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モノクローム


「オセロでもしませんか?」
 彼が何故私にそう話し掛けたのか、私には理解出来ない。
 彼、古泉一樹はオセロ及びゲーム全般が余り得意ではないらしいが、何故かそういう遊戯自体は好きらしい。
 本から得た知識を借りれば『下手の横好き』という言葉が相応しいかも知れない。
 私は彼の問い掛けには答えぬまま、ただ彼の向かい側に腰を下ろす。
 彼は何時も通りの表情を崩さぬまま、オセロを初期状態に戻す。
 オセロ、それは黒と白の駒を挟んで自分の色に染めていくというシンプルで明快なルールで行うボードゲーム。
 私にこのルールを教えてくれた人は、今日は掃除当番ということで不在だ。
 何時もなら、その人と古泉一樹というSOS団の男子二人の組み合わせでこういった遊戯に興じているのだが。
「どうぞ」
「……」
 一手置く毎に彼が私に微笑みかけ、私は無言でただ次の手を置く。
 8×8で64、そこから初期状態の4を引いて60。
 盤面上の60手を読みきることくらい容易いわたしからすれば、数手先程度さえ読めているかどうか怪しい彼の上手を行くのはそう難しいことではない。
 彼が黒、わたしが白。
 あっという間に盤面は白に染まり、半分と少しに達した所で彼が降参した。
 自分の陣地を増やせる場所が存在しない時は打つことが出来ないというのがオセロのルールなのだが、それを3回も繰り返せば勝負は見えているだろう。
 懸命な判断。
「長門さんは強いですね」
「……別に」
 彼が弱いだけ。
 わたしはわたしの能力が人間の規格の外に位置することを把握しているが、これに関しては反論の余地はあまり無いと思う。
 彼が少し表情を動かす。
 何時もの表情を殆ど崩さないままのそれを何と呼べばいいのかはわたしには分からない。
 わたしは彼から視線を外し、真っ白に染まった盤面を眺める。
 ふと、指先で摘んだままだった一枚を顔の近くまで寄せる。
 白と黒、シンプルで単純な色合い。
 対立構図を描く、二つの色。
「よろしかったら、差し上げましょうか?」
「……」
「オセロくらい、どこでも売っていますからね。新品を用意して差し上げますよ」
 そう言って、彼は笑う。
 彼が何を考えてそう申し出ているかは分からないが、読み取ろうとしても無理そうなのでわたしは余計な詮索をしない。
 自分に得手なことと不得手なことくらい、把握している。
 それに多分、彼には敵意も害意も無い。
 そもそも、限定的な能力を除けば地球人類の規格内に存在する彼がわたしに実際に悪影響を及ぼすこと事態がほぼ不可能なわけだが。
「……そう」
「では、今度用意しますね」
 私が肯定し、彼がそれを受けとる。
 こうして、私の部屋に物が一つ増えた。
 一人で定石を並べてみるなんてことはしないけれど、私は時々一人でオセロの駒を眺めている。
 白黒だけで作られた単純明快な世界が、ほんの少しだけ私を安心させる。




 
 何となく、有希の好みそうなもの(060902)


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