あたたかいひかり


 ある日の放課後、ハルヒと長門は買出しの名の元に不在、古泉はバイトというその日、一人寂しく待機を命じられていた俺が、何故そんな状態を受け入れていたかと言えば、補習を終えてやって来る朝比奈さんを待つためである。
 ちなみに朝比奈さんが補習を受けているのは、その補習が同じ選択科目を取っている全員に課せられているためであって、別に彼女の成績が悪いからではない。
 公立の癖に妙に進学に燃えているこの学校はそういう補習やテストなどが幾つかあるのだ。
 朝比奈さんの時間を余分に拘束するなどという不届きな行為に文句の一つも言ってやりたい所だが、彼女一人のために学校の教育方針に口出しするほどの勇気は俺には無いし、何より俺は、今までの朝比奈さんの口ぶりから彼女自身が補習を嫌がっているわけでは無さそうだということをよく知っていた。
 補習を真面目に受けた上で違うクラスの生徒ととの交流までを楽しめるなんていうのは、なんとも朝比奈さんらしくていいことだ。。
 同じような話をハルヒや古泉や国木田辺りから聞かされたら成績優秀者ゆえの嫌味かと思うところだが、朝比奈さんに限ってそんなことは有り得ない。
 彼女は嫌味を言えるような性格ではないのだ。
 ああしかし、朝比奈さんの到着が待ち遠しい物である。
 自分で淹れた茶ははっきり言って無味乾燥もいいところなので、早く朝比奈さんの淹れたお茶が飲みたい所だ。
 
「遅くなってごめんなさい……、あ、あれ、キョンくんだけですか?」
 待つこと約三十分、朝比奈さんがやって来た。
 部室に俺だけという状態にそれなりに驚いているようなので、俺は事情を簡単に説明してやった。俺が逆の状況でも多少驚くだろうしな。
 団長と副団長はともかく、長門が不在というのは珍しい。
「そうなんですか……、あ、お茶淹れますね」
「お願いします」
 俺は頭を下げ、定位置になっているパイプ椅子に腰を下ろす。
 今はメイド服はクリーニング中なので、朝比奈さんがメイド姿に着替えることも無い。
 麗しい姿が封印中というのは少し残念な気がするが、制服姿でお茶を淹れる朝比奈さんというのもなかなか良いものだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
 朝比奈さんがお茶を持ってきて、俺が受け取る。
「えっと……、ここ、座らせてもらいますね」
 朝比奈さんはちょっとだけ迷ってから、俺の向かいの席に着いた。
 椅子に座るだけのことに対して躊躇う必要なんて無いはずだが、他人の定位置に腰を下ろすということを申し訳ないと思っているのだろう。何とも朝比奈さんらしい。
「ん、美味いですね」
 お茶の味や種類なんて未だに良く分からないが、朝比奈さんの淹れてくれたお茶は素直に美味しいと思う。
「ありがとうございます」
 にっこりと笑顔になる朝比奈さん。
 俺としてはお茶そのものよりも、この朝比奈さんの笑顔の方がありがたいと思うね。
「……何だか珍しいですよね、キョンくんと部室で二人きりだなんて」
 自分のお茶にちびちびと口をつけつつ、朝比奈さんが呟くそうにそう言った。
「そういやそうですね」
 部室の外ならばともかく、部室で朝比奈さんと二人きりというのは確かに珍しいかも知れない。
「……えっと、何かしますか?」
 朝比奈さんが、ちょっと首を傾げつつそんなことを訊ねて来た。
「え?」
「あの、ゲームとか……、ええっと、その……、ごめんなさい、わたしと二人きりって退屈ですよね」
「そんなこと有りませんよ!」
 いきなり後ろ向きな発言をした朝比奈さんに対して、俺は殆ど勢い任せで反論してしまった。
 でかい声だったからだろう、朝比奈さんがびくっと肩を大きく震わせている。
「え、でも……」
「朝比奈さんと一緒に居られるだけで、俺は充分です」
 彼女を動揺させてしまったことに後悔を禁じえない物の、俺は形にならない言い訳めいた言葉を全部すっ飛ばしてその一言だけを伝えるに留まった。
 こういう時もうちょっと器用に何か言えたら良いんだろうが、俺にはその手のスキルが不足している。第一ここで半端に気を回した発言でもしようものなら、かえって墓穴を掘るだけの結果になりかねない。
「……キョンくん」
「だから、居てくれるだけで良いんです。……それじゃ駄目なんですか?」
 朝比奈さんはハルヒみたいに羽目を外したり出来ない、長門みたいな万能キャラじゃない、古泉みたいに先回りして色々用意したりするようなことも無い。
 朝比奈さん自身がそんな自分の至らなさを気にかけていることを、俺は良く知っている。
 でも、別に今のままだっていいじゃないか。
 俺にとっての朝比奈さんは、殺風景になりかねない割と自分勝手な人間どもの間を繋げているあたたかいひかりなんだ。
 それのどこに問題があるって言うんだ。
「でも、わたし……、あ、ううん、キョンくんにそう思ってもらえるのは、嬉しいんですよ」
「朝比奈さん……」
「うん、のんびりするのも悪くないですよね……、あ、あのねキョンくん、今日の補習時間のことなんだけどね、」
 朝比奈さんは、不安げな表情を引っ込めて、今日の出来事を話し始めてくれた。
 俺の言葉に納得はしていないみたいだし、もしかしたら俺は問題を先送りにしただけなのかもしれないが……、でも、それで良いんだ。
 朝比奈さんが自身が抱える問題とやらに立ち向かうのは、多分、今じゃない別の時だ。
 今はただ何をするわけでも無い放課後ののどかな時間を一緒に過ごせれば良い。
 俺は、俺にとっての安らぎであるこの時間が、朝比奈さんを癒すことにも繋がれば良いなと思いながら、他愛ない日常的な話を聞き続けていた。







 
 割合自分勝手なことを言っているキョンくん。
 でも、みくるもそんなキョンくんに多少なりとも癒されていれば良いなあ、と思います(061122)