さて諸君、男の浪漫というものをご存じだろうか。
 いきなり何を言っているんだと言われるかもしれないが、世の中にはそういうものが存在する。宇宙に憧れたり、ロボットアニメに影響されて本当にロボットを作る人になりたいと思ってみたり、自転車で日本一周をしたいと思ってみたり……最後の一つは微妙に違う気もするが、そういう、女性には理解されがたい(と、されている)各種願望のことをまとめてそう表すわけだ。中には下世話な方面に関してそういう表現を使うこともあるし、今俺が直面している件もそっち方面のような気がするのだが。いや、別に俺が邪まな願望を抱いているってわけじゃないぜ? 俺はどっちかっていうとその被害者だ。下世話な、と称した以上大抵の場合異性絡みとなるわけだが、どうして俺がその受動側となっているのか。……正直なところ俺自身にもその理由などさっぱり分からなかったが、俺の横に立ち手伝いますと言いながらも邪魔にしかなっていない男は、男の浪漫がどうのこうのと口にしやがったのだ。
浪漫、浪漫ね。そりゃお前は浪漫という単語を口にしても許されるような容姿の持ち主で間違いないと思うが、だからってこんな時にそんな表現を使わなくたって良いじゃないか。
そういうちょっと歪んだ、浪漫という単語を当て嵌めるのに若干抵抗はあるものの、所謂「男にしか理解出来ない」願望の数々を、俺だって、持って――いる、と言っていいのかどうかという疑問はあるが、同じ男である以上、多少なりとも理解しているつもりだ。
 しかしながら、理解しているのと納得しているってのは別のことだ。えらく在り来たりな表現で申し訳ないが、在り来たりなものってのはそれだけ普遍的に存在することだと思っていただけるとありがたい。いや、こんなことが普遍的に有って欲しくはないのだが……。というか、有っちゃダメだろう。古泉のような大バカ野郎なんて一人いれば充分すぎるくらいだし、見知らぬ誰かが俺と同種の苦労を背負っているところはあまり想像したくない。
「よくお似合いですよ」
 なあ、誰かピストルをくれないか? 出来れば弾は二つで。
 こいつを殺して俺も死ぬ、というのが今なら躊躇いなく実行できそうだ。あー、でも、この恰好のままは死にたくないな。死ぬとしたら、古泉を殺して、ついでにその服を奪ってからだ。人を殺した揚句着ている服を奪うなんてモラルの欠如にもほどが有るが、この恰好のままでは死ねない、死にたくない。ついでに言うと死人の服を脱がすなんて面倒なこともしたくない。
 今俺が包丁を手にしているのに古泉を刺さないでいるのは、きっと、面倒なことは嫌だ、というごくごく簡単な理由によるものでしかないのだろう。
「うっさい」
 肘鉄を喰らわせつつ、俺は深い深いため息をついた。
「かわいいなあ」
 絶望の色が混じった空気が、古泉の笑顔によって一瞬で振り払われる。暗い雰囲気よりも明るい雰囲気の方が勝っているというのは、一般的・普遍的な意味でなら、喜ばしいことになるのだろう。しかしながら、今の俺にとっては明らかに逆効果だった。
 だって、なあ。
 ……男が裸にエプロンだけなんて状態で明るい顔をしていたら、その方がヤバいだろう?

 そう、俺は現在、いわゆる一つの、裸エプロンという状態にあった。一々断っておく必要もないだろうが、自分で望んだわけじゃない。
全部古泉のせいだ。


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