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dear my best friend/01


 あたしは今、部室で人を待っている。

 みくるちゃんが卒業して四人になってから続けていたSOS団の活動も、もうすぐ休止。
 本当は高校を卒業しても続けたいかも、何て思っていたりもしたんだけど、四人の団員の内二人が遠方への進学を決めちゃったから、そういうわけにも行かなくなっちゃったのよね。
 そりゃあ、みんなとずっと一緒に居たいって思ったりもしたわよ。
 でも、進路にまでは口を挟めないし、夢が有るって言うなら、応援してあげたいと思うし……、だからこれは、仕方ないこと。
 あたしだって、そういうことが分かるくらいの分別はあるのよ。
 それに、活動休止って言ったって、解散するわけじゃないものね。
 二人が戻ってきたら、また一緒に遊ぶんだもの!

 ……でも、お別れかあ。
 そう思うと少し寂しいわね……、みくるちゃんが卒業したときとは少し意味が違うことは分かっているつもりなんだけど、でも、やっぱり寂しいものは寂しいんだと思う。
 四人が四人とも希望の大学へ受かって、合格祝いパーティも終えて……、そんな時期だからこそ、こんな風にしんみりした気持ちになっちゃうのかもね。
 あたしは人を待ちながら、この三年間随分とお世話になった部室を見渡してみた。部室を飛び出したことも多かったけど、部室に居た時間も、長かったわよね。
 部室には、あたしが持ち込んだコスプレ衣装とか、有希が何時の間にか増やしていた本とか、古泉くんが持ち込んだゲームとか……、本当に、色んなものがある。
 こういうものも、そろそろ整理しないといけないのかあ。
 うん、やっぱりちょっと……、ああ、ダメダメ、今日はそんなことのためにここに居るんじゃないでしょう!
 あたしは、人を待っているんだから。
 あたしには、言わなきゃいけないことがあるんだから。

 トントンと、軽やかなノックの音。
「どうぞ」
 きちんと返事をするっていうのは、何だかあたしらしくないかも。
 まあ、返事をした後にそんなことを考えても仕方ないんだけど。
「おや、涼宮さんだけですか」
 古泉くんが、扉を開いて部室に入ってきた。
 あたしだけっていう状態が、彼には珍しく映ったのかしら。まあ、大抵は先ず有希が居るもんね。
「うん、二人にはちょっと買出しを頼んでいるの」
「そうですか」
 古泉くんは軽く頷くと、そのまま何時もの定位置になっている場所に腰を下ろした。
 変わらないなあ、この人は。
 そんな風に思いながら、あたしは古泉くんの向かい側のパイプ椅子に座った。
 何時もならキョンが座っている場所よね。
「どうかされましたか?」
「ちょっとね。……ちょっと、古泉くんと話したいことが有ったの」
 あたしは出来るだけ真剣な表情を作って、そう言った。
 遊ぶこととか楽しむことも真剣勝負って思っているけど、そういうのとは違う。
 今日は別に、二人で何か計画を立てようとかいうわけじゃないから。
「……僕と、ですか?」
「そうよ。……本当は、買出しっていうのも嘘。古泉くんと話したいことが有るからって言って、キョンと有希には先に帰って貰ったの」
「そうだったんですか……」
 古泉くん、ちょっと驚いているみたい。
 あたしが真剣だからかなあ。こういう風なあたしって、あんまり彼には見せたこと無い気がするし……、うん、でも、このまま行かせて貰おう。
「そうよ」
「ところで、お話とは一体なんでしょうか?」
「ああ、うん……。古泉くん、この三年間、楽しかった?」
「ええ、とても楽しかったですよ」
「本当に?」
「本当に」
「……迷惑とか思ったことは、無かったの?」
「そんなことは有りませんよ」
「正直に答えて」
 軽やかな笑みに、あたしは鋭く切り返す。
 一応これでも、三年間一緒だったんだから。少しくらい、その笑顔の裏側も……、ううん、あんまり、読めているって自信は無いんだけどね。
 ……でも、あたしの前での古泉くんが、何時でも本音を喋っているわけじゃないことくらい、ちゃんと分かっているの。
 古泉くんが、この三年間、どうしようもないくらい、あたしに気を遣ってくれていたこと……、そういうことは、ちゃんと分かっているんだから。
「……多少、度が過ぎているんじゃないかな、と思ったことはあります。でも、そういう部分も含めて、今となっては全部良い思い出ですよ」
 古泉くんは、ちょっとだけ思案顔になってから、そんな風に答えてくれた。
「……本当に、そう思っている?」
「ええ、本当ですよ」
「そう……。うん、まあ、そう思ってくれているなら、良かったわ」
「いえいえ、どういたしまして」

「ねえ、古泉くん……、この六年間、本当にありがとう」

 あたしの、言いたいこと。
 あたしが、言わなきゃいけないこと。
 あたしが知らなくて、あなたが知っていたこと。
 あたしが知らない間に、あなたに迷惑をかけ続けていたこと。
 あたしが何も知らない頃から、あなたが、あたしが壊そうとし続けていたこの世界を守るヒーローであったこと。
「えっ……」
 あっ、古泉くんが、完全に固まっている……、驚くとは思っていたけど、まさか、ここまでとは思わなかったわ。
 ここまで驚く古泉くんっていうのもちょっと珍しいわよね。古泉くんは、どっちかっていうと、あたしと一緒になって色々考える側のことの方が多かったし。
「六年間ありがとうって言ったのよ」
「……」
 唖然としているって、こういう状態を言うのかしら。
 普段と違う表情を見られて得した気分かも……、何て、言っている場合じゃないわね。
 今日の目的はそういうことじゃないんだから。
「キョンが全部教えてくれたのよ」
「……」
「問い詰めたら、全部ね。もちろん、みくるちゃんが未来人だってことだとか、有希が宇宙人だってことも含めてね」
 前々から、色々おかしいとは思っていたのよね。
 まさかそんな、馬鹿げたことが、本当に……、何て思ったりもしたけど。
 うん、でも、今は大丈夫。
 あたしはちゃんと、あたしを取り巻く世界の形を知っているから。
「……」
「だから、ね……。この六年間、本当にありがとう」
「……」
「ねえ、古泉くん。……古泉くん、あたしのこと、嫌いだった?」
「……いいえ」
 古泉くんが、ゆっくりと首を振った。
 何時もの笑顔じゃない、神妙な、でも、どこか優しげな表情で。
「本当に?」
「ええ……、あなたを嫌えたら、いっそ楽なんだろうな、なんて思ったことはありますけどね」
 少し、乾いた笑い。
 言いたいことは、分からないわけじゃない。
 嫌いになれたら良いのに、なんて……、うん、そういう時も、あるわよね。
「そう……」
「嫌うなんて、出来ませんでしたよ。……あなたも、あなたもきっと辛いんだろうって、そう、思っていましたからね……」
「そう……」
 出会う前の三年間。
 古泉くんが、どういう風にあたしのことを感じ取っていたのか……、あたしは、その全部を知っているわけじゃない、キョンから聞いた話から、その思いの輪郭を想像することしか出ない。そしてそれは多分、古泉くん自身しか知らないこと……、きっと、誰も立ち入っちゃいけないところなのよね。もちろん、あたしも含めて。
 だからあたしは、そこから先のことは訊かない。
 だけど、あたしは……、あたしが孤独と不満を抱えていた中学時代、あたしの反対側で、あたしと同い年の少年が、あたし以上の孤独と不安と理不尽さを抱えて戦い続けていたということ、忘れちゃいけないんだ。
 ……絶対に。
「別に、あなたが気に病む必要は無いんですよ。僕はこの三年間で、充分、埋め合わせ以上のものを貰ったと思っているんですから」
 古泉くんは、ぱっと笑顔になって、とても軽快な口調でそう言ってくれた。
 そう言ってくれて、あたしは少し安心できる気がした。
 もちろんそれだけで全部が全部、どうにかなるって話じゃないんだけど……。うん、暗い話はここまでにしましょう! っていう気分にはなれそうね。
 ありがとうって言って、それをちゃんと受け取ってもらえたなら。
 きっと、それで充分なんだから。……そういうものでしょう?
 ……あ、でも。
 これは、訊いておかなくちゃね。
「……それって、有希に会えたから?」
「えっ……、と、それは……」
「だって、こういう紆余曲折が無ければ、古泉くんは有希に会えなかったってことよね」
 あたしがそれを言うのはどうなのって気もするけど、そういう問題は一先ず棚上げよ。
 物事には優先順位って物が存在するんだから。
「いえ、それは、その……」
 あー、古泉くん、顔赤いし。
 普段好青年ぶっているくせに、こういうところは結構うぶよねえ。……まあ、そういうのも有りだとは思うけど。
「有希に会えてよかったとは思っているんでしょう?」
「……はい」
「じゃあ、良かったじゃない」
「え、ええ……。いや、その、長門さん以外のことも含めて、なんですけど……」
「一番は有希ってことにしておきなさい。そうじゃないと有希がかわいそうでしょう」
「はいっ」
 はっきり言い切るあたし、上ずった声で返事をする古泉くん。
「二番目はあたしね、次はみくるちゃん、あ、キョンは最後で良いわ」
 だってあたしは団長なんだもの、出会えて良かったって意味でなら、恋人の次の位置くらいは確保させてもらうわよ。
「は、はあ……」
「そのかわり、あたしの二番目も古泉くんにしてあげるわ!」
 ねえ、だって、そうでしょう。
 あたしの抱える孤独を、あなたは知っていた。
 だからあなたは、あたしを気遣っていてくれた……、それは、任務だとか役目だとか、世界を守るためとかだけじゃ、無いでしょう?
 あなたは、ちゃんとあたしを、見ていてくれたんでしょう?
 ……だからあたしは、あなたを、世界で二番目の人にしてあげる。
 恋人の次の、世界で一番目の親友にしてあげる。
「……あ、ありがとうございます」
 古泉くんが、真っ赤な顔のままぺこりと頭を下げた。
 何だか可愛いわねえ……。こんなに可愛い反応をしてくれるなら、もっと色々やらせてあげても良かったかもしれないわね。
 ……まあ、良いわ。残り少ないとはいえお別れまではまだ時間が有るし、卒業しても、一生会えなくなるってわけじゃないんだものね。
 だから古泉くんで遊ぶのは、またの機会で良いわ。……まあ、それも、古泉くんが困り過ぎない範囲、有希の不機嫌を買わない範囲でって話になるんだけど。
「有希のこと、ちゃんと幸せにしてあげるのよ」
「……はい」
 古泉くんは、真面目な顔で頷いた。
 顔は赤いままだったけど……、うん、これなら大丈夫みたいね。
 有希、あんた絶対幸せになれるわ。
 あたしが保証してあげるんだから、これは絶対よ!
「じゃあ、行きましょ!」
「えっ、行くって、どこへ、」
「坂の下でキョンと有希が待っているのよ。この時間からなら、充分遊べるでしょ!」
 あたしは席を立ち上がり、古泉くんの腕を引っ張って、部室を飛び出した。
 一緒に居られる時間は、もう少しだけ。
 こういう話をするのも大事かもしれないけど、これだけ話せれば充分よね。

 だから後は、全力で遊びましょ!


 
(080205)


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