胸元から見上げてきた柔らかな顔立ちをじっと見つめて、それから、出来るだけ自然に唇を合わせる。キスの仕方も、こいつに教え込まれたものなんだよなあ、というのがなんだが……まあ、それは良いんだ。うん、ここから先は余計なことを考えるのはやめよう。さっきまでの暗い想像とかも一時停止して、出来るだけ目の前にことに集中しよう。無理強いしているわけじゃない、恋人同士のセックスなんだ。愛と快楽に満ちていた方が良いじゃないか。……改めて考えてみると、間違っているとは思えないが、声に出したり文章にするのはどうかって感じだな。
 ぐるぐると回り続ける思考を散らしながら、最初は軽く、啄ばむように互いの唇とその周囲の皮膚の感覚を確かめ合う。気持ち良いとか興奮するとかいうよりなんだかじゃれあうみたいだが、最初はこれで良い。舌先が上唇を舐め上げてきたので、唇を開いて舌を受け入れる。そっと舌を絡めあって、今度は自分から、唇の中、歯列の裏側を軽くなぞるようにしてみたら、抱きしめていた身体がぴくりと震えた。分かりやすい反応が面白くて、さて次はどうしようかと思っていたら、胸元に体重をかけられた。柔らかな膨らみが押し当てられる。この膨らみを感じるのはこれが初めてじゃないが、自分が男の状態でってのは初めてだ。勃つ物も無い状態ならいざ知らず、こんなことされれば反応するに決まっている。思わず舌を噛みそうになった。
「んっ……」
 このままキスしてたら絶対どっちかの舌を噛むって。情けない結論であることは承知していたが、舌を噛んでからじゃ遅いので俺は舌を引き抜いた。あ、唾液が糸を引いてる。
 緩やかに離れていった細い身体、その肩が上下していた。顔は赤いし唇からは唾液が糸のように伝っている。その状態でふわりと微笑まれて、俺はそのまま腰が砕けそうになった。古泉が美少女なのは知っていたし、俺が女だった時にも似たような表情を見せられたことが有るはずなんだが、ここまでぐっとくることは殆どなかった。勃つものが……いや、それだけが理由じゃないというか、古泉の方にだって理由は有る。今のこいつは女で、俺は男。厳然たる事実を前にして、古泉の行動にも変化が出ているんだ。当人に自覚があるかどうかは分からないが、俺はその微妙な違いを感じとっていた。
「あ、あの……」
 少し離れていた身体がまた距離を縮めてきた。元々襟ぐりが広めに取ってある胸元の、その中身が見えそうになる。やっぱりでかいよなあ……でかくて柔らかくて形も良い、当然触り心地も大変よろしい女の子の胸。思わず、といった感じで手が伸びてしまったのは正常な反応だと思う。
「……柔らかいな」
「あ、当たり前ですよ……前にも触ったじゃないですか」
「そりゃそうだが……」
 あの時とは状況が違うし、時間だって流れている。まあ、それをわざわざ口にしたりはしないが。……古泉が視線を少し彷徨わせていたのは、恥ずかしいからってことになるんだろうか。自分から誘ったようなものなのに? 乙女心ってのは複雑だ。今現在の古泉が乙女かどうかという点については大いに議論の余地が有ると思うんだが、その辺は棚上げだ。別に古泉の心境が複雑だとしてもそれが悪いとは思わないし、寧ろ複雑で当然じゃないかって気もする。複雑怪奇なものに絶え間なく振り回され続けるのはゴメンだが、それが楽しいと思えるときもある。なんでも予想通りじゃつまらないじゃないか。
 女になった古泉とこんなことをする、ってのは予想外どころじゃない、それこそ想像の斜め上くらいにかっ飛んだ出来事何だが、今は前向きに楽しもう。



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