トライアングル


「あたしね、たまには違うやり方を試してみるべきだと思うのよ」
 SOS団恒例となっている突発的な出来事――突発的なことが『恒例』などというのもおかしい気がするが、実際にそうなっているんだから仕方ないと言うか、これは厳然たる事実である。大体においてハルヒの一声によって始まるそれは、本日も当然のようにハルヒの口から発せられた。
 ハルヒが妙なことを言い出すその場所は、それこそ学校の教室で有ったり部室で有ったり、時に廊下や校庭、川辺で花見中などなど、まあ、色々な場所であるわけだが、本日はそのどれでも無く、学校では無いものの学校で集うのの次くらいにお馴染みとなっている週末の市内探索でのことであった。
 午前中は特に変わったことはなかった。何時も通り籤を引いて班を決めて適当に街をぶらついて終わった。このままだと午後も似たようなものだろうなと思っていたのに、何思ったのかハルヒは突然そんなことを言い出したのだ。
 なんで今更。
 この市内探索の目的はハルヒ曰く不可思議な超常現象などを探すための物らしいが、今までのところ成果らしい成果は何も上がっていない。もちろん成果なんて物が見つかっちゃ困るわけだが、別に成果なんて無くてもハルヒの機嫌さえ損ねなきゃそれでいいのだ。これは半分古泉からの受け売りみたいなものだが、俺も一応そう思っているし、朝比奈さんだってきっと同じように思っているし、もしかしたら長門も薄々程度に同様のことを意識しているかも知れない。
 休日を一日潰すだけでハルヒの機嫌が維持されるならそれで充分だなんてところまで達観しているつもりは無いが、どういうわけか今のところ班決めのくじ引きの結果で俺とハルヒが同じ組になったことは無いので、放課後に振り回されている時よりは俺の負担が減っていることは確かだろう。
 ハルヒのことを別にすれば、朝比奈さんとウインドウショッピングを楽しめるのは良いことだし、長門と図書館でまったり過ごすというのも息抜きになるし、古泉と割合暇な男子高校生同士の日常を送るのもそんなに悪くないと思う。
 今までのことを振り返ってみても、探索の過程で予定外の妙な自体に遭遇したり恥ずかしい目に有ったりということは殆ど無かった。一部例外が有りそうな気もするが、少なくともハルヒが自分から巻き起こしたようなことに出来事に遭遇したことは無い。
 ……なんて風に、楽観的に考えていたのが間違いだったんだろうか。
 午前中を朝比奈さんと長門の両手に花という嬉しいけれどもちょっと緊張する状態で過ごした俺は、そんなハルヒの提案により暗澹たる気持ちになりかけていた。幸せの後には必ず不幸がやって来るってことなんだろか。出来れば順番を逆にして欲しいものだしその方が後味が良いと思うんだが、そうは問屋が卸さないってことかね。
「一体何をするんだよ」
 どうせ誰も訊かないので俺が先を促すことになる。長門が口を挟まないのはまあ良いとしてたまには古泉か朝比奈さんにこの役目を譲ってみたいところだが、この二人、たまに地雷を踏む。――俺も人のことは言えないんだが。
「午後はね、待ち伏せをしようと思うの」
「待ち伏せ?」
 一体何をだというツッコミはもうこの際必要ない気もするのだが、一応聞いておくべきなんだろうか。一向に来る気配の無い未知の来訪者を探すのに嫌気が差し自分から探そうと言い出しSOS団なんてものを作った女が、どうして今になって待ち伏せなんてものを提案するのか。細かいことに触れるとそれこそ藪蛇に終わることは目に見えているので、俺の質問自体はオウム返しの範囲を出なかったわけだが。言いたいことが言えないってのはもどかしいもんだ。
「そう、待ち伏せよ。ああ、ネットとかを調べて重要スポットはちゃんと絞っておいたから、あんた達はそれぞれ赴くだけで良いわ」
 ハルヒはそう言って、一枚の地図を俺達の目の前で広げた。


 ――そんなハルヒの突然の提案により、今俺は古泉と二人で市内の外れにある公園に居た。
 男二人で同じベンチに腰掛けているという光景はどうかと思うんだが、ご丁寧なことに座る場所まで指定されたためこんな状態になってしまっているのだ。ハルヒが居ないんだから別にそこまで律儀に実行する必要は無いような気もするんだが、当のハルヒが不定期で見回りに来るという宣言を最初にしているし、目撃情報が人伝に伝わる可能性も有る。見られていないだろうと思って油断し痛い目に会った経験はそう多くないんだが、万が一、という可能性は考慮しておくべきだろう。
 ハルヒの説明通りなら、長門と朝比奈さんも別の場所で俺達と似たようなことをしているんだろう。男二人に比べれば女子二人の方が微笑ましいというかなんというか。ま、向こうは向こうで朝比奈さんが緊張していそうだが。
 それにしても、男二人、しかも暇を潰せるような物が何も無いという状況は面白くも何とも無い。暇だ。大いに暇だ。ふと時計を見てみたが、まだやって来てから10分も経ってない。
 これで一時半から五時まで待機ってのはかなり辛いものが有る。だって三時間半だぞ三時間半。趣味の合う友人同士ならいざ知らず、俺と古泉じゃどうしようも、ってことはないが、俺の方から用意できる話題なんて殆どないぞ。世間話のネタなんぞ一時間かそこらで尽きること請け合いだ。
 おまけにどういうわけか何時もならベラベラ喋るはずの古泉が今日は沈黙を保っている。そういやさっき飯を食ったファミレスでも全然喋って無かったような気がするな。ハルヒに気を取られてすっかり忘れていたが、こいつは普段はもうちょっと喋る方なはずなんだ。
 何で喋らないんだ? などと聞くのもバカバカしいので一々聞く気も起きないというか、聞くのも躊躇われるんだが。重っ苦しいというほどじゃないが、暇過ぎる上に会話も無いこの状態は少々厳しいものがある。うざったいお喋りも、この沈黙に比べればマシなのかも知れない。
「暇だな」
 ぼんやりと空を見上げても何も見当たらないのだが、人間、暇になると空を見上げるように出来ているのかね。幾ら暇だとはいえ雲の形が変わっていくのを延々眺めているような趣味はないんだが。
「……暇ですね」
 ぽわわんと、どこか気が抜けたような返事が戻って来たのは俺が呟いてから暫くしてからのことだった。
「お前、疲れているのか?」
 らしくないな、と感じたと同時に辿り着いたのは実に安直な結論だった。だってそうだろう? 何時も喋ってばかりの古泉がいきなり口数を減らしたうえ反応も鈍らせているんだ。他の理由が思いつかん。
「あ、いえ、そんなことは……」
「正直に言え」
「……少し、寝不足なんです」
 古泉はちょっと苦笑気味な表情を作ってからそう答えると、ふあぁっ、と小さな欠伸をした。古泉が欠伸なんて、なかなか珍しい場面なんじゃないか。
「昨日、夜遅くにアルバイトに呼ばれてしまって……」
「閉鎖空間か?」
「いえ、閉鎖空間では有りませんよ。……『機関』絡みであることは確かですが」
 古泉が人差し指を一本口元に寄せた。
 そういうのは女の子がやるから可愛いので有って、良い年した男がやる物じゃないだろうと言いたいところだったが、俺は口を吐いて出そうになった文句をぐっと飲み込んだ。ここで主題と違う部分にツッコミを入れるとそのまま話を違う方向に逸らされかねない。それにこれは、秘密ですとか言えませんとか、朝比奈さんの『禁則事項』と似たようなことを意味する合図みたいなもんだ。今までの付き合いという経験値が有るんだ、そのくらいのことは分かる。とはいえこいつの場合、言いたくありませんっていう自分の意思も込みなんだう。古泉が所属する『機関』は超能力者を有する集団とはいえ基本は通常人類の集まりのようだから、朝比奈さんの上に居る連中や長門の親玉みたいに、各個人の発言に対して一種の催眠を施したりロックをかけたり――なんてことは出来ない、と思う。
「寝てないのか?」
「帰って来られたのが夜明け過ぎでしたから、そのまま寝たら寝過ごしそうだと思ったので、結局徹夜してしまいましたよ」
 今日の集合時刻は九時であり、おまけにSOS団の集合時間は前倒しが基本だ。一番最後に来る俺ですら三十分前には到着していることが殆ど何だ。古泉を含めた他の連中は一対何時頃に来てる事やら。
「……休めよ」
 集合時刻を考えたら徹夜するって選択自体は間違っちゃいない気もするのだが、何も徹夜してくることも無いだろう。映画撮影や合宿ならまだしも、今日のはただの探索だ。何か明確な目的が有るわけでもない。
 よくよく見たら顔色もあんまり良くないし、動作もどこかぎこちない。
「無理ですよ。いきなり風邪を引いたなどと言うのも不自然ですし、普通の高校生には深夜のアルバイトは出来ませんから、アルバイトとも言えませんしね」
 風邪やアルバイト以外にも、色々と言いわけの方法は有ると思うんだが。それこそ法事でも葬式でも、家庭の用事でも良いじゃないか。ハルヒのことだから、家庭の事情って単語を使えば多分一発KOだぜ。さすがに一日限定に限られるだろうが。
「寝ろ」
 普段の古泉だったら言い訳を用意するくらい朝飯前だったはずだ。それが出来なかったってことは、相当疲れていたってことだろう。そんな状態で無理をするんじゃない。
「ですが……」
「良いから寝ろ、ハルヒが近づいてきたら起す」
 視界に入ってから頭を叩くなり身体を揺するなりすれば充分起きれるだろう。というかハルヒが登場する場合は大体でかい声とともに現れると相場が決まっているから、俺が起こす必要すらないんじゃないか。
「……」
「別に寝顔に悪戯とかはしないから、寝とけ」
 古泉のような整った顔立ちの奴の顔に悪戯をすると言うのもなかなか楽しそうだが、眠気でふらついているよな奴にそんなことをしたらただの駄目人間格闘だろうし、俺はそこまで駄目な奴になったつもりはない。
「……すみません」
 古泉はこくりと小さく頭を下げると、ベンチに軽く座り直してから目を閉じた。整った寝息が聞こえてくるまでほんの十数秒もかからなかった。相当疲れていたってことか。
 こいつもいろいろ苦労しているのかね。
 俺には何も言って来ないし、訊いたところで説明してくれるとも思えないんで普段は気にかけないようにしているんだが、こういう弱っているところを見せられるとやっぱり少しは気になるんだ。
 気になるって意味でなら、長門や朝比奈さんのことも気になるんだが、古泉の場合あの二人とは決定的に違う要素が有る。長門はそもそも人間じゃないし、朝比奈さんは見た目や能力的には普通の人間とそう変わらないらしいが、俺とは生まれ育った時代が違う。けれど古泉は、俺と同じ時代に生まれた普通の人間だ。今はその『普通』と言う単語の上に『元』という単語がつくわけだが。
『機関』とやらは、そんな普通の、普通の……普通の子供に、一体何をさせているんだろうか。偶然によって選ばれた時の古泉はまだ子供と言える年齢で、今だって大人と呼べるような年齢じゃないはずなのにな。年齢を多少誤魔化している可能性は無くも無いが、もしそうだとしてもまだ未成年の範疇だろう。見た目から考えて、古泉が俺より三つ以上上ってことはないだろう。少なくとも、三年前、いや、四年前の古泉は、今の俺よりも幼かったんだと思う。
『機関』には世話になったことも有るし森さんや多丸兄弟は基本的にいい人だと思うんだが、だからと言って『機関』全体を良い印象で塗り固めてやれるほど俺の思考はおめでたくない。
 現実に考えで、高校生って立場であるはずの年齢の日本人がどこかの秘密組織の一員だって時点で相当無茶がある。そういう風な立場にしてやらないと古泉自身が苦しかったのかも知れない、なんて言うのはただの詭弁だ。
 古泉が能力者であることと組織の一員であることは、等号で繋がるわけじゃない。
 これは俺の勝手な想像だが、『機関』が古泉に対して能力者に必要な情報を与えたり便宜を図ったりという間接的な接触を維持していくような関係を維持していくことは、多分、そんなに難しいことじゃなかったんだと思う。所詮想像、まあ妄想みたいなものかも知れないし俺の願望込みかも知れないが、『機関』という組織のやっていることの無茶苦茶さを考えれば、古泉一人の立ち位置くらい案外なんとでもなりそうな気がする。
 でもって俺の想像が正しいとすれば、古泉は少なからず自分の意思で今の場所に居るってことになる。古泉は数少ない超能力者のひとりなんだ。『機関』の方が古泉に無理強いする理由がないだろう。子供相手なんだ。相手の意思を尊重する素振りをを見せた方が扱いやすいに決まっている。時としてそれを見抜くような子供も居るわけだが、それはそれだ。
 ――古泉は一体何のために機関に所属しているんだ?
 俺はその理由を知らないし、訊ねてみたこともない。訊ねたところで教えてもらえるとも思えないんだが。






……本文より一部抜粋しております