キョンちゃんと一樹くん、こぼれ話2




 これは刹那の夢だ。
 手にした温もりは確かなものだけれども、その柔らかな身体は、明日には消えてしまう、夢のように儚い代物でしかない。
 ……分かっている。
 だって僕は、最初から全て分かった上で手を伸ばした。
 自分は、甘えているのだと思う。
 特別だという言葉を口にして、そうすれば許してくれる、受け入れてくれるこの人に、甘えているのだと。
「……古泉?」
 熱に浮かされていたような声が、一瞬だけ正気に近いものに戻る。
 澄んだ瞳の色。
 元の容貌の特徴を強く残す箇所の一つが、僕の心を射抜くように、真っ直ぐに、僕へと向けられる。
「うわ、ちょっ……、何だよ、お前」
 その瞳に向き合うことが出来なくて、僕はただ彼女を……、彼女と呼べるその人を、強く抱きしめる。
 細い項をそっと撫でると、どこか虚ろな声が漏れる。その声に安堵をおぼえるなんて、どうかしている。
「ん……」
「すみません……。今は、こうさせてください」
 今だけは。
 そういう風に口にすれば、彼女はそれ以上何も言わない。
 これが夢のような出来事であることを、彼女もよく分かっている。だから、彼女は僕を受け入れてくれた。
 同情と諦念と好奇心と……、そこに込められた様々な感情は、決して奇麗なものでも澄んだものでも無い物だと思うけれど、僕は彼女を奇麗な人だと思う。
 僕なんかより、ずっと。
「……今日までだからな」
「分かってます」
 夢の時間は、もうすぐ終わる。
 そうしたら、僕等は抱き合うことさえない日常へと舞い戻る。
 そうなったらどんな顔をしたらいいのかな、元通り笑えるのかな、なんて風に思ってみたりもするけれども、それもきっと今だけのことで、元に戻った僕等は、きっと、こういう風に悩んでいた自分たちが居たことさえも、遠からず失ってしまうのだろう。
 それでも、良いと。
 分かっていて、手を伸ばしたことだから。
 だから、きっと、後悔はしない。
 ……この僅かな胸の痛みだけは、胸の奥底で疼き続けるかも知れないけれど。




 
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