雪融けを待つよりも
(本文p8〜9、p20〜22より)

 ――不思議探索の名目のもと涼宮ハルヒ以下SOS団の五人で行動を共にしていたその日、涼宮ハルヒがその場の思いつきでランジェリーショップに入って行ったため、男性陣、つまり、僕と彼だけが店の外に取り残された時のことだ。
 そこはショッピングモールの中では有ったが、内部が吹き抜けになっている構造のためか店の外では木枯らしが吹いていた。
「全く……、何もこんな時に行かなくても良いじゃ無いか」
 彼の不満は、多分、男女一緒に行動しているときに、というのと、こんな寒い日に、というのの両方にかかっているのだろう。
「一緒に入って欲しいと言われなかっただけ良いじゃないですか」
 彼の気持ちも分からないわけでは無かったが、最悪の事態にならなかっただけマシだとも言える。何せ涼宮ハルヒは時々男を男と思わない行動を取るような人物だ。最近では多少の恥じらいも出てきたようだが、まだまだ油断は出来ない。
「……そりゃ、そうだけどな」
 相変わらずの不満顔を維持するものの、彼はそれ以上反論めいたことを口にはしなかった。時間を埋めるための会話を探すべきか、それともこのままここで突っ立ったままでやり過ごすべきかと思ったところで、唐突に、本当に唐突に、彼がその手で僕の手を握って来た。
 その動作が余りにさりげなさ過ぎて、一瞬何をされたか理解出来なかったほどだ。
「お前、手、冷たいな」
「……今日は寒いですからね」
「そういう問題じゃないと思うんだが」
 じゃあ、どういう問題だと言うのだろう。そもそも僕の手が冷たいという事実と、その手を彼が握っているという事象が全く持って繋がらない。暖めてやるよ、などという嘘か本当か分らない言葉を呟きながら顔を逸らす彼の考えていることは、良く分からない。
 ……いや、分からない、というわけでは無いのだが。
「これだと、片手だけですね」
「一々文句言うな。大体、両手ってどうやるんだよ」
「こう、ですか?」
 身体を捻って角度をずらし、空いていた左手で彼の右手を握りしめる。ちょうど正面から向き合うような形だ。そこで軽く笑いかけてみたら、彼がぱっと顔を逸らした。頬が僅かに朱に染まっているように見えるのは、きっと、僕の気のせいじゃない。




「感度、良いんですね」
「な、何言って……」
「良いじゃないですか、気持ち悪いよりは気持良方が良いでしょう?」
「っ……」
「……ねえ」
 呼びかけるようにしながら、耳元に息を吹き込む。震える身体を抱きしめる代わりに逃げようとする唇を唇で塞いだ。半開きになっていた唇の中にするりと舌を滑り込ませ、歯列を舐めていく。彼は相変わらず震えていたけれどもその咥内は熱く、僅かな抵抗さえなかった。
 唇を離し、奥底に小さな火を灯したような瞳を見据えたまま、その手で下腹部を探る。見えなくても、布越しに触れた感触で彼が反応を示していることが分かった。触ってもいなかったのに。
 既に窮屈そうだなと思いながらも、焦らすように布の上から何度もすりあげていく。時折漏れる彼の声に煽られていくみたいだ。足を絡めるようにして、服越しにこちらの性器をその場所に擦り合わせる。男同士で何をやっているんだか、と頭の中の冷静な部分が訴えかけているけれども、気持ち良いことには間違いなかった。
別に彼を悦ばせたいわけでは無かったが、多分、彼も感じているのだろう。
「こ、古泉……」
「……どうしました?」
「どう、も、何も……」
「あなたが何も言わないなら、僕はこのまま続けさせていただきますけど」
「な、お前、そんな……」
「……冗談ですよ。このままだとこちらも苦しいですからね」
 そう言って、返事を待たずに彼のズボンのベルトに手をかける。外しづらいとは思いながらも、視線は彼を見据えたままにして。それに見えない位置では有るものの一応の構造は分かるから、外せないわけでは無い。彼が肩を竦めたのは、恐怖ゆえだろうか。
 ベルトを外し、下着ごとズボンを半ばまで引きずり下ろす。
「ああ、もうすっかり固くなっていますね」
 そう言ってやると、視線が逸らされた。そんなことをしてもこちらを煽るだけだということに彼は気づいているのだろうか。いや、気付いていないのだ。彼は、自分の行動が他人にもたらす影響の大きさに気づいていない。気づいているようだったら、もっと違う立ち回り方をしていたはずだ。その方が、お互いのためだったのに。
「うわっ、な、何を、」
 全部脱がすのも面倒だと思って、腕の中の身体をひっくり返した。この体勢からなら脱がし切らなくても良い。
「後ろからの方が良いらしいですから」
 尻のあたりを撫であげると、彼が小さく悲鳴のような声をあげた。怖いのだろう。当たり前か。まさか男に犯されることになるなんて、ほんの十数分前まで想像もしていなかっただろうから。でも、こうなったのは彼の責任でも有る。不用意に他人の領分に踏み込み引き金を引いてしまった挙句、拒否さえもしなかった。
 文字通り及び腰になっている腰を左手で捕まえ、右手で制服のブレザーに入れたままになっているハンドクリームを取り出した。冬や多少肌の渇きが気になるので持ち歩いていたのだが、まさかこんなところで使うことになるとは思って無かった。これで、何も無いよりはマシだろう。手に取ったチューブ状のクリームの中身をそのまま入り口の周辺に絞り出す。ハンドクリームが冷たかったせいだろうか、彼が小さく息を飲む音が聞こえた。