とある少女の非日常的日常


 時々思う。
 どうして自分はこんな事をしているんだろう、と。
 最初は殆ど常時だった疑問が何時の間にか薄れ、流され巻き込まれ下手すれば一緒に波に乗るのが当たり前とさえなりつつ有ったが、やっぱり、時としてその疑問は復活するのである。
「はい、あがり」
 私は手に持った二枚のトランプをぱっとテーブルの上に置き、自分が一番最初であることを告げた。
 何のことはない、ただのババ抜きである。
「ふええ、またキョンさんが一番ですかあ」
 執事さんが慌て、
「なかなか勝てませんね」
 メイドさんが溜息をつく。
 ……ちなみに言いたくないが私もメイド姿なので、メイド二人と執事一人の計三人でトランプに興じているという状態だ。
 勿論全員本職ではなくコスプレであり、当然の如くこれらを押し付けたのはハルヒである。
 一体何をするのかはまだ聞いていないが、ろくでもないことなのは考えるまでも無いだろう。
 さて、そんな風に押し付けて来たハルヒが準備があるからと一人でどこかへ行ってしまったので、居残りになった四人中三人でこうしてトランプをしているわけである。
 一種異様な光景だとは思うが、今更この状況にツッコミを入れるなんていう不毛なことをする奴はこの団体の中には居ない。
 ちなみにもう一人の部屋の住人である長門はどういうわけか白衣姿だ。どうしてここで執事じゃないのかが疑問と言えば疑問だが、その疑問に答えてくれそうな人材はここにはいないので気にしない事にする。
 長門だったら執事より白衣の方が似合いそうな気もするしな。
 小柄な割に妙にパリっとした印象の長門には、こういう格好が良く似合う。
 似合ったからどうという問題でも無い気はするのだが、似合わないよりは似合う方が良いとは思う。
「やった。あがりですー」
「ああ、また負けちゃいましたね」
 私がぼんやりしている間に、執事対メイドの戦いも終わったらしい。
「それにしても、涼宮くん遅いですねえ……」
 執事さんこと朝比奈みくるさんが呟く。
 身長180センチを越える長身で容姿も飛び切りをつけて良いくらいの美少年だというのに、中身ほんわか、口調も言動もどことなく幼いという、ハルヒ曰く「ギャップ萌え」に相当する人材である。
 ちょっとギャップが有り過ぎるんじゃ無いかという気もするが、女子受けは凄く良い。母性本能を擽るタイプってことになるんだろうか?
 私も別に嫌いじゃないし、少し離れて見守る分には微笑ましい人物だとも思う。
「もう一時間ですか」
 メイドさんも腕時計を見る。
 こいつは古泉一樹。背丈は並かそれ以下だがアイドル顔負けの容姿を持つスタイル抜群の美少女であり、成績優秀運動神経抜群という逸材だが、性格その他については疑問が残りまくりの人物である。
 外面は恐ろしくいいが、本性はどうなのやらってところだな。
 ちなみにこいつはボードゲームやカードゲームには恐ろしく弱い。
 3戦やって3回ともビリという辺りがいかにもこいつらしい。
「このまま帰ってこないと助かるんだけどな」
 それはないだろうと知りつつも、私は呟く。
 殆ど無意識に髪をかくような仕草をした後に、そう言えば今日は髪型が違うんだったなんてことを思い出す。
 私は普段はポニーテールなんだが、今は何故かアップで纏められている。メイドたるもの云々とハルヒが言っていた気がするが、同じメイドのはずの古泉は何時もながらの肩までセミロングに手を加えられている様子はない。
「あ……」
 何故か朝比奈さんが、私の方を見ながら固まっている。
「ん、どうしました?」
「あ、いえ……」
 朝比奈さんがそのまま顔を背けた。頬がちょっと赤い気がする。
 何だか女の子みたいな動作と反応だなあと思うけれど、この人がやるとこれはこれで可愛いんじゃないだろうか。男が見たらどう思うか知らないが、女の私から見たらそれなりに微笑ましいと思う。
 しかし、何でこの反応なんだ。 
 私、何かしたか?
「……」
 古泉が、珍しく無言のまま私の方を指差した。
 正確には、腰より下……、って、うわ、
「す、すみません……」
 どうやら、スカートの中身が見えていたらしい。
 油断していたんだな……、この一連のやり取りでお分かりだろうが、今私が着ているメイド服のスカートの丈は短い、それも極端に。
 詳細を説明するのは省かせて貰うが、実用向きのものでもリアルを目指したコスプレ衣装でもなく、イメージとお色気重視路線のコスプレ系メイドさん仕様だと思ってもらえば良い。
「い、いえ、キョンさんは悪くないです……」
「ええっと……」
 俯いたままの朝比奈さん、どう反応して良いのか分からない私。
 不可抗力とはいえここは謝るより怒った方がまだ良かったのかなんて思ってみたりもしたけれども、謝った後でそんなことに気付いてみても遅いし、大体朝比奈さん相手にこの状況で怒るというのも妙な気がする。別に朝比奈さんが悪いわけじゃないし。
「ま、どっちも悪意があったわけじゃないですから、水に流せばいいじゃないですか」
 古泉がさらりと割とまともな事を口にする。
 ちなみにこいつが着ているのは同じメイド服でもクラシカルな感じの正当派路線の代物だ。当然、スカートも長い。せめて変われと言いたいところだが、こいつがハルヒの命令によって着ている代物を交換してくれるとは思えない。
 元々の身長や体型が結構違うので、交換してまともに着られるのかって疑問も無くは無いが。
「……そうだな」
「あ、あの……」
「あー、謝らなくていいですから。私が不注意だったんですし」
 それ以前にこんな衣装を用意したハルヒが悪い気もするんだが。
「キョンさん……。ご、ごめんなさい」
 でかい図体をちぢ込ませる朝比奈さん。
 ギャップ萌えは良いけれども、たまにはもうちょっと男らしく振舞えませんかとツッコミたくならないわけではない。
 そんな私の頭に、朝比奈さん(大)の姿が思い浮かぶ。体格は殆ど変わらないが、今の朝比奈さんより大人っぽくて隙の無い好青年の、朝比奈さんの大人バージョンだ。
 この朝比奈さんがどうやったらあんな風に変われるんだろうという疑問は有るが、それを目の前にいる朝比奈さんにぶつけるわけにも行かない。
「あなたも少し気をつけた方が良いですよ」
「ほっとけ、普段制服以外でスカートなんて履かないんだよ」
「そんなだから、野球の時に相手チームの皆さんが困った顔だったんですよ」
「……古い話を持ち出すなよな。大体、お前の時の方が相手さんは困っていたじゃないか」
 ああ、何時ぞやの野球大会か。
 そのときの私と古泉は、途中からハルヒが持ってきたチアガール姿にされたんだよな。というかハルヒの命令で古泉が私を無理矢理着替えさせたんだが。
 頭の痛い想い出だ。
「それは、作戦としてそういう風になるようにしたまでですよ」
 古泉がちょっとだけむっとした顔になる。
 媚びているというほどじゃないが、動作が一々乙女街道まっしぐらなのはどうなんだ。
 今時そんなの絶滅危惧種だぞ、私みたいのが標準だとも思わないが。
 一応、そんなことをしても私達二人はまともに打てなかったということを一応付け加えておこうか。古泉は私よりは運動神経が良い事は確かだが、まともに野球をやっている大学生やそのOBの速球をまともに打てるほど野球が得意なわけじゃない。
「あ、あの、喧嘩は……」
「ああ、別に喧嘩じゃないですよ。けど、ハルヒ遅いで――」

「やっほー、おまたせーっ!」

 私が言いかけるのとほぼ同時に、ドアが全開になった。
 誰が来たなんて言うまでも無いだろう。
 ハルヒが、仁王立ちでそこに立っていた。
 ちなみにハルヒは何故かひらひらシャツにピシッとしたズボンの……、ええっと、王子様スタイルとでも言うんだろうか。
「待たせてごめん、んじゃ、行くよ」
 ハルヒはぱっと朝比奈さんの手をとると、そのままくるっと踵を返して歩き出した。
「は、はわっ、はわわ〜」
 足をもつれさせながら着いて行く朝比奈さん。
 体格は朝比奈さんの方が上だが、運動部の三年生男子だって勝てそうに無いハルヒ的馬鹿力に普通人代表みたいな体力や腕力しか無さそうな朝比奈さんが勝てるわけがない。
「お、おい、どこへ行くんだよ」
 朝比奈さんがハルヒに引っ張られれば私が追いかけ、古泉と長門は勝手に着いて来る。
 何時もながらのSOS団5人の様子だが、今日は執事白衣王子にメイドが二人という大盤振る舞い状態なので、何時も以上に恥ずかしいことこの上ない。
「演劇部」
「演劇?」
「そ、新入生歓迎会での演劇部の劇に俺達も参加することになったから」
「え、ええええええ? な、なんですかそれぇ」
「これもSOS団の宣伝活動の一環だよ。それに、参加する代わりに古い衣装を幾つか譲ってもらえることになったしね」
 朝比奈さんの当然の疑問に対して、ハルヒが超良い笑顔で微笑んだ。
「それは良い案ですね」
 ハルヒ的意見に追従する古泉。
 こいつは元々こういうやつだし、割と前向きなコスプレ担当みたいなところもあるからな。
 執事とメイドが日替わりで現れる文芸部室なんて世界広しと言えどこの学校だけだと思うぞ。
「でしょ? あ、新しいの色々有るから、楽しみにしていてね」
「はい。あ、でも過激なのはちょっと、」
「ああ大丈夫、そういうのは全部キョンに着せるから」
 ちょっとまてえええ!!
「お、おいおいおい」
「だってさ、一樹ちゃんは素材がいいからどんな服でも着こなせるけど、キョンはそういうわけにはいかないじゃん」
「いやまてそういう問題じゃ――」
 この際容姿のレベルの話なんてどうでも良い。
 私より古泉の方が可愛いのは認めてやろう。10人居たら9人目までは私じゃなくて古泉を選ぶだろう。進んで私の方を選ぶ奴が居たらそいつは変人と言っても良い。
 とはいえ、自分はああなりたいわけじゃないし、なれるとも思えない。
 しかしだな、コスプレに関しては容認するわけには――。
「さ、いこいこっ」
 ハルヒは私の訴えを完全無視し、朝比奈さんの腕を取ったまま元気よく歩き出した。
 笑顔美少女と無表情文学少年がその後ろを着いていく。
 私はどうやったらコスプレを回避できるかと必死に考えながら、前を行く四人を追いかけた。

 そもそも過激なコスプレ衣装の前にこの実用性無視のメイドさんが一体どんな役どころかということを知らされて私の頭が真っ白になりかけるのは、もう少し後の話である。





 
 ブログに書いた反転話。
 有希が全然出てこないので何時かリベンジしたいところ。
 あと、ここには書いていませんが、これだと朝比奈さん(大)が元の古泉みたいなキャラのような気がしてなりません。(061102)