springsnow

次の電信柱まで


予定の時刻になったのを確認し、わたしは本を閉じ立ち上がった。
同じようにわたしから少し離れた場歩で本を読んでいた古泉一樹も時計で時間を確認して立ち上がる。
場所は何時もの文芸部室、今日はわたしと古泉一樹の二人しか居ない。
 団長を含めた他3名の部員は、そのうちの一人である涼宮ハルヒの提案した用事により席を外している。買
 出しとのことだったが、何を買いに行くかは知らされていない。
また、外出を伝えられると同時に、指定の時刻まで戻らなかったら先に帰るようにとも言われている。
 今が、ちょうどその時刻。

涼宮ハルヒから預かった鍵を使い、彼が部室のドアを閉める。
「鍵を返しに行かないといけませんね。着いてきてもらえますか?」
「……」
わたしは無言のまま頷く。
従う理由はないが断る理由もない。

鍵を返したわたし達は、通学路である坂を下り始めた。
「……長門さんも、自分から話すことを覚えた方が良いと思いますよ。無理にとは言いませんが、そうすることで得られるもの、やりやすくなることなどが有るというのが僕の経験上から言えることです」
「……」
「長門さんもどうですか? 団員を始めとした周囲の人々との円滑なコミュニケーションのためにも」
 彼がわたしに問い掛ける。
「……あなたの言うことの意図は理解できなくもない。しかし、わたしにはその具体的な手段が思いつかない」
何をもって円滑と定義するかということについても各種意見があるところだろうが、彼の基準は彼自身か朝比奈みくる辺りに該当するのであろうということは、わたしにも推測できる。
しかし、わたしは他の誰かになることは出来ないし、真似出来るとも限らないし、真似がしたいわけでもない。

何より、わたしはわたしだから。

 けれどわたしは、彼の言葉を否定することまでは出来ない。
 円滑なコミュニケーションという事象に興味が無いとは言えないからだ。
「そんなに難しい話ではないんですよ。読んでいる本の内容に関することでも良いんですし……、まあ、日本語で説明できる範囲を越えているような本の話だとちょっと着いていけませんが」
 最近のわたしが読む本は、日本語以外の言語で書かれているものが多い。
 言語の違いというのは説明を阻む物の一つだし、何より、わたしは、読んだ本の内容を伝えるという才能が自分に有るとは思えない。
 本と言うのは、実際に読んで始めて意味をなすものだ。
 間に別の読者を挟んで説明するというのは、読んだ人間の趣向や性格などが反映され、情報が上手く伝えられない可能性が発生する。
 わたしとしては、出来るだけそういう状態は避けたい。
 上手く言語化出来ない無理に伝えようとして将来の読者候補を減らしてしまうなどという自体は、本に対して失礼だからだ。
「……」
「そうですね、じゃあ、僕が一つずつテーマを出していきますから、それに対して意見をください。そうしたら僕も何か言いましょう。……区切りは次の電信柱まで、これでどうですか?」
「……了解した」
電信柱の間の距離は、約30メートル。
 普段のわたしの歩き方なら、30秒弱の距離だ。
 わたしたちは先ず一番近い電信柱の所で足を止めた。
 ここが、スタート地点。
「ではまず無難なところで、洋服について。まあ、大ざっぱ過ぎても何ですから、好きな服とか……」
「制服」
 服と言われて、まず思いつくもの。
「え?」
「このセーラー服と呼ばれる服装は今日の制服と名の着くものの中では決して機能的な方とは呼べないが、わたし個人の活動にとっては日常生活を支障も無く送るのに重要なものとなっている。また、わたし個人もこの制服を好ましいものと判断している。その理由は、人間で言うところの『慣れ』や『馴染み』に該当する感覚だと思われる」
「……それだけ回答出来れば十分でしょう。ただ、日常的な活動への影響を考えるなら、学校以外では別の服を着た方が良い気もしますが。……まあ、この件は保留にしましょう、僕もあなたにはその制服が似合っていると思いますしね」
 わたしの回答に、彼が意見を述べる。
 円滑、なのだろうか。
「……」
 喋っていたら、次の電信柱まで1.6メートルの位置まで来ていた。
「さて、次は好きな色でも」
 一旦立ち止まってから、彼が次のテーマを口にする。
「白」
 これも、答えはすぐに出る。
「即答ですか、では、何故白なんですか?」
「……雪の色」
わたしは空を軽く見上げる。今は、雪は降っていないけれども。
「ああ、なるほど……」
彼も
同じように空を見上げる。
わたしと同じように雪が降るところを想像しているのだろう。
「そう言えば、以前機関誌でも書いていましたね……。ゆき、あなたの名前ですね。あまり一般的では有りませんが、名前を自分で付けられることが出来るというのも、浪漫が有りますね」
「……」
「普通、名前と言うのは物心着く前に他者から与えられる物ですからね。と、そろそろ次の電信柱ですね。次は――」
 彼が、次のテーマを口にする。
 坂を下りきるまでに、電信柱は後二つあった。
 最初のテーマ以外は彼の方が喋っていたような気がするけれども、わたしも、普段よりは喋っていた気がする。
 上手く喋れた自身は、あまり無い。

 けれど、こういう下校時間も、悪くないと思う。





 
 お題その3
 割と仲良しな二人。
 これは、他の三人の知らないところでこんな感じだったらいいなあ、という理想に近いです(061023)


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