風邪に効くお茶を SIDE:I 何だろう、朝比奈さんがさっきから僕の顔をじーっと見ている。 視線を僕の目の前で制止したまま、顔を覗き込むように……、どうしたんだろう? 涼宮さんも長門さんも彼も居ない状況だから良いものの(詳しいことは知らないが、どうもクラスの用事で遅れているらしい)……、いや、違うな。二人っきりの部室でこの状態というのは、それはそれで緊張する。 「あの……」 「古泉くん、風邪ですか?」 朝比奈さんは僕の言葉を遮ると、さっと僕の額に手を当てた。 頼りない印象を与える小さな彼女の掌が、僕の前髪をそっと掻き揚げる。触れる掌から感じるのは、ぬくもりではなく涼しさ。 「あっ……」 「やっぱり、熱が有りますね」 「……」 「駄目ですよ、あんまり無理をしちゃ」 朝比奈さんは僕を批難するような、心配するような少し微妙な表情を見せてから、さっと僕に背中を向けた。 それから、何時ものようにお茶の準備を始める。 「風邪に良く効くお茶を入れますね」 「……ありがとうございます」 振り返って少し苦笑気味な彼女の言葉には、僕も苦笑しつつ答えるしかない。 朝比奈さんは、僕が多少無理をしているのを知っていても、僕に帰れとは言わない。 40度の熱で死にそうで有るならばともかく、それが『多少』の範囲で有ることが分かっているのなら、あえて口を挟まない……。多分、そういうことなのだろう。 彼女には彼女の領分が有るように、僕には僕の領分が有る。 彼女……、朝比奈みくるは、それを分かった上で、出来る範囲のことをしている。そして、それ以上のことをしようとはしない。 ……少なくとも、僕に対しては。 「はい、どうぞ」 「……ありがとうございます」 彼女が渡すお茶を、僕は何時ものように受け取る。 確かに彼女が言うように、今日の僕は少し風邪気味なのかもしれない。熱のせいだろうか、何だか余計なことを考えそうになる。 彼女……、朝比奈さんのことなんて、とやかく考えても仕方ないというのに。 「効けば良いんですけど……」 「気持ちだけでも充分ありがたいですよ」 不安そうな彼女の心を和らげようと思っても、何だか良い言葉が出てこない。気持ちだけ、何て言葉では、彼女は救われない。 「古泉くん……」 不安や心配を混ぜこぜにして詰め込んだその視線に応える言葉を、僕は持たない。 だって、僕が彼女に何かすることは出来ない。少なくとも、今は。 「やっほー、お待たせー」 のんびりとしているのか緊張しているのかよく分からない僕等の時間を破ったのは、涼宮さんだった。両手には、長門さんと彼。鞄を持ったまま人を引っ張ってくるとは、器用な人だ。 「あ、お茶入れますね」 朝比奈さんが、今現れた三人のためにお茶を準備し始める。 涼宮さんはざっと室内を見渡してから、僕の所で視線を止めた。それから、両隣の二人をぱっと解放して、僕のところまでやって来た。 「古泉くん、もしかして風邪じゃない?」 「えっ……」 「うん、やっぱり熱有るわ」 涼宮さんがさっと手を伸ばし、僕の額に触れる。 「あ、その」 「今日帰って寝た方がいいと思うわ」 「ですが……」 「団長命令よ、帰って寝て、しっかり風邪を治しなさい!」 涼宮さんが、僕に向かってびしっと指を突きつける。 「……了解しました」 涼宮さんの命令とあれば、逆らうわけには行かない。出来れば気づかれずにやり過ごせたらと思っていたけれど、こうなってしまったら反論しても意味が無いだろう。 僕は仕方なく、帰り支度を始めた。 「あ、あの……、これ」 そんな僕のところに、お茶の準備をしていたはずの朝比奈さんがやって来た。 「何か御用ですか?」 「これ……、このお茶、風邪に効くんです……。持って帰って、飲んでください」 朝比奈さんはそう言って、さっき僕に入れてくれたのと同じものらしい茶葉の入った包みを、僕に向かって差し出してきた。 「……ありがとうございます」 「さっすがみくるちゃんね、気が利くわ!」 涼宮さんが、朝比奈さんの背中をバンバンと叩く。 「あ、あの……」 「古泉くんも、みくるちゃん印のお茶があれば風邪くらいすぐ吹き飛ばせるでしょ!」 「……そうですね」 朝比奈さんお墨付きの風邪に効くお茶に、涼宮さんの保証つき。 これで効かなかったら嘘というものだろう。 僕は朝比奈さんから貰った茶葉をそっと鞄に仕舞い込み、学校を後にした。 見送る彼女の視線の意味には、気づかない振りをして。 ブログより再録、気づかないふりしか出来ない古泉(070712) |