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Maybe Girl 「あっ……」 学校へと向かう坂道へとさしかかった辺りで聞き慣れた声が聞こえてきた。毎日のように聴いている声の一つだがこの時間帯に出会うのは珍しい。何時もは俺の登校時間が遅い方だからかな。 「……はよっ」 振り返り普通に声をかけようとしたが声が上ずってしまった。歩いて数歩の距離に古泉が立っている。硬直している、と言った方がいいかも知れない。見慣れぬ俺の姿を見て驚いているのだろう。そんな古泉の姿を見て思わず俺の方も身を固くしてしまった。この距離からでも昨日よりも体格差が開いていることがよく分かる。女子の標準程度の身長しかない今の俺から見ると古泉は大きかった。顔立ちも何も変わらないのに、自分の方が変わっただけでも印象って変わるものなんだな。母親や妹を見てもなんとも思わなかったのに。……それは、やっぱり、相手が古泉だから何だろうか。俺がこうなりたいと願ったのは、ただ一人古泉のためだ。 「まさか、本当に……」 「その、まさかみたいだな」 俺の声が少し震えているのは俺の方も戸惑っているからだと思ってくれるだろうか。古泉は俺がどうしてこの姿になったのかを知らない。ただ、昨日までの俺は男で、でも、今日からは何故か女の姿になってしまったということとそれが当たり前になってしまっているということを知っているだけだ。これで原因不明だなんて、都合が良過ぎないか。最も長門の親玉やハルヒみたいな反則すれすれの存在が複数存在する世界でわざわざご都合主義を気にする必要なんて無いのかも知れないけどさ。 「一体、どうして……」 「それが分かったら苦労しないだろ」 「それは、まあ、そうですが……」 はっきりとしたことを言えない俺に対して古泉は何だか凄く不自然な表情をしている。取り繕うことも戸惑うことも忘れたまま俺の全身を眺めているってのはどういう了見なのだろう。幾ら恋人同士とはいえこんな往来の真中でじろじろと見つめられるのはどうかと思う。 「おい」 「あ、その……、奇麗だな、と思いまして」 「……は? 俺が?」 「ええ、もちろんです」 日頃俺に対して必要以上の美辞麗句を並べる時と大差ない表情で古泉は言い切った。思わずげんなりしそうになるところだが勝手にテンションを下げている場合では無い。昨日までの見慣れた自分の姿についてあれこれ言われたところで聞き流すだけだったが今日の俺は昨日までとは違う姿だ。女になってしまった俺の姿形は古泉の目にどういう風に映っているかってのは俺にとても気になるところだ。 「奇麗ですよ。その顔の造作一つ一つも、黒い瞳も、髪型も、」 「いや、それ以上言わなくて良い」 訊こうと思った俺がバカだったのかも知れない。古泉が俺の容姿をこれでもかというくらい持ち上げてくるなんて想像がついていたじゃないか。こいつは元々同性愛者じゃないから俺が女になったところで何も困らないしそれを理由に俺の評価を下げるなんてことも有り得ない。俺は俺、そういうことなのだろう。 「ああ、そうですね……。すみません、あなたが言われたくないことだというのを失念していました」 「……ん?」 言われたくない? 何故そうなる。俺は別に聴くのが嫌だってわけじゃない。ただ、確かめる必要なんて無いと思ったし往来の真ん中で聴かされ続けるのはどうかと思っただけだ。俺は良いが明らかに近所迷惑だ。そろそろ周囲の生徒達の視線が痛くなってくる頃合いだ。SOS団に所属している以上多少のことなら見逃してもらえるようだが限度というものが有るし世の中には好奇心旺盛な連中も居る。一緒に外を歩けるような関係を望んだのは確かだがだからといって必要以上に他人の好奇の的になる必要は無いだろう。 「あなたにとっての非常事態だというのにまるでそれを喜んでいるかのようなところを見せてしまうなんて、配慮が足りない証拠ですね。すみません、以後気をつけます」 「あ、いや……。別に、気にしてないぞ」 そういや、そういうことになっているんだったな。いけないいけない。思考がとっ散らかり過ぎてついつい忘れそうになってしまう。これは、俺にとって非常事態で有るべき出来事なんだ。まさか俺が自分からこの姿を望みましたなんて口が裂けても言えるわけがない。古泉のために何かしたいと思ったからこその選択だがそうして選んだことを古泉に伝えたくは無いのだ。これはあくまで突発事項、幸運な方向に転がすことが出来るかもしれない偶然。もし、俺が選んだなんてことが伝わったら、古泉がどんな反応をしてくるか予想もつかないし……、そんな危険な橋は渡りたくない。 だから俺は出来るだけ動揺している振りをしなきゃいけない。最初のうちは継続を望んでいる素振りを見せるのもダメだ。少しずつ少しずつ、戻ることを諦めて現実を受け入れていっているように見せなきゃいけない。 「そうですから、それなら良いのですが……。早く戻れると良いですね」 「……ああ」 俺を安心させるかのように肩を叩いた古泉の手は大きくて優しかったけれども、そんな古泉に真実を告げられない罪悪感で俺の胸は少しだけ痛んだ。 以下、続く |