、その……」
 うーん、黙られてしまっては何が何だか分からない。
 彼女はお茶も淹れずに画面を眺めているだけなんだが、そんなに自分のそっくりさんが気になるんだろうか。
 朝比奈さんに似た女の子、いや、順番から言えば朝比奈さんがこの女の子に似ているのか。俺はこの画面の中の女の子が幾つか知らないが、未来人である朝比奈さんがこの女の子より年下なのは確実だろうからな。
 朝比奈さんがこの女の子の子孫って可能性も無くは無いが、どうもこの反応はそういうのとは違う気もするし、そもそも、朝比奈さんが自分の祖先なんていう超重要項目を俺に悟られるようなことをするとも思えない。俺が朝比奈さんの祖先に何かするなんてことは先ずありえないが、俺がそれを知ることで歴史がゆがめられる可能性が無いわけじゃないし、俺を通じて別の誰かに伝わる可能性だって有る。
 とにかくそんな理由が有るから、祖先とか子孫とかいう線は無しだ。
 じゃあ、朝比奈さんは一体何を気にしている。
 遠い未来から来たこの時間駐在員さんは、一体何を気にかけている。
 遠い……、ああ、そうか。
「あの、ええっと、どう言ったら良いか分かんないんですけど……、朝比奈さんは、朝比奈さんですよね。……他の誰でもなくて」
 俺は唐突にとある事実に気付いた物の、それを上手く伝える言葉を持っていなかった。
 朝比奈さん。いや、朝比奈みくるが朝比奈みくるであるという簡潔にして厳然たる事実。
 俺が言いたいのは、俺が、それをちゃんと把握しているってことだけなのだ。
「はい」
「だからその、朝比奈さんは朝比奈さんであって……、すみません、これじゃ何言っているか分からないですよね」
 どうしてこんな簡単なことが上手く言えないんだろうな。
 もうちょっと器用に物が言えたらいいんだが。
「いえ、大丈夫です……。キョンくんの言いたいこと、分かりますから」
 俺の言葉の意図を汲み取ってくれたのか、朝比奈さんが顔を上げて少し寂しげな微笑を浮かべる。
 寂しげというのがちょっと気がかりだったが、これは、仕方ないことなんだろう。
 多分俺は、その寂しさを覆すだけのものを持っていない。
 今は、まだ。
「朝比奈さん……」
「ありがとう、キョンくん」
 誰に似ているわけでも無い、誰の偽者でも無い朝比奈さんが、俺に向けてお礼を言ってくれる。
 それは真実で、それだけが真実とも言える。
 彼女は自分のことを何も言わないし俺も余計な詮索はしないけれども、よくよく考えてみれば、今ここにいる『朝比奈みくる』に、確かな物なんて殆ど無いのだ。何せ彼女は未来からきた人で、年齢不詳で、名前も多分偽名で、下手すると外見や性格でさえ何かしらの手を加えられている可能性が有る。
 似ているとかそっくりさんとかいう話題が出たせいで、朝比奈さんはそのことを思い出したのだ。
 そして朝比奈さんは、そんな自分という存在に不安と引け目を感じている。
 それはもうどうしようもないことで、俺にはどうにも出来ないことなんだが、それでも、俺は、今ここに居る朝比奈さんを知っているし、彼女を信じても居る。
 もしかしたら、朝比奈さんは随分と作り物めいた存在なのかも知れないけれども、少なくとも、誰かの偽者なんてことだけは無いのだ。例え本物だとか元になった人物だとかがどこかに居るとしたって、俺にとっての朝比奈さんは、今目の前に居るこの人だけだ。
 俺がそれを伝えた所で事実は何一つ変わらないけれども、伝えたことで朝比奈さんが少しでも安堵してくれたということが、俺には嬉しかった。







 
  『朝比奈みくる』は一見自然に見える分かえって作り物めいた存在に見えるときがあるのですが、例え作り物的な側面があるにしても、接しているキョンにとってはその『朝比奈みくる』は本物だと思います。
 作り物≠偽者、ということです。(061115)