|
ローズクォーツ 六月。春麗らかな日々も過ぎ行き、そろそろ夏の暑さを感じる今日この頃。季節的には梅雨に突入しているはずなのだが、何故か本日の空は快晴だ。じめじめとした湿気と暑さを同時に感じるのと雨さえもふらない中で暑さに参るのとではどっちが良いかと考えても結論なんぞ出てこないが、今日に限っては晴れていて良かったというような気もしないでない。 何せ本日は中間試験最終日だ。 こんな日に太陽が隠れていては、ただでさえ暗い気分がさらに滅入ること請け合いだ。 さて、俺の学力が低空飛行状態に有ることは今更説明するまでも無いと思うが、テスト後の俺の気分はそんなに悪くない。 何故かと言えばつい先日までSOS団にて行われていた勉強会、実質的にはハルヒ以下俺以外のSOS団の団員全員による俺への指導も有ってか、結果はまだ出て居ないものの、一応の手ごたえらしきものを感じているからだ。とはいっても、赤点よりはマシの平均少し下程度だとは思うが。 何はともあれテストは一応終了した。 ここで俺が普通の文科系クラブの部員であれば、テストの終了と共に肩の荷を降ろし帰宅するところなのだろうが、我らがSOS団はテスト期間中だろうが部活動には無縁の学校行事の真っ最中だろうが通常営業中に間違いないので、俺はホームルーム終了後当然のように部室に向かうことになる。 いやはや、習慣というのは恐ろしいものだ。 部室の扉に手をかけるまでの間、俺は一度たりとも自分の行動に疑問を抱いてないと来ている。まあ、テスト期間中の団活動はほぼテスト勉強だけだったわけだし、本日にいたってはテスト終了後なのだから、学業、という点に絞ってみても、特に問題が発生するような行動が含まれていたりはしないのだが。 そうして部室に辿りついた俺は、何時ものようにノックを数回した。 「はぁい」 という可愛らしい声が聞こえて来て、部室の扉が開く。どうやら、部室の天使であるところの朝比奈さんは既にご到着の様子だ。 遮るようなハルヒの声が無いということは、ハルヒはまだなのだろう。出来るなら本日いっぱい来て欲しくないところだな、俺の平穏のためにも。 「こんにちは、キョンくん」 既にメイド服装着済みの朝比奈さんが俺を出迎えてくれたので、 「こんにちは、朝比奈さん」 俺も出来るだけ愛想の良い顔を作ってそれに応えてみる。まあ俺がどんなに努力したところで朝比奈さんの足元にも及ばないことは性差以前の厳然たる事実として存在する事象に間違いはないのだが、それはそれこれはこれだ。気の持ちようってやつだな。 朝比奈さんの後を追うように部室に入ってみると、古泉と長門もいた。古泉の目の前にはコンビニ弁当、長門は膝にコンビニ袋で手には菓子パン、朝比奈さんが座っていたと思われるパイプ椅子の前には小さなお弁当箱。昼飯時だから、それぞれ昼ご飯を食べていたということなのだろう。俺もここで昼飯を食うつもりだったしな。 「あ、キョンくんもご飯ですか」 「ええ」 半日上がりの日にわざわざ弁当を作ってくれている母親に一応の感謝をしつつ、俺は通学鞄から弁当箱が入った袋を取り出し、袋を開く。 「あっ」 特に何気ない、何時も見せているとは言えないもののそんなに不自然でも何でもないであろう俺の動作を目の前にして、朝比奈さんが軽く目を見開く。一体どうしたというのだろう。 「どうしました?」 「あの、お弁当袋が破けています」 「おっ……」 言われて始めて気づいた。 俺が持って来た弁当が入っている袋の、端っこのところが破けていたのである。擦り切れるほど使っていた物というわけでもないが特別丁寧に扱っていた物というわけでもないので、どこかで引っ掛けでもしたのだろう。 「お弁当、こぼれて無くてよかったですね」 「……ええ」 安堵するような声をもらす朝比奈さんを見ていると、思わず俺の頬も緩む。 ほんの些細な出来事では有るが、逆に言えば、こんな些細な、自分に直接関係ないしことを一々気にかけている朝比奈さんの姿というのは、その優しさや暖かさが間近に感じられてとても良いものだ。 ちょっと細かいことに目が行きとどき過ぎていて、それはそれで疲れるのではと思うときもあるのだが、朝比奈さん自の負担になっている様子はないから、彼女にとってはこれが普通、ということなのだろう。 「キョンくん、明日からどうするんですか?」 席につきお弁当を食べるための箸と口の動きを再開させた朝比奈さんだったが、俺の弁当袋の件が気になるのか、三口も食べないうちにそんなことを訊ねてきた。ちなみに朝比奈さんがお弁当を食べる速度はとてもゆっくりだ。朝比奈さんのお弁当は小ぶりだしすでに食べている途中なわけだが、この調子だと俺の方が先に食べ終わることだろう。 「ああ、これですか。……んー、家に何かあったかな」 何かも何も、探せば似たようなものはどこかに有るだろう。高校生以下の子供が複数居る家なんてそんなものだ。うっかりすると妹が幼稚園の時に使っていた当時流行の女の子向けアニメのヒロインの絵柄が入った物が出てきたりしそうだが……、それはさすがに嫌だな。普通高校生にもなった息子にそんなものを渡す母親は居ないと思いたいが、親というのは自分の子供のことを何時までも小さな子供だと思っているような生き物なので、この辺りは油断できない。 「あの……、わたしが作っても良いですか?」 視線を他所へやりつつぼんやりと考えを巡らしていた俺に、朝比奈さんが小さな衝撃を投下した。 「へ?」 「あ、迷惑だったら、」 「と、とんでもありませんよ! 朝比奈さんに作ってもらえるんでしたら、どんな物でも大歓迎です!」 朝比奈さんに作ってもらった物ならば、例えそれが雑巾以下の袋に見えないような袋でも、数十万円のブランド物以上の価値が有るに決まっている。……いや、朝比奈さんがそんなに不器用だってことは無いだろうが。 「本当? 良かったあ……」 朝比奈さんが、ほっとした様子で軽く息を吐く。 うむ、こういうところは本当に可愛いものだ……、しかし、良いのだろうか。俺の個人的な持ち物を、朝比奈さんに作ってもらうなんて。そもそも作るにしたって材料費がかかるだろうし、手間もかかる。 金銭的なことや時間的なことだけが気掛かりというわけでもないが、ちょっと申し訳ない気もするな。 「あ、あの……、わたしが作らせてもらいたいから、作るんです。だから、その、お金のこととか……、気にしないでくださいね」 俺の疑問を先読みしてか、朝比奈さんが片目を瞑って見せた。少し不器用にも見えるウィンクが、何とも愛らしい。 ……ちなみに俺と朝比奈さんがこんな会話をしている間、長門は平常モード続行中で古泉は遠目から眺めてきているという状態に有る。古泉が口を挟んで来ない分マシといえばマシだが、ニヤニヤ笑いで見るのは辞めろと言いたいところだね。……言ったら言ったで藪蛇になるだろうから、言わないけどさ。 「そういや、ハルヒは?」 「ああ、もう少しすれば来るはずですよ」 俺の問いかけに、古泉が気安い口調で答える。 何時もながらの爽やかスマイルから読み取れるものはあまり多く無いが、何となく、また妙なことが始まりそうな気配がしないでもない。 ここ暫くテスト勉強続きだったからな、ハルヒもそろそろ新しいことを思いつく時期なのだろう。古泉の方が先手を打って何かを用意した可能性も有るが、まあ、それはどっちでも良いか。 「ふうん」 今後の対策めいたことをあれこれと考えつつも、俺の思考は朝比奈さんに作ってもらえる弁当袋の方にシフトしつつ有る状態だ。ハルヒが何を言いだすか知らないが、それを補って余りある日常の幸せが有るなら俺はそれで良いし、俺は俺の幸せを守らせてもらおう。 そんなに器用に生きていける自信はないが、この二つくらいは俺にだって両立出来るのさ。 以下、続く |