うさみみ




「……耳だな」
 ひょいと、古泉の耳元に手を伸ばす。耳、といっても本来のそれじゃないんだが。
「耳ですねえ」
「うん、どっからどう見てもウサギの耳だな」
 そう、それはウサギの耳、略してうさ耳だった。別に略す必要もないだろうが、一々なんとかの、というのは長いからな。それにしても、本当にウサギの耳以外の何物でもないな。実際にウサギの耳を触りまくった経験など無いような気もするのだが、このふわふわしつつも明らかに生ものっぽい感触と形は、それ以外の何物でもないだろう。
 何でこれが古泉の耳に生えているかって? そりゃあ、原因は一人しかいないだろう。こんなことが出来そうな心当たりはいくつかあるが、実際に実行しそうな輩は、どう考えても一人っきりだ。
「ええ。……っていうか、何時まで触っているんですか?」
「飽きるまで」
「なんですかそれ、だったら僕にも。って、そこで逃げるんですかあなたは」
 古泉が俺の耳を触ろうとしたので、俺は古泉の耳を掴んでいた手を放して一歩後ろに下がった。ちなみに俺の耳も本来の耳では無くうさ耳だ。
 男二人にこんなもん生やしてどーすんだとハルヒに向かって抗議したいところだが、言えるわけもないし、言って解決するものでもない。ハルヒ的思いつきによるちょっとした肉体的変化、長門いわく一応対抗手段はあるらしいが半日もすれば消える程度のものだろうから、放っておく方が良い、とのことだった。
 当たり前だがこんなもんつけて外に出られるわけもないので、俺達はただいま長門の家の中だ。ちなみに長門はハルヒや朝比奈さんとの不思議探索に出かけている。俺も古泉もそれぞれ家庭の用事ってことになっているが、さすがに二人ならともかく三人までそんな理由で来られないとなると疑われるだろうしな。
「ずるいですよ、自分だけなんて」
「お前のを触ればいいじゃないか」
「自分は触っておいてそれですか?」
「……んー、多分、お前の耳の方が触り心地が良い」
 何となく自分の耳を触ってみるんだが、ちょっと感触が違う。色も違うみたいだし、あれだな、こんな状況にリアルさを求めるのも間違っていると思うが、古泉のそれが飼われているウサギの柔らかさなら、俺のこれは野生、ってところなんじゃないだろうか。どういう理由でそうなっているかは知らないが。
「そういう問題じゃ無いでしょう」
 ひょいと、古泉が俺の耳に向かって手を伸ばして来た。逃げようとするがリーチが違うのでそれも難しい。
「うわっ……」
「んー、確かに思ったよりは固いですね」
「ちょ、やめろって……。ていうか、固いって分かったならそれ以上触るな」
「固いのが嫌だと言った覚えはありませんが」
 ええい、耳を撫でまわすな根元を掴むな! ウサギの耳を掴むのはやっちゃいけないことなんだぞ!!
「……ぐっ。ひゃあっ」
「不思議ですねえ……、生命の神秘ですね」
「あほ、ハルヒの馬鹿な思いつきに妙な言葉を与えるんじゃない」
「良いじゃないですか。どうせ半日程度のものですし、実害なんてほとんどないですから」
「そういう問題じゃ……。ふぁっ、ちょ、やめ……」
 って、どーいう触り方しているんだよ! それは絶対ウサギを扱う時のじゃねーぞ。
「かわいいですね」
「かわいいとか言うなっ。ていっ」
 当たり前の話だが、掴まれているってことはこっちからも掴める距離だってことになる。なので、俺はもう一度古泉の耳を掴んでやった。
「んっ……、くすぐったいですよ」
「うっせー、お返しだ」
「や、ちょ、やめてくださ……。あはは、くすぐったいですって、本当に、もう……」
 うお、どうやら本当にくすぐったいみたいだな。おー、こういう風に笑う古泉ってのも珍しいな、思わずこのまま調子に乗ってどこまでも、なんてことになりそうだ。
「あ、あのですね……」
「わあっ」
 なんて思ったら、こっちももう一度耳の内側をなであげられた。
 何なんだよ、この感触は……。ああもう、二人して突然生えたうさ耳の触りあいなんて、バカバカしいにもほどが有るだろ。
 ……この状態で真面目な話なんてのは、もっとバカバカしいだろうけど。
 


 


 
 (07)