springsnow

dear my best friend/02


 俺は今、長門と二人で坂道を下っている。
 どうしてかと言えば、団長様に、古泉と話したいことが有るから二人で先に坂の下まで行って待っていてくれと言われたからだ。
 俺としても長門としても特に逆らう理由は無かったので、こうして、二人一緒に通学路である坂道をのんびり下っているという状況にある。
 しかし、長門と二人きりか。
 この組み合わせも、今となっては結構珍しくなった気がするな。
 元々、こういう組み合わせで行動することが特別多かったってわけでもないんだが。
「話、なあ……」
 ハルヒが古泉に、一体何を話すのか。
 気にならないわけじゃないが……、いや、大体想像はついているんだけどな。
「……」
 長門は無言のまま、俺とほんの少しの距離をとったまま、ただ、淡々と坂道を下っている。
 もうすぐ、こいつともお別れだ。
 いやいや、朝倉みたいに消えちまうとか、朝比奈さんみたいに未来に帰ったきりもう二度と会えないかもしれないなんてのじゃない。
 遠方に進学することが決まったっていう、割合前向きな感じでの別れ方だ。
 長門が、やりたいことが有るから受験する、何て展開になったときは正直驚いたが、今となってはそんな数ヶ月前のことすら良い想い出って感じさえする。
 俺とハルヒは地元の大学へ、古泉と長門は東京の大学へ。
「なあ、長門」
「……何?」
 長門が、相変わらずの、淡い色の瞳を俺に向ける。
「この三年間、世話になったな」
「……良い」
「へ?」
「わたしもあなたに、お世話になったから。……多分『お互い様』という単語が相応しいと思われる」
 長門は少し言葉を探すような素振りを見せてから、淡々とそう言った。
 お互い様、なあ……。
「……いや、俺の方が大分世話になったと思うけどなあ」
 これが古泉だとか、谷口や国木田相手だって言うのなら、そうだな、なんて答えて笑い飛ばして良いところだと思うんだが、長門相手じゃそうもいかないだろう。
 この三年間、特に最初の一年あたりなんて、俺は長門に迷惑をかけっぱなしだった。
 段々その迷惑をかける割合も減っていったような気がするが、その分を何らかの形で返すことが出来たのかと言われると、あんまり自信が無い。
「わたしの言った『お世話』という言葉は、様々な行為、事象、感情が含まれた上でのものであり、当然その価値基準はわたしの中にしかなく、もちろん、あなたの言う『世話』という単語についても同様のことが言えるはず」
「えっと……」
「あなたがわたしの感情・思考を完全に理解することは不可能、逆もまた同様、つまりは、このような言葉や事象に対して、完全なる等価という概念自体がありえない」
「……あー、分かった。いや、実はよく分かってない気もするが……、うん、まあ、言いたいことは大体分かった」
 長門の長台詞は、相変わらず何を言っているか良く分からない。
 文章に書き出されていたり同じ言葉を繰り返してもらったりすれば話は違ってくるのだろうが、俺はこの長門の言葉を前準備無しにたった一回きり、それも結構な速さで聞かされているのだ。これだけで長門の言葉の意味が全部分かったら、ちょっと凄いと思うね。
 いや、俺は、こんな長門の長台詞をたった一度きりで理解することが出来る誰かさんを知っていたりもするんだが。
 まあとにかく、長門は、別にこんなことは比べるようなことじゃない、という風なことを言いたかったのだろう。……多分。
「……そう」
 一応納得してくれたのか、長門の長台詞がそれ以上続くことは無かった。
 この三年間で長門も結構変わったなと思えるんだが、妙に融通が利かなかったり、それで居て気を遣うことを覚えていたり、相変わらず喋る方はそんなに得意じゃなさそうだったりと……、うん、まあ、変わったところも変わってないところも含めて、やっぱり長門は長門なんだなって思うんだよな。
 それから俺たちは、無言のまま、坂の下までのんびりと下っていった。
 あんまりのんびりしていると話を終えたハルヒと古泉に追いつかれるんじゃないかと思ったりもしたが、坂を下り終えるまでの間に、後ろから飛び掛られたりドロップキックを食らったり、なんてこともなかった。
 騒がしい連中が居ないと、静かなもんだよな。

 しかし、坂を下りきったところでただ突っ立っているというのもなんだ。
 俺は話題を探しつつ、長門にもう一度話しかけてみることにした。
 よくよく考えたら、こういう風に長門と二人っきりで話すなんてこと自体卒業までもう無いかも知れないんだしな。
「なあ、長門」
「……何?」
「東京に行くんだったな」
「そう」
「出発は古泉と一緒か、いや、大学は違うみたいだけどさ」
「徒歩圏内、すぐ近く」
 さらりと答えたられたよ。
 惚気られたの間違いのような気もするんだが。
「あ、ああ……。そういや、司書になるのが、お前の夢なんだよね」
 図書館の司書、長門にはぴったりの仕事だな。
 でもってその仕事に着くためには、資格が必要だ。……ということを知った長門は、卒業と同時にその資格が取得できるためにの学校・学部に進むという選択肢を選んだ。
 東京の大学を選んだのは、それだけが理由じゃないと思うが。
「そう。……でも、私の夢は、もう一つ別にある」
 長門の口から将来の希望って意味での『夢』って言葉を聴けるっていうのも、何だか、感慨深いものがあるよな。
「もう一つ?」
「そう。そしてそれは、司書になることと両立できるもの」
「一体なんだ?」

「古泉有希になること」

 ……。
 ……一瞬、俺の頭はショートしたかと思ったね。
 長門が一体何を言っているのか、理解するのに時間がかかった。
 その間長門はと言えば、相変わらずといった感じで俺を見上げているだけだ。
「なあ、それって……」
「この国の婚姻制度では、夫婦になるもののどちらかが姓を変えるという法律になっている。また、一般的には女性の方が姓を変える場合が多いとされている」
「いや、それは、そうなんだが……」
 そんな、日本人なら……、少なくとも高校生くらいになれば誰でも知っているようなことを、今更真顔で説明されてもなあ。
 というか長門、それを言っていて恥ずかしくないのか……、いや、恥ずかしさより嬉しさが上回っているように見えなくも無い感じだが。
「なあ、長門。それは、古泉には、」
「もう伝えてある」
 ……それって、プロポーズって言わないか?
 いやいやしかし、高校三年生の時点でそれかよ……。そりゃあ、クラスメイトを始めとした同年齢の友人達を見回してみれば、一組くらい高校卒業してすぐ結婚しそうなカップルが居たりするもんだし、世間的に見れば、成人式の時点で子供を抱えている奴が一人二人くらい居るなんて光景も珍しくないんだろうが……。
 いや、だから、そういう問題じゃなくてだな。
「……古泉は、何て答えたんだ?」
「前向きに努力すると答えてくれた」
 前向きにって……、いや、まあ、あいつのことだから、多分、本気なんだろうが……。
 古泉は、最初の頃はちょっと好青年ぶったいけ好かない奴だと思っていたし、今でも見た目のイメージ自体はそんなに変わってないんだが、この三年間で、古泉の中身は案外外見とは違うんだなってことを俺も学んだわけで……、まあ、長門が本気である以上、古泉の回答も本気のものってことなんだろう。
 これから大学に進学する高校三年生同士のカップルの会話としては、ちょっとどうかと思わなくも無いが……。
「そうか」
「そう。……今は、それで充分」
 俺を見ているはずの長門の目は、どうやら、俺じゃない誰かを、いや、誰かって感じでもないな、とにかく、もっと未来を見据えているんだろうって感じだった。
 現実的に考えたら、長門のもう一つの夢とやらが叶うのは四年後以降か?
 まあ、結果的にエラーを起こす原因になったとはいえ繰り返す二週間を600年分続けるようなことが出来た奴なんだ。四年間待つくらい、何でもないことなんだろう。
 違うな、待つんじゃない。一緒に歩いていくってことになるんだ。
 そう、長門は古泉と一緒に歩いていく。
 一年の頃、俺が手を引いて図書館に連れて行った長門有希は、これからは、俺とは違う道を歩いていく。
 ちゃんと分かっていたつもりなんだが、改めて考えてみると、やっぱり、寂しいもんだよな。いや、寂しいと思っていたからこそ、考えないようとしていたって方が正しいのかもしれないけどさ。
「なあ、長門。……俺達、離れても親友だよな?」
「あなたが、そう考えるのならば……。わたしがあなたを『親友』とみなすことをあなたが了承してくれるならば、わたしは、それで、良い」
「了承も何も、俺は長門のことを親友だって思っているし、親友だって思ってもらいたいと思っているよ」
 何ともまあ、俺はくさい台詞を口にしているものである。
 しかも相手は恋人持ちとはいえ女の子だ、まあ俺にも恋人は居るけどさ。
 何か色々間違っている気がしないでもないな……、まあ、俺と長門の関係が、いや、俺達を取り巻く世界そのものが『普通』に収まるなんてことは全然無かったから、これで良いってことなんだろう。
「……そう、それなら、わたしたちは親友同士」
「ああ……、と、降りてきたな」
 しんみりしたムードになりかけたところで、坂の上の方から元気そうなハルヒの声が聞こえてきた。下りの階段でもひょいひょい飛ばしていくからか、引きずられている古泉がちょっと困り顔だ。それでも転ばないだけ偉いと褒めてやっても良いかもしれないが。
 さて、向こうが一体どんな会話をしたのか……、そういう話はそのうちハルヒか古泉のどちらかから聞くことになるのかもしれないが、今はその件については一旦お預けだろう。
 元気モード全開のハルヒと共に団員が揃ったら、やることなんて決まっている。
 今日はまだまだ、時間があるからな。



 
 リクエストを頂いたので某所より再録、成立前提+卒業式前の時期のお話です(080205)

Copyright (C) 2008 Yui Nanahara , All rights reserved.