リトル・リトル・ハピネス


 ある日の放課後の時間。
 俺と古泉がゲームをしていてハルヒが長門を連れてどこかへ行ったままというそのとき、お茶のお代わりを用意していた朝比奈さんが何かを思い出したのかお茶を置いた後自分の鞄が有るところにとことこと歩いていき、そこから一つの瓶のようなものを取り出して俺達の所へ持ってきてくれた。
「はい、どうぞ」
 その瓶のようなものの中には、様々な種類のチロルチョコがたくさん入っていた。
「ありがとうございます、一ついただきますね」
 古泉が何時もながらの爽やかスマイルで一つだけチョコを取り
「あ、ありがとうございます……、どうしたんですか、これ?」
 俺もチョコを一つ取りつつ、当然の疑問を投げかけてみる。
 チロルチョコが一杯入った瓶のような物が売っているというのはどこかで聞いたことが有るような気がするが、実際に見たのはこれが始めてだ。
 朝比奈さんとチロルチョコ。
 なかなか可愛い組み合わせだが、どうしてだろう、という疑問は湧く。朝比奈さんは食べ物と繋がるようで繋がらないような微妙な印象の人だからな。これがハルヒだったら別に驚きもしないんだが。
「昨日通りがかった雑貨屋さんで見かけて、可愛かったから買っちゃったんです。お茶請けに良いかなと思って部室に持って来ちゃったんです。……駄目でしたか?」
「いいえ、そんなこと有りませんよ」
 朝比奈さんの疑問を俺は一蹴する。
 朝比奈さんが親切で持ってきた物を駄目だなんて言う奴が居たら俺はこの場でぶっ飛ばしているね。まあ、古泉は何も言わないしハルヒや長門が食べ物のことで文句を言うとも思えないが。
「良かった……、正直、一人じゃ食べきれないかなあ、なんて思ってもいたんです」
「ああ、結構量が有りそうですからね」
「ハルヒや長門なら一瞬って気もするがな」
 朝比奈さんが呟き、古泉が頷き、俺が混ぜっ返す。
 それから俺達はゲームを中断し朝比奈さんを交えつつ何でもない話を続けながら、それぞれもう二つほどチョコを摘んだ。
 五月蝿い団長もデフォルト無口娘も居ない状況でお茶とお茶請けをいただきつつのんびりと話をするなんてのも、結構良いものだ。古泉が居るというのがちょっと余計な気もするが、こいつとの俺の漫才めいた会話を朝比奈さんも喜んで聞いてくれているようだから、まあ、これはこれでよしとするか。

「たっだいまー、待たせたわね」
「……」

 ハルヒと長門が帰ってきたのは、それから三十分くらいしてからのことだった。
 そういやまったりしすぎてすっかりこいつ等の存在を忘れていた気がするな。
「あら、なんか甘い匂いがするわね。あ、チロルチョコじゃない。これ誰の? みくるちゃんの?」
 ずかずかと俺達のところまでやって来たハルヒは、チェス板の隣に置かれているチロルチョコ入りの瓶を目敏く見つけ、殆ど勢いのまま朝比奈さんに詰め寄った。
 お菓子=女の子という発想がハルヒらしいな。まあ、実際それが正解なわけだが。
 何も言わない長門の視線も、チョコの所に注がれている。えーっと、食べたいのか?
「あ、はい……、お茶請けにって思ったんですけど、持ってきちゃいけませんでしたか?」
「そんなわけないじゃない。あ、あたしも貰うわね」
 不安そうな朝比奈さんに対してハルヒはそう答えると、瓶の中のチョコを鷲掴みにするような感じで幾つも手にとった。予想通りの行動って感じだな。
「はい、どうぞ。あ、長門さんも」
「……」
 長門の行動もハルヒと似たようなものだ。
 この二人に見つかったってことは、チョコが消費されるのもすぐだろう。
「懐かしい感じがするわね。あ、そうだ、古泉くん、ちょっと今度のことなんだけど、」
「あ、はい」
 チョコを持ったまま団長席に着いたハルヒが何事か思い出したかのように古泉を呼び出し、再度俺達のゲームは中断する。このままだと今日の勝負はこのままお流れかも知れないな。
「……良いんですか?」
 俺はお茶のお代わりを入れるため近くまで来た朝比奈さんに問い掛けてみた。
「え? あの、何がです?」
「いえ、チョコ……、食べられちゃってますけど」
 朝比奈さん自身は、まだ少ししか食べていない。
 それなのに、このままだとチョコはハルヒと長門のお腹に納まって今日中になくなりかねない。
「……良いんです。皆に食べてもらって喜んでもらえた方が嬉しいですから」
 朝比奈さんはちょっとだけ名残惜しそうな顔をしてから、大輪の花のような笑みを浮かべてそう言った。
 何とも健気なことだ。
 俺は朝比奈さんの心遣いをありがたく思いながら、彼女の入れてくれた熱いお茶を一口啜った。


 数日後の昼休み。
 俺はとある物を渡すため、朝比奈さんの居る二年の教室まで向っていた。
 別に悪いことをするわけでも派手なことをするわけでも無いんだが、上級生の居る場所まで赴くというのは何だか少し緊張する。
「あの、何か用事ですか?」
 クラスメイトに呼び出されて教室の入り口までやって来た朝比奈さんが、不思議そうな顔をしている。そういや、俺が朝比奈さんの教室まで来ることなんて滅多にないからな。
「ああ、これを渡そうと思ったんです」
「これって……」
 俺が渡したものを受け取った朝比奈さんが、やっぱり不思議そうな顔をしている。
「瓶入りじゃなくて、バラエティパックですが」
 俺が朝比奈さんに手渡したのは、たくさんのチロルチョコが入ったバラエティパックが二つ入ったスーパーの袋だった。昨日母親に頼まれてスーパーに行った時に見つけて、買っておいたのだ。本当はもうちょっと可愛らしい包装をとも思ったんだが、スーパーじゃそれは無理だ。
「あ、ありがとうキョンくん……。でも、良いんですか?」
「日頃のお返しですよ。瓶の中のは、結局ハルヒと長門に食べられちゃいましたしね」
「でも……」
「受け取ってくださいよ」
「……う、うん。ありがとうキョンくん、大切に食べるね」
 朝比奈さんは、ちょっと頬を赤く染めつつ、ぺこりと頷いてくれた。
 うう、この仕草が可愛いね。
 上級生の教室にやって来た挙句公衆の面前で物を渡すなんてのは恥ずかしさ満点もいいところだが、この朝比奈さんの反応を見られただけで全部チャラだ。
 それに、たくさんのチロルチョコの中からどれを食べるか迷っている朝比奈さんなんていう可愛い姿は、想像するだけで幸せになれること請け合いだね。
 俺がその姿を見られないってのが残念だが、朝比奈さんがこうして幸せそうな反応を見せてくれただけで今の俺には充分だ。
 ああ、そうだ。
 日頃の感謝のつもりって言うのも本当のつもりだが、もしかしたら俺は、朝比奈さんが喜んでくれるところが見たかっただけなのかもな。
「キョンくん……、何で笑っているの? わたし、何かおかしいですか?」
「いいえ、そんなこと無いですよ。……ただ、朝比奈さんの反応を見たら、俺まで嬉しくなっちゃったんです」
「え……、あ、そうなんだ……」
 朝比奈さんが、再度頬を赤らめる。
 ああ、俺達は何をやっているんだろうな。
 高校生の男女としては何か色々と足りてないような、若干のずれを感じるような……、いや、まあ、俺は幸せだからいいんだけどな。
 俺が幸せで、朝比奈さんも幸せそうで……、それなら、それで良いじゃないか。
 チロルチョコがくれた幸せに感謝しつつ、俺はもう一度朝比奈さんにお礼を行ってから、二年生の教室を後にした。





 
 あてる様の日記を読んでいて思いついたお話です。
 チョコがくれた小さな幸せ。(061123)