キョンからのキス



 彼の方から、というのはとても珍しいことだ。
 最初に愛の言葉を口にしたのが僕の方だった、という理由も有るのかも知れないが何事に対しても彼は基本的に消極的で流され気味でそれでいて意外と筋の通ったところもあってそのギャップが何とも言えず……まあ、魅力的な人なのだ。
 そんな彼が、どういうわけか自分からキスをしてくるという事態に至った。
 さて、そんな理由を一々考えるよりも今はとりあえずこの状況に酔って居たい、などと思うのは人として正常な状態だろうと考える僕はあれこれ追及するよりも先にとりあえずこの行為に集中することにした。口付けを交わし、差し入れられた舌を受け入れ、それをおのれの舌で絡め取り、たっぷりと唾液を交換する。
 ひとの唾液なんて気持良いもんじゃないと思うのに彼のものに限ってはまるで極上のミルクティーのようだ。熱く濃厚で、その味よりも感触を舌と喉に残す。
 一頻りその行為を楽しみやがて顎が疲れたかというあたりで、彼はさっと自分からその舌を引き抜いた。その先にどんな艶やかな(こういう表現をすると彼は怒るのだが僕にはそう見えるのだから仕方がない)表情が有るのかと期待して目を開いたのだが、何故かそこにあるのは若干赤く染まったものの悔しげにも見える表情だった。
「つまんねえ」
「……え?」
 あんまりと言えばあんまり、意味不明と言えば意味不明な彼の言葉の前に僕は一瞬わが耳を疑ってしまう。つまんない、つまんない、つまん、ない……、それはつまり、僕のキスが、面白味も何も無い、得る物の無い、愛の確認としては余りにも稚拙だということなのだろうか。
 これでも僕としては彼に飽きられないよう日々努力しているつもりなのだが……、ううう、努力が足りないということなら、もっと。
「わ、バカ、やめろっ」
「だって……、キスだけじゃつまらないんでしょう?」
「は? お前、何言って。ってー、服を掴むな捲るな腰を尻を触るな!」
「うわっ……」
「お前はあほか、人の話を聞け。……良いか、俺がつまらないって言ったのはな、お前の反応がつまんねえって意味だよ……、ったく、こっちから仕掛けても何時もと大差ないじゃねえか」
「え、あ……ああ、そういうことですか」
 ああ、なるほど。
 説明されて納得がいった。そうか、そういうことか。
 つまるところ、彼としては僕の反応を見てみたくて、こうして、自分の方から仕掛けて来たというわけか。
 説明されてみれば至極単純な事象に間違いないのだが、そんな可能性を考えていなかった僕は思わずそこで何度も首を上下に動かしてしまった。その、首を動かしたということ自体に他意はないつもりだったのだがそれが彼にはお気に召さなかったのか、彼はただでさえ軽く皺の寄っている眉の間の皺を増やした。
「……んだよ、バカ。今日はもう寝る」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ。あ、あの」
「うるさい、俺は寝るって言ったら寝るんだ」
 ああん、何でこんな展開になるんですかっ。
 別に僕としては他意も無いですし下心……は有るけど、それはこの場合関係ないし、そりゃ、かわいい、とか思って居たりはするけど。でも、そ、それは……
「古泉、お前モノローグだだもれ」
「ええええ、あ、ああ、す、すみませ……」
「お前って本当、バカだよな……ま、そんなバカを好きになっちまったって言うんだから、俺もバカだよな」
「そ、それって、ん、むうっ」
 問いかけるよりも先に、彼に唇を塞がれた。
 えーっと、その、一回目は確かに、あなたの意図した結果になってないようですけど、二回目は、明らかに意図した以上だと……僕は、思いますよ。
 というか、本当は何時も、ドキドキしっぱなしなんだけど……。まあ、それなりに頑張って虚勢を張らせてもらって居ますけどね。
 だって、両方ドキドキしっぱなしじゃ何も進まないじゃないですか。



 
 (070121)