springsnow

スノウマーチ


 それは、とても残酷な告白だった。
 けれどもそれは、どうしようもない事実でも有った。
 事実を告げ頭を下げた既に卒業してしまった上級生に対して、僕等はそれ以上何かを言うことが出来なかった。

 帰り道、暫くの間僕等は無言だった。
 突きつけられた重い現実は、僕等にはどうすることも出来ない。
 僕等に、そんな力は無い。
「ねえ、古泉くん」
 沈黙を破ったのは、涼宮さんの方だった。
「何ですか?」
「古泉くんは、どうしたい?」
「どう、と言われましても……」
「どうにも出来ないって思ってるの?」
「……そうかも知れません」
「それって、悔しくない?」
「悔しいですよ。……でも、悔しいと思う以上のことは、出来ないでしょう」
「それは、そうだけど……。そうね、じゃあ、こうしましょう!」
 涼宮さんが、ぱっと笑顔になる。
 何か面白いことを思いついたときと同じ、満開の花のような笑顔。
 今は、そこに宿るほんの少しの翳りに、気づかない振りをしてあげよう。
「どうするんですか?」
「……あたしが、あなたの願いを叶えてあげるのよ!」
 残り時間は、あと僅か。
 僕等がここに居られる、残された、ほんの僅かな時間。
 一人の少女に残された力の欠片では、これから起こり得る運命は覆せない。
 僕等は、もう、その事実を知っている。
 でも……、まだ、ほんの少しだけ、出来ることがある。
 終わりが来る前に、出来ることがある。
「願いごと、ですか……」
「そうよ。三年分、ううん、古泉くんだけは六年分だから、これはあたしからのサービスなの! 利子付きなんだから、何でもどんと来いよ!」
 何でも、何て言えるほどのことが出来ないことは、多分、彼女自身も分かっている。
 分かっていても、そういう風に言うしかない。
 そういうときも、有るということ。
「……後で三倍返し、なんて言いませんよね?」
「言わないわよ、そんなこと」
「……」
「何でも、言ってよ。……あたしだって、できるだけのことは、してあげたいのよ。あなたのためにも、あの子のためにも……」
 尻すぼみになっていく声が、痛々しい。
 分かっている、分かってしまうという事実が、何よりも痛い。
 愛とか恋とかだけじゃ、どうにもならないものもある。
 そういう関係だけじゃ埋まらない、どうしようもないものも、たくさんある。
 彼女が求めた、自分ではない誰かの、ささやかな幸せ。
 そんなささやかな幸せさえ守れないことが、悔しくて仕方が無いのだ。
 僕にも、その気持ちは分かる。
 いや、違うな……、冷静な振りをしているだけで、きっと、僕の方が悔しいのだ。
 ただ、僕の方が彼女より、諦めることに慣れているだけで。
「……分かりました、それでは、」
 求めていることは、多分、僕も同じ。
 叶えられないことを知りながら、僕等は求める。
 この三年という時間を一緒に歩んできた、一人の少女の幸せを。

 ささやかな、幸せを。


 終わりまでの時間はあっという間に過ぎ、卒業式の日がやって来た。
 準備期間にすったもんだと色々あった末、卒業生代表で答辞を語るのは長門さんの役目になった。
 寡黙な彼女が、この三年間に有ったことを淡々と、けれど、とても幸せそうに語る姿を、僕は一生忘れないだろう。

 卒業式の後、僕等は既に大学生になっていた鶴屋さんを交え、五人で騒ぎまくった。
 朝比奈さんは既にこの時間には居ない。涼宮さんも、そのことをちゃんと分かっている。
 思い出話に花の咲く五人だけのパーティは、少し寂しくて、でも、とても楽しかった。

「……疲れている?」
 帰り道、僕は長門さんを送る役目を請け負い、二人で道を歩いていた。
 その途中、長門さんが僕に訊ねてきた。
「ええ、少しだけ。……でも、楽しかったですよ。楽しくて疲れるのは、良いことですからね」
「そう」
「長門さんも楽しかったですか?」
「……楽しかった」
 小さな、けれどとてもはっきりした声で、長門さんはそう言った。
「この三年間、とても楽しかった」
 長門さんが、淡々と言葉を続ける。
「あなた達と出会えて、本当に良かった」
「僕もですよ」
 気持ちは、多分同じなのだ。
 僕も彼女も、他のみんなも。本当に、出会えて良かったと思っている。
 大変なこともたくさん有ったし、何時も仲良くなんて風には行かなかったけれど、そんな、何もかもが、今となっては良い想い出だ。
 想い出を振り返るには、まだ少し早過ぎるかもしれないけれど。

「……もうすぐ、わたしの情報連結が解除される」

 長門さんが、ぽつりとそう呟いた。 
「知っています」
「……」
「この間喜緑さんに聞きました。もう、限界なのだと」
 去年卒業した彼女は、少し前に僕と涼宮さんを呼び出し、そう言った。
 長門有希という個体の稼動が、限界に迫っているということ。情報統合思念体の能力を持ってしても、卒業式のその日までしか持たせられないということ。
 彼がその場に呼ばれなかったのは、彼を呼び出すとややこしいことになりそうだという喜緑さんの、いや、情報等統合思念体の判断なのだろう。その判断は正しいと思う。彼は、涼宮さん以上にイレギュラーなことを引き起こしやすい人だから。
 だから僕等は、彼には何も言って居ない。
 彼には何も言わないまま、二人で、長門さんのために何をするかを決めた。
 後で事実を知った彼に怒られるかもしれないけれど……、でも、こうするしかなかった。
 それに……、僕には、一人で向かい合いたい、という気持ちも有った。
 今更過ぎるその感情は、本当に、僕の我侭みたいなものかもしれないけれど……、でも、今は、こんな我侭も、許されるのだと想いたい。
 長門さんのためにも。
「……」
「涼宮さんにも、もう、覆せないことなのだと」
 自身の力に向かい合うことになった涼宮さんは、余りにも脆弱だった。
 彼女には、長門さんの運命を変えるほどの力は無い。
「……」
「……バレンタイン、チョコをくれましたよね」
 貰ったのは、二月のこと。
 あれから、まだ一月も経って居ない。
「……」
「今年は『好き』って書いてありましたね。……正直、驚きましたよ」
 長門さんが僕に対して想いを主張をしてきた場面は、本当は、何度もあった。
 でも、僕は、気づかない振りをし続けた。
 そうすることが自分達のためだと、決め付けていた。
 何時か、こういうときが来ると……、そんな、予感が有ったから。
 そして彼女も、それを分かっているんのだと……、じゃれあうだけの、曖昧な関係のまま、終わりまで向かうのだと思っていた。
 だから『好き』だなんて……、でも、今はちゃんと分かる。
 それが、彼女の精一杯だということが。
「ホワイトデーまではまだちょっとあるんですが、今、そのお返しを、受け取ってもらえますか?」
 僕は片手を、空に翳す。
「……雪」

 まだ少し寒い三月の夜空に、白い雪が舞っていた。

 これは、僕が涼宮さんに頼んだ、長門さんのための、最後の奇跡。
 想いを受け入れることも、何かをしてあげることも出来なかった僕に出来る、最初で最後の……、
「自分で何か出来れば良かったんですけどね……、どうしても、これ以上のものが思いつかなくて」
「……これで、良い」
「長門さん……」
「これで、良い……、充分。……ありがとう」
 長門さんが、そっと僕の頬に手を伸ばす。
 雪が降りかかるその身体が、少しずつ薄れている。
 もう、残された時間は殆ど無い。
「僕の方こそ……、三年間、お世話になりました」
 伸ばされた腕ごと、細いその身体を抱え込む。
 何時もは誰よりも頼りになるはずの宇宙人製ヒューマノイドの少女が、今は、誰よりもか弱い存在に見えて仕方が無かった。
「わたしも……、あなたに会えて、良かった」
 そして僕らは、そっと、唇を重ねた。
 ここから続くことは無い、けれど、忘れることも出来ない。
 たった一度きりの、白い雪が舞う中の、儚い愛の証。

「……だいすき」

 最後の最後に、想いの全てを込めた言葉を残して、彼女は消えていった。
 もうすぐ、この少しだけ季節外れの雪も、止むことだろう。

 雪の名前を持つ少女にもたらされた、最後の奇跡と共に。




 
 某所に投下したものを再録。
 切なめ系ですが……(070109)


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