それは奇跡にも似た


 SIDE:M

 辞書を片手にお勉強、というより、勉強中に辞書を引く、ということは、誰でもすることですよね。
 わたしも、勉強中にはよく辞書を引く方なんです。えっと、他の人と比較したことは無いんですけど、わたしの場合、他の人より辞書を引く割合が多いんじゃないかなあ、と思います。わたしは未来人なので、ええっと、一応この時代の知識をある程度持って来ては居るんですけど、分からない言葉も多いので……。そんな理由で、私は今日も勉強中に辞書を引いていました。
 あ、場所は部室です。
 二年生の時は部室で勉強することは無かったんですけど、三年生になってから勉強する量が増えたんで、涼宮さんに頼んで、部室ですることが無い時は勉強をしても良いっていう許可を貰ったんですよ。
「今日も熱心ですね」
 辞書を捲る手を止めてノートを取ったところで、キョンくんが私に向って話し掛けてきてくれました。キョンくんが手にしたお盆の上には、わたしの湯のみが乗っています。
「あ、ありがとうキョンくん……、ごめんね、わたしが淹れないといけないのに」
 うん、お茶を淹れる係りは本当はわたしの役目なんですよね。
 係りというより、何時の間にかそうなっていたって感じですけど……。ううん、何だかキョンくんに悪い気がします。あ、でもキョンくんが淹れてくれたお茶はとっても美味しいです。
 ふふ、自分でお茶を淹れるのも良いですけど、人に淹れて貰えるというのも、何だか嬉しいですね。
「別に気にしなくていいですって」
「キョンくん……」
「勉強、はかどってますか?」
「あ、はい」
「頑張ってくださいね。……じゃあ、また」
 キョンくんはそう言って、古泉くんとのボードゲームに戻っていきました。
 何だかちょっと寂しいかも……、あ、そんなこと言っちゃいけませんね! 今は勉強です。
 高校生の本分は勉強なんですから……、わたしは、普通の高校生じゃないんですけど。でも、赤点をとるわけには行きませんから。
 キョンくんが居れてくれたお茶で喉を潤しながら、わたしは勉強を再開しました。
 勉強している部分にあわせて、辞書を捲っていきます。目的の単語の説明を読みながらノートととり終わったわたしの目に、偶然、その単語の近くに合った単語が飛び込んできました。
 『奇跡』
 奇跡って、えっと、奇跡……、ですよね。
 宗教的なことがどうのって部分は正直良く分からないんですけど、常識では理解できないような出来事、という部分は、一応、理解できる気がします。
 常識、ですか。
 何を持って常識とするかなんて定義は様々ですし、この時代の人達の常識と、わたしの持っている常識は別のものなんですけど。
 ううん、例えば、キョンくんにとってわたしや、古泉くんや、長門さんの存在というか、それぞれが持っている力なんかは『非常識』なんですよね。でも、わたしにとってはそうではないんです。古泉くんの力は、涼宮さんの力の付属物的位置のもののはずなんで、ええっと、厳密には、常識の範疇ではないと思うんですけど……、でも、それでも、キョンくん達と違って、わたし達の時代の住人だったら、涼宮さんや古泉くんのことも、非常識な存在と位置付けたりまではしないんです。完全な理解が出来ないというのは確かなんですけど、でも、そこにあることを認めるだけの素地がある……、とでも言うんでしょうか。
 説明するのが難しいなあ……、ううん、こんな風だから、小論文のテストで良い点が取れないんでしょうか。わたし、もっと頑張らないと駄目ですね。
 でも、奇跡、かあ……。
 わたしは、この時代で、キョンくんや、他のみんなに出会えた事は、この時間平面状の必然だと思っていますし、もしかしたら、わたしが知らないだけで、それは既定事項のうちなんじゃないかって思うようなときもあるんですけど……。うん、だからそういうことは、有り得るのが当たり前のこと、そうなるべきこと、ということなんですよね。
 だから、わたしがここにいてこうやって生きている事は、わたしの時代の『常識』でなら、きっと、割り切れる事で……。うん、そのはずなんです。
 だって、そういうものですから。
 ……そういうもの、なんですから。
 でも、でも……、でも、もし、全てが、予め、決まっている事だとしても。

 わたしが、キョンくんに出会えたこと。

 それはやっぱり、奇跡にも似た、素敵なことなんじゃないかなって……、うん、素敵って言い方も曖昧だと思うんですけど、でも、やっぱり、素敵なことだと思うんです。
 だってわたし、毎日が、幸せですから。
 それに、そんな風に思えたら、何だか少し、ロマンチックかも知れないですしね。
 

 





 
 現実を踏まえつつもどこか夢見がちな朝比奈さん。(061214)