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屋上への階段
その日の休み時間、涼宮さんが僕のクラスに訪れて「放課後、有希を連れて屋上まで来て」と言った。
用件についての説明は無し、何故長門さんに直接言わずに僕に長門さんを連れて行くように頼んだかという事についての説明も無し。
気になる部分が無いといったら嘘になるが、用件だけ告げて嵐のように去っていった彼女に理由を聞く暇なんて無かったので、僕は理由をあれこれ考えるのを一旦保留にして言われた通りにする事にした。
かくして午後の授業を終えた僕は、長門さんのクラスに行き要件を告げ一緒に屋上へと行くことになった。
SOS団の5人で居る時も真ん中か後ろに居ることが殆どの彼女は、今日も当然のように僕の斜め後ろを着いてきていた。
しかし、階段のところまで辿り付いた彼女はどういうわけか僕より先に進み始め、屋上まで後少しというところまでやって来てから突然歩みを止め何の躊躇いも無い動作でさっと踵を返し階段を数段降りてきた。
そして、突然のことにちょっと驚いて足を止めていた僕の二段上のところでぴたりと止まり、僕の方を見据えた。
元々の身長差が階段二段分でほぼ帳消しになるから、今の彼女と僕の視線の高さは大体同じという事になる。
「どうしましたか?」
「……」
首を傾げての僕の疑問に対しても、彼女は沈黙を保ったままだ。
口を結んだまま、表情を殆ど変えないまま、ただ、己の存在と立ち位置だけを主張するかのように、彼女はそこに立っている。
僕は仕方なく、彼女の視線を見つめ返すだけにとどまった。
彼女が何を考えているかは分からなくても、言葉を求められてないことは感覚で分かる。
何がしたいとか何が言いたいとかいうことではなくて、多分、ここでこうやって立っていること自体に何らかの意味が有るのか、そうでなければ、彼女自身も何かを模索する過程に居るということなのだろう。
それは僕には良く分からないことだけれど、僕がそれを否定する理由も無い。
階段で見つめ合ったまま何も言わずに時間だけが過ぎていくという奇妙な状態が、数十秒ほど続いた。
正確には74秒、暇だったので思わず数えてしまった。
「そろそろ行きませんか、涼宮さんが待っていますよ」
長門さんと同じ高さでじっと見つめ合うという貴重な経験は悪くないが、瞬きさえしているかどうか怪しい宇宙人製ヒューマノイドの彼女と違って僕は普通の人間なので、意味も分からないままじっと視線を固定しているという状態はちょっと疲れる。
それに、待たせている人が居るというのも紛れもない事実だ。
「……そう」
長門さんはほんの少しだけ首を縦に動かすと、さっと階段を昇っていった。
当然、今までの行為についての何の説明も無い。
だから僕には彼女が考えている事は良く分からなかったが、その部分に着いては余り気にしない事にした。
元々人間とは少し違う内面を抱えている彼女のことだ。物事への着眼点や興味を持つ部分が僕の理解の外にあったとしても、それはそんなにおかしなことではない。
僕はそれをちょっと変わっているなと思うことは有っても、怖いと思うことはない。
純粋に人間と違う機軸の上に成り立っている存在には興味を惹かれるし、それに何より、彼女を見ていると何だか小さな子供を見ているような微笑ましい気持ちになることがあるからだ。
癒されるというのとは少し違うけれども、僕は今みたいな出来事に出会うことが結構嬉しかったりする。
屋上に着いた僕等は涼宮さんからとある事を依頼され、それからちょっとまた面倒なことに巻き込まれる羽目になったのだが、それはまた別の話だ。
某所で頂いたお題、その1
距離感模索中以前かも知れない二人。(060920)