買い物日和に


「合宿なんだから、当然着ていく服や水着も買うべきよね! 出来れば女の子同士で!」
 合宿に着いてのことを話し合った次の日、涼宮さんがそんなことを言い出した。
 合宿とは僕と涼宮さんが企画した、孤島を持っている僕の親戚の元へSOS団の皆で行くというものだ。
 準備のために涼宮さんが何か言い出すかなと思っていたから、これは想定内かな。
 態々女の子同士を強調する辺りに見える思惑が無いわけでも無いけど、そこはツッコミを入れるようなところじゃないだろう。
「水着ですかあ、良いですねえ」
 これは朝比奈さん、彼女らしい反応だ。
「良いですね。女同士で買い物というのも」
 僕も朝比奈さんに倣っておくことにする。
 背景事情を全部抜きにしても、そういうのは悪くないと思う。
「でしょでしょ? あ、……ねえ、有希、あんた私服って持っている?」
 涼宮さんが、長門さんの方を見た。現在この部室に居る唯一の男子だ。
 もう一人の男子はといえば、彼は補習のため席を外している。
 長門さん……、そう言えば、長門さんは私服って持っているんだろうか?
 僕は長門さんの私服姿を見たことがない。
 多分、それは涼宮さんや朝比奈さんも一緒だろう。
「……」
「持ってないのね。分かったわ、一緒に買いに行きましょう!」
 というわけで、買い物は女の子同士ではなく、1対3というアンバランスな状態で行われる事になった。
 当然だけど僕も朝比奈さんも涼宮さんに反論したりなんてしない。別に反論する必要が有るようなところでも無いし。
 え、どうして最後の一人を誘わないのかって?
 ここは、乙女心は複雑だから、とでも答えておくべきかな。


 かくして、約一名を除くSOS団の四人は買い物に出かけることになった。
 僕達女子三人の水着と、長門さんの私服選びだ。
「みくるちゃんはかわいいのが良いわよねー」
「サイズを考えたら、上下別々に選べる物の方が良いかもしれませんね」
 朝比奈さんは胸が大きい割に小柄なので、明らかに上下のサイズが合ってない。
「そうね、じゃあ、こっちのコーナーね」
 涼宮さんがずんずんと目的の場所へと向っていく。
 当然、朝比奈さんの主張なんて聞いていない。
「はわわ、派手過ぎですよ〜」
「良いから着てみなさい。あ、そうだ、一樹ちゃんは青がいいかしら?」
「試着してみましょうか? ああ、涼宮さんはこれなんかどうです?」
「あ、これ良い感じね」
 とまあ、こんな感じである。
 結局ああでもないこうでもないといいあった挙句、涼宮さんは赤のタンキニ、朝比奈さんはピンクのワンピースで、僕は青のビキニということになった。
 上級生が一番子供っぽいってのはどうだろうという気もしないではないけど、まあ、似合っているから良いんじゃないだろうか。朝比奈さんに関しては、ワンピース型で彼女のサイズに合うのはこれしかなかったという理由も有るんだけど。
 ちなみにここまでの所要時間約一時間半。
 水着だから試着にも多少時間がかかるとはいえ、それでも結構な時間だ。
 この間中、長門さんは制服姿のまま突っ立ったままだった。
 涼宮さんも朝比奈さんも、長門さんに意見を聞こうとは思わないらしい。勿論僕もだけど。
 一時間半の間ぼーっと立ったまま女の子がわいわい騒ぐ様子をただ眺めているっていうのは、どんな気持ちなんだろう?
 そんな彼の様子に興味が無いわけじゃないけど、僕にはちょっとその思考回路が分からない。

「ああ有希、待たせちゃってごめんね」
「ごめんなさい〜、わたしが手間取っちゃったせいで」
「お待たせしてしまいましたね」
「……」
 三者三様の謝罪をどう受け取ったのか、やっぱり無表情で立ち尽くしたままの長門さん。
 店員さんはどう思っていたんだろうなあ、女の子三人に着いてきた『だけ』の制服姿の男の子を。誰かの彼氏には見えないと思うし……。
 まあ、ちょっとくらい変に思われたって、僕らには困ることなんて殆ど無いんだけれど。
 誰がどうとは言わないけれど、そもそも全員奇異の目で見られるのは慣れっこか、気にしてないかのどちらかだからなあ……、あんまり慣れて良いものだとは思わないんだけど。

 さて、それから僕らは昼食を取り、午後は長門さんの服選びとなった。
 涼宮さんが僕らを先導して先ず入ったのは、チェーン店になっている有名な量販店だった。バリエーションはあんまり無いけど、安くてオーソドックスでそこそこ質も良い服の宝庫と言えるだろう。
 私服を持ってないらしい長門さんにはちょうど良いスタート地点かな。
「じゃあ、まずはとりあえず一揃い選びましょう!」
 と涼宮さんが言って、それから服選びに入る。
 とはいえ長門さん自身は相変わらず突っ立ったままなので、選ぶ役割は僕等の仕事になるんだけど。
「Tシャツとかは何枚有ってもいいわよね、有希なら何でも似合いそうだし!」
 涼宮さんの意見には僕も同意だ。
 長門さんの容姿ならほぼ何だって似合うだろう、似合わないものがあったらそっちが知りたい。長門さんは小柄だけど脚は長いしスタイルも良いし、顔も整っているし小顔で全体のバランスだって良い。
「あ、あとこのシャツとか。こっちのハーフパンツに……」
「長門さんの体型を考えると、下は女物の方が良いかもしれませんね」
 長門さんは身長は女の子の平均くらいの涼宮さんと同じかほんのちょっと高い程度で、僕よりは小さい。本人が体型を気にしているのを見たことは無いけれども、服を選ぶ時には気にしないと駄目だろう。
 長門さんなら何でも似合うとは思うけれども、似合うような服が普通に売っているかどうかというのはまた別問題なんだよね。
「あ、そうね。じゃあこっちね」
 涼宮さんが長門さんの手を引っ張っていく。
 僕や朝比奈さんの手を引く時と同じ、相手の性別なんて気にしてませんって感じの振る舞いだ。
 長門さんの方にも、それを気にする様子は無い。
「細かいサイズが分からないから、とりあえずこれ全部試着してみて」
 といって涼宮さんは同じジーンズのサイズ違いを長門さんに差し出した。
 長門さんがそれをもって試着室に向う。
 待つこと約3分。
「有希ー、合うサイズ有った?」
「……一応」
「じゃ、それ着てみせてよ」
「……了解」
 返事がしてからちょっと立ってから、長門さんが試着室のカーテンを開いた。
「へー、こういうのも似合いじゃない! でも、ちょっと大きいわね……」
「そうですね……、似合わないことは無いと思うんですが」
 男と女の体型の違いなんだろうか、明らかにヒップの所が余っている。
「ねえ有希、それウエスト何センチの奴?」
「58.5、でも少し余る」
 市販の服のサイズは多少サバ読みが入っているとはいえ、細いなあ。
「あんたほっそいわねえ。けどそれじゃ普通に売っている男物は着るまでも無く全滅って感じね……。まあ良いわ、とりあえず色々持ってくるから似合いそうなのを幾つか買いましょう! その後はデパートの小さめサイズの所に特攻よ!」
 涼宮さんが、元気に手を振り上げた。

 結局この量販店で買ったボトムズは、オーソドックスなジーンズが一本と、ハーフパンツが一つだけだった。上に比べると明らかに少ない。
 ちなみに、会計は僕持ちだ。
「あ、有希、お金は一樹ちゃんが払ってくれるから良いのよ。宝くじで当たった分の一部をSOS団に還元してくれるんだって、いい心がけよね。有希も感謝するのよ!」 
 宝くじなんて勿論嘘で、この手の資金は全部『機関』が出しているのだけれど、涼宮さんをは上手く誤魔化されてくれたらしい。
 長門さんが信じてくれているかどうかは僕にも良く分からなかったけれど、彼も僕が払うことに着いて特に不満はないようだ。

 次に僕らが向ったのは、デパートの一角、涼宮さんの宣言どおり男性の小さめのサイズが揃っている場所だった。
「有希、これ」
「これなんか長門くんに似合うと思うんですけど」
「こっちも良さそうですね」
 場所は変わってもやることは同じ、女三人で長門さんを只管着せ替え人形にするだけだ。
 男の子の服を選んであげた経験なんて全然ないんだけど、これはこれで楽しいかも知れない。
 涼宮さんや朝比奈さんも僕と似たような心境なのかな?
 長門さんが楽しいかどうかはちょっと分からないんだけど、付き合ってくれているってことは、少なくとも嫌だとは思ってない。……ということだと思っておこう。
「んじゃ、これとこれとこれと……、えーっと、ここまで買っちゃいましょ! 一樹ちゃん、お金の方は大丈夫よね?」
「まだまだ余裕がありますよ」
 さっきの店と合わせると既に合計額は6桁に達しそうなところだけれど、予め宝くじと言っているからか涼宮さんの方にも遠慮が無い。
「じゃあ会計ね。あ、有希、この後制服に着替えるってのもなんだから、そのままで居なさい。ああ、店員さんにタグを切ってもらわないとね」
 長門さんの返事を聞かないまま、涼宮さんが忙しなく動く。
 彼女らしいことだ。
 かくして僕らは長門さんの服を買い込み、ここに制服姿ではない長門有希が完成した。
 大き目の黒いロゴの入った白いTシャツの上に、ぴったりとしたジーンズという格好が、長門さんには良く似合っていた。
 まあ、長門さんは、背丈はともかくとして、顔立ちやスタイルで分類すれば間違いなくカッコいい男の子の部類なんだから、当然といえば当然の気もするんだけど。
「とりあえず服はもう良いわよね。これからどうする?」
「あ、あたし行きたい所が……」
「何、みくるちゃん?」
「えっと、この近くに出来た喫茶店なんですけど……」
「じゃあ、行きましょ!」
 用事は終わったけれど、時刻はまだ3時過ぎ。
 お茶にはちょうどいい時間かもしれない。
 かくして僕らはデパートを出て、駅の反対側の喫茶店を目指して歩く事になった。


「よう、お嬢ちゃん方、俺たちと一緒にどうだ?」
 駅前の辺りで、僕達に話し掛けてくる人が居た。
 大学生くらいの男の人が、全部で4人。
 これは、ナンパってことかな?
「何あんた、邪魔よ。あたしたちは急いでいるの」
 涼宮さんはそういうのが嫌いと言うか、関心が全く無い。
 ナンパ嫌いの女子は少なくないと思うけど、彼女の場合視点が他の人とは若干ずれている。
 まあ、その詳細をこの人達に分かって欲しいとは思わないし、涼宮さんがただの『ナンパ嫌いの女の子』に見えるなら、それはそれでいいことだとも思う。
 きっと中学時代の彼女だったら、こんな時でさえもっと違う感じに見えていたんだろう。
 今がその延長線上ではないというのは、良い傾向だ。
「そう言うなって、茶ぐらい奢るぜ?」
「あんた達、ナンパ? 悪いけどあたし達そういうのに付き合う気ないの。それに、男の子も居るしね」
 涼宮さんはそう言って、長門さんの手を握って自分の傍に引き寄せた。
「おいおい、そいつ男だったのかよ。こんなにちっこい癖に」
 あ、そうか、この人たちには長門さんは女の子に見えたんだ。
 ううん、長門さん、中性的な雰囲気もあるし、細身で小柄だしなあ。間違えるのも仕方ないかも。
 でも、そういうあからさまな反応って長門さんに失礼じゃないかな。
「そーよ。有希は強くてカッコいいんだからね、あんた達なんかより全然良いんだから」
 涼宮さんが長門さんの手を握ったまま、もう片方の手を振り上げる。
 そういう風にしていると、カップルに見えなくも無い。
 長門さんは無表情のままだけど……、あ、目付きというか、目の色が違うかも。
 明らかに不機嫌と言うか、怒りを感じさせる様子だ。それも、燃え上がるような感じじゃなくて、静かな、冷たい怒り方。
 怒っている長門さんなんて、始めて見たかも。
「何だよ……。けっ、しゃあねえなあ」
 長門さんと涼宮さんの前にいた男の人もそれに気づいたのか、あっさりと退散していった。
 良かった、あんまりしつこいタイプじゃなくって。
 絡まれた所で長門さんと僕が居れば撃退できるだろうけれど、穏便に済ませられるに越した事は無いものね。
「変な連中。ま、良いわ、行きましょう!」
 涼宮さんが元気よく仕切りなおして、長門さんの手を引っ張っていく。
 強いとかカッコいいとか言ってみた割には、相手のことを異性として全く意識して無さそうな振る舞いだ。さっきはカップルって言ったけど、改めてみるときょうだいみたいな感じかもしれない。
 長門さんがそんな涼宮さんをどう思っているのかは、平常モードに戻ってしまった彼の顔からはちょっと窺い知れない。若干の不満が有るような気がしないでも無いんだけど。
 元気よく前を行く涼宮さんと長門さんの後ろを、僕と朝比奈さんが追いかける。

「……さっきの長門くん、ちょっと怒ってましたよね」
 朝比奈さんが、信号待ちの時に僕にしか聞こえないような小さな声でそう言った。
「ええ、そうでしたね」
「何だか意外でした。でも……」
「長門さんでも、怒ることはあるということなんでしょうね。まあ、意外という意見には同意ですが」
「……」
 僕が答え、朝比奈さんが無言で頷く。
 長門有希というヒューマノイド型インターフェースにも感情らしき物があることを、僕等は知っている。
 その意外とも思える一面に少し驚いたのは確かだけれども、そういう場面が有ったっておかしくないだろう。
 長門さんに与えられた性別にどれほどの意味が有るのかなんていうのは僕の知るところじゃないし、きっと、朝比奈さんも知らないことなんだろうけれども。
 何時か僕等も、その理由を知るときが来るんだろうか。
「ほらほら、早く行くわよー!」
 横断歩道の真ん中にいた涼宮さんが振り返り、信号が変わったのに立ち止まったままだった僕等に呼びかける。
「あ、はい、今行きます」
「ああん、待ってください」
 追いかけてもう一度集まり、今度は涼宮さんが僕に話し掛けてくる。
 始まる会話に朝比奈さんも加わり、長門さんは何時もながらの無表情で僕等を見守るだけだ。手は、繋いだままのようだけれども。
 こういう時の長門さんが何を思っているかは、僕には分からないし、まだ誰も分からないのかも知れない、何て風に思ってしまったりもする。
 だけど。
 長門さんも、何かを考えている。
 それは今の僕には分からないことだし、もしかしたら今の彼の本当の理解者はどこにも居ないのかも知れないけれども、何時か、誰かが分かってくれることなのだと思う。
 そのとき最初に分かるのは僕じゃないかもしれないけれど、そんなことは問題じゃない。
 誰かが、長門さんの考えている事を分かってやれればいい。
 出来るなら、それは長門さんが大事だと思っている人だといい。
 僕だって理解するための努力を放棄する気は無いけれども、自分だけが何て風に思ったりはしない。
 だから今は、もう少し彼と彼の周囲のことを見ていよう。
 宇宙人の感情と人間関係の移り変わりを見れるなんて、滅多にないことなんだから。





 
 一有希反転、さよるさんのところの設定を借りています。
 僕っ娘な一樹ちゃんと、有希の男のプライド(061102)