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すれ違いざまの一言 -extended ver


「やっぱり有希はちょっと地味すぎると思うのよね」
 涼宮ハルヒが、また勝手なことを言っている。勝手な言葉、勝手な評価……、でも、それが間違っているとは言えない。確かに、女子高校生の平均からすれば、わたしは『地味』と称される範疇に入る存在だろう。
「今んとこ上手く行っているみたいだけど、進展が有るわけでもないでしょ?」
「……進展とは?」
「だーかーらー、告白、まだなんでしょ?」
「……」
 指を立てての涼宮ハルヒの指摘に対して、わたしは答えることが出来ない。
 告白、という言葉が一体何を指し示すのかということについては、説明されるまでも無いけれども。
「今は良いけど、このままじゃなあなあになっちゃうわよ。それにね、古泉くんって結構もてるのよ? うちのクラスにも憧れている女子はいるみたいだしね。古泉くんがそんな女の子達にふらふらなびくとは思えないけど、つかまえておきたかったら、ちゃんと言わなきゃ駄目よ!」
「……どうやって?」
「どうやってって、それを考えるのは有希でしょ。……まあ、有希はそういうの考えるの苦手そうだけどね。そうねえ、出来るだけインパクトの有る方法の方が良いと思うけど……」


 涼宮ハルヒの提案した、インパクトの有る告白方法。
 それが主義に反するものならともかく、実益が有ると見込んだため、わたしはその方法を選んだ。

「大好き」

 移動教室から帰って来る途中の古泉一樹と休み時間ですれ違った折に、わたしは告白した。
 古泉一樹と、彼を含めた周囲の人々が沈黙する。……なるほど、確かにインパクトは大きかったようだ。
 皆、わたしがこのような方法で告白に出ると想像していなかったのだろう。
「あの……、待ってください、長門さん」
 そのまま通り過ぎようとしたわたしを、彼が呼び止める。
 予想外の行動というわけでは無いけれども、呼び止められてもわたしにはどうすればいいか分らない。授業の開始時間を考えると、事情を説明している時間は無い。
「あっ……」
 振り返るわたしの前で、彼が動きを止める。 
 何を言っていいか分らないということなのだろうか。
「大好き。……それだけ」
 そう、わたしが言うべき言葉はたったその一言だけ。
 ああ、もうすぐ授業が始まる。欠席を気づかれないように操作するのは容易いけれども、今は授業に出よう。その間、もう少し考えていよう。


 愛の告白をする。
 音に直すと十文字の言葉は、もっと短い言葉にまとめられた。
 そう、わたしは古泉一樹に好きだと言ったのだ。……ただし、返事はまだ聞いていない。わたしも混乱していたのだろうか、返事をもらうということをすっかり忘れていた。
 教室に入りクラスメイトに話しかけられた時点で、漸くそのことに気づいた。
 迂闊。
 わたしは、そこまでのことを考えていなかった。
 言ってしまってそれで満足というわけでは無いけれども、返事のことなんて……、それは、断られるのが怖いから?
 どうだろう……、分からない。
 確かに、彼がわたしの告白を受け入れてくれる保証なんてどこにもない。確かに最近は二人でいる機会も増えたが、何せわたしはインターフェースだ。普通の人間とは違う。
 そんなわたしを彼が選んでくれるだろうか。
「ま、でも、長門さんならきっと大丈夫よね」
「ああ、そうだねえ」
 クラスメイトが勝手なことを言っている。この子達の発言の身勝手さも、涼宮ハルヒと大差ない。
 でも……、今は、その大丈夫だという言葉を信じたい。
 例えそれが、根拠のない、単なる希望的観測のようなものだとしても。


 昼休み。
 何時ものように部室で過ごしながら、わたしは古泉一樹を待っていた。多分、彼はここにやって来るだろう。
 扉の向こうから近づいてくる慣れた気配を感じて、わたしは視線を持ち上げる。
 ゆっくりと開いた扉の向こうに、古泉一樹が立っていた。
「……来ると思っていた」
「ええ、来ますよ……。来ないわけがないでしょう」
 彼の性格を考えれば、わたしに事情を聞きに来ることは明白。 
「あの、先ほどの、三時限目と四時限目の間の休み時間の発言は……」

「あなたが好き」

 でも、もう一度。
 わたしがどうして告白したかより、わたしが告白したことの方が大事なのだと……、そう、思ってもらいたい。
 これは、わたしのわがままなのかも知れないけれども。
「えっと……」
「好き……、だから、言った。……だめ?」
 返事を。
 あなたの、こたえを。
「……だめ、というわけでは有りませんよ」
 溜め息にも似た短い吐息を吐いてから、古泉一樹は答えた。
 優しい語り口が、彼の気持ちを伝えてくれる。否定の否定、それは即ち肯定だということ。
 それは、回りくどいようでいて、本当はとても単純な理屈。
「良かった」
 ……他に、言うべき言葉が出てこない。
 受け入れてもらえる自信なんて、どこにも無かったから。自身も保障も無い、ただ、背中を押してくれた友人と呼んでも許されるかも知れない少女の言葉を信じて踏み出した一歩。
 それは、間違ってなかった。
 わたしは椅子から立ち上がり、彼の方へと向かった。
 ゆっくりと歩いてから、その胸元にしがみつくように。
 きっと、今なら許してもらえる。わたしには、その権利が有る。
「長門さん……」
「良かった……、本当に良かった」
「……どうして、あんな方法で言おうと思ったんですか?」
「涼宮ハルヒに勧められた」
 彼に事情を説明しておこう。……ここは、隠す必要は無いだろう。詳細を伝える必要は無くとも、きっかけくらいは。
「涼宮ハルヒがわたしがあなたに恋愛感情を持っていることに気づいて話しかけてきた。……有希はどうしても地味だから、出来るだけインパクトの有る方法で告白した方が良い、と、、涼宮ハルヒは言っていた」
「は、はあ……」
 涼宮ハルヒの名前は予想外だったのか、見上げた彼が少し不思議そうな顔をしている。……へんなの。
 涼宮ハルヒの本質はごく普通の少女だということは、彼も知っているはずなのに。
 そんな少女が、友人の恋路に口を挟んできても……、それは、そんなにおかしいことでは無いはずなのに。
「……いや?」
「いえいえいえ、そういうわけでは……」
「そう……、それなら、良かった」
 否定されないなら、それでいい。
 彼が、わたしを受け入れてくれるなら。
 ……わたしはそのまま、その場で目を閉じた。期待……、しても、今なら、許される。
 きっと、そういうことだから。
「長門さん……」
 肩を掴まれ、そのまま彼の方に引き寄せられる。
 そっと、唇が重なる感触。
 そのささやかだけれど確かな感触は、言葉以上に、彼の気持ちを伝えてくれる。
 良かった……、本当に良かった。


 
 お題その九。長門サイド(070619)


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