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ペルソナ


「んー、どれがいいかしらね」
 本日、SOS団の不思議探索という名の暇潰しに浪費される一日。
 何を血迷ったかハルヒ先導の元俺達は籤引きもなく五人でメガネ屋に来ていた。
 なぜメガネ屋? とツッコミを入れるなかれ。どうせハルヒの向かう先に深い意味なんて無い。今日のこれだって思いつきの一種だ。
 さて、ハルヒは元メガネっ娘の長門相手に度の入っていないサンプル用のメガネをとっかえひっかえかけているという状況に有るわけだが、長門だけじゃ飽き足らないのか、途中朝比奈さんにも同じことをしていたりする。
「ふええ、変な感じです」
 メガネをかけさせられた朝比奈さんが、困惑の声をあげる。度は入っていないはずだが、それでもメガネをかける、という行為には違和感を抱く物らしい。
「んー、似合わないわけじゃないけど何か違うわね……」
 小柄で童顔だけど胸は大きくて上級生でメイドキャラでおまけに未来人の朝比奈さんにこれ以上萌え要素を付加する必要はないだろう。そろそろ飽和状態も良いところだ。
「キョン、古泉くん、二人ともちょっとこっち来て」
 そんな女子団員二人をいじり倒すのに飽きてきたのか、ハルヒの白羽の矢は俺と古泉、即ち男子二人の方に向けられることとなった。まあ、メガネをかけるだけ程度なら付き合ってやらんこともない。
「んーっと、キョンはこれとこれ、古泉くんはこの三つ。二人とも順番にかけてみて」
 ハルヒに言われるまま、俺と古泉はメガネをかけ始める。
 メガネをかける前に目を合わせたところ一瞬苦笑気味というか、どこか煮え切らない表情に見えたのは気のせいかね。しかしメガネってのは変な感じだな。慣れてないからかね。朝比奈さんが困惑していたのも分かる気がする。
「あら、いい感じね」
 古泉が三つ目のメガネをかけたところで、ハルヒがぱっと眼を輝かせた。
 へえ。……ハルヒのセンスをとやかく言うつもりもないし俺にメガネ属性が無いのはもちろんだが、ここはハルヒの意見に賛同してやっても良いかも知れない。
 シンプルな黒いフレームのメガネは、日頃から優等生っぽい雰囲気を纏う古泉には結構似合っていた。
 優等生では有ってもそういうキャラでは無いと思っていたんだが、こうすると委員長系って風に見えなくもないな。風紀委員とかじゃなくて学級委員とかの方な。
「……お褒めいただいて光栄ですよ」
 ずれたメガネをかけ直しながら古泉が答える。忌々しい話だが、顔が良い奴はこういう何気ない仕草でも絵になるということを思い知らされるような構図だ。
「うんうん。似合っているわ。んー、どうしようかしら、これ」
「度の入ってないものを作ってもらうことも可能」
 どっから持って来たのか分らないが、店内に置いてある値段表らしきものを手にした長門がハルヒにそう言った。角度の都合で俺の視界にも入るその値段は、結構手頃な物だった。へえ、メガネってのは度が入らなきゃ結構安く作れるものなんだな。始めて知ったよ。そもそもメガネ屋にまともに入ったこと自体殆どないんだが。
 この値段なら、ファッションでだてメガネをかける奴の気持ちも分からんでもない。俺はしないが。
「んじゃ、作ってもらいましょ! 今日から古泉くんは期間限定メガネキャラだからね!」
 古泉の意思も聞かず他の団員の意見を聞くこともなく、ハルヒは頭一つ分高い位置で曖昧な絵を浮かべる男に向かってそう言い切った。


 メガネキャラ、ねえ。
 別に古泉がメガネキャラになったところで俺の日常には何の変化もなく、まあただ何となくハルヒが満足しているらしいので、これで次の面倒事が一つ先送りに出来て一安心って程度だ。そういう意味で考えれば古泉だって似たような感想を抱いていたっておかしくないと思うというか寧ろ古泉の方がそういうことを気にする立場のような気がするんだが、どうも、その翌日からの部室での古泉の様子を見る限り、そういう風には見えなかった。
 自分が弄られキャラになっているのが納得がいかない……、というわけでもないだろうな。古泉はどっちかって言うとハルヒの暇つぶしのため手段を先回りして準備したり俺や朝比奈さんを困らせるハルヒを誘導したりするような役回りだが、他の誰かと一緒に面倒事を押しつけられる立場に回ることもそんなに珍しいわけじゃない。単体だから云々、とも考えづらいし……、さて、理由は何だろう。
 古泉のことなんて、とも思うが、気になると言えば気になる。
 メガネにトラウマでも有るのかね。……自分で言っておいてなんだが、メガネにまつわるトラウマとは一体何ぞやって感じだが。そんなの想像もつかないぞ。
 俺のメガネメモリアルには、メガネをかけていたころの長門と、その長門がらみというべきだろうか、朝倉に殺されかけた経験×2なんていう物が刻まれていたりもするのだが……、改めて考えてみると、メガネが俺のトラウマになって無いのが不思議っちゃあ不思議だな。まあ、物に罪は無いってことにしておくか。
 そしてこういう言い方も何だが、俺が体験した以上のメガネにまつわる出来事を古泉が体験しているとも思えない。……俺が体験したのは、修羅場とかいう次元の話ですらないからな。
「なあ、古泉」
 それから何日か過ぎた放課後。
 古泉のメガネキャラは解除されていなかったが、ハルヒはまた何か新しい面白いことを見つけたのか、長門と朝比奈さんを連れてどこぞへと消えていた。
「はい、何でしょう?」
 立ちあがって暇つぶしの手段を探すようにうろついていた俺とは裏腹に、何をするわけでもなくパイプ椅子に座ったままだった古泉が俺の方を見上げて来た。笑っているんだろうなと思うが、メガネに光が反射しているからか、その表情が上手く読めない。
「メガネ」
「……メガネがどうかしましたか?」
 ハルヒがいないときでも律儀にメガネを外さず、どうやらクラスメイトの前でまでファッションで通しているらしい古泉が、メガネの蔓に手をかける。
「何かやな思い出でも有るのか?」
 どうやって切り出すかと考えたりもしたんだが、結局俺は直球で行ってみることにした。古泉相手に遠周りに向って行っても逃げられるだけだ。
「……あなたには敵いませんね」
 肯定の代わりの降参の言葉とともに、古泉がメガネを外す。その下から現れたのは何時もの爽やかスマイルだが、ここ数日メガネをかけていたからだろうか、少し久しぶりな気がした。
「一体何が有ったんだ?」
「何が、というわけでもないのですが……。そうですね、ちょっと転校してくる頃のことを思い出してました。僕が、涼宮さんに望まれたキャラを演じているという話は以前もしましたよね?」
 何時だったっけ? よく思い出せないが、何度か聞いたような気がする。あんまり記憶に留めておきたい話じゃないんだが、耳の奥にこびりつく感触の有る話。
 何せ俺は、それが現実の一部だってことを知っているからな。真実の全てだと思っているわけでもないが。
「その時の話なんですが……、まあ、メガネキャラも良いんじゃないかな、というような話も有ったんですよ」
「初耳だな」
「話すようなことでもないですから。まあ、それだと長門さんと被りますし、僕の外見でメガネキャラも似合わないだろうってことで取りやめになったんですが」
 何かを懐かしむかのように、古泉の手が手にしたメガネを弄ぶ。
 似合わない、ね。ハルヒの選んだメガネをかけているお前を見る限り、そんなことはないと思うが……、まあ、古泉にメガネは要らないと思う。長門云々はこの際関係ない。
 窓から差し込む夕日が、レンズでキラキラと反射する。
 ここ数日で気づいたというか改めて思ったことだが、メガネってのはかけ方にもよるだろうが、どうやらかけている人物の表情を曇らせる効果が有るらしい。仮面、ってことかな。
 それが身体の一部として馴染む度入りのものならばともかく、本来必要のないダテメガネで有れば尚更だ。
「……それだけですよ。それ以上の思い出も何もありません」
 そんだけ聞ければ充分だ。
 古泉も……、仮面云々って辺りは、ちゃんと分かっているんだろう。自前の仮面の上にもう一つの仮面を被る滑稽さ。
 道化にもほどが有る。
「貸せ」
「えっ?」
「良いから貸せよ」
 手を伸ばし、古泉の手からメガネを奪う。俺の意図が理解できていないのか、古泉が呆然とした表情で俺の方を見上げている。こういうときだけは、仮面が少しだけ剥がれかけるように出来ているらしい。
 手に取ったメガネを、自分の顔にかける。夕日のせいか光の入り方が裸眼の時と違うのが少し鬱陶しいが、それは我慢だ。
 仮面の代わりに使えるならそれで良い。
「あの、何を」
 文句を言いかけた古泉の唇を、自分の唇で塞ぐ。
 メガネが少し邪魔だなと思ったが、何時だって俺と古泉の間には邪魔なものだらけだから、そんなことはどうでもよかった。
 そのまま古泉のネクタイを軽く引っ張って、床に引き倒す。抵抗はされてないわけだが、単に驚きのせいで思考と動作が着いて来れないからだろうってのは、雰囲気で分かる。
 尻餅をついた古泉が何か言いたげにしているが、無視させてもらう。言いたいだけで口にしないなら、そんな言葉は無いのと同じだ。
 そのまま俺も床にかがみ込み、今度は視線の高さを合わせてキスをする。舌で割って入った先の唇の中が微かに震えている気がしたが、そんなものは俺が丸ごと飲み込んでやる。
 なあ、古泉。
 お前は俺の表情が読めないのが不安か? 行動の意味が分からないのが不安か?
 そしてそれを言葉に出来ないのは、そうだって認めたくないからか?
 ……バカだろ、お前。
 それじゃ普段の俺と同じじゃないか。
「あの」
「口でするからな」
「え、あ、あの……」
 突然の展開についていけない古泉がまともに動揺しているが、抵抗する気も逃げる気もないのかただじっとしままだ。……やっぱりバカだ。
 ズボンのベルトの金具に手をかけ、さっさとベルトを引き抜いてしまう。
 ファスナーを下ろし、下着の隙間に手を差し入れてその中心を暴きだして口に含む。動作に迷いのない俺を古泉が不思議そうな眼で見降ろしている視線を感じるが、そんなこと知ったことじゃない。
 たまにはこういう気分の時も有るんだよ。
 やるのはもう何度目か分らないくらいだからな、顎が疲れるのは確かだが、口の中に含んだものが固くなっていく感触とか、先走りの味なんてのは、大して気になるもんじゃない。
 慣れってのは恐ろしいもんだ。
 寧ろ、こうしている時間が楽しいとさえ感じるんだから。
「んっ……」
 裏側の筋をぺろりと舐めあげると、古泉が小さく声を漏らした。性急な行為に気持ちの方がついていってないんだろうというのは雰囲気で分かるが、だからと言って遠慮してやるつもりは全く無い。
「あ、あの……」
 口の中に含んだものが脈打つ瞬間、古泉は俺の頭を強く掴んだ。
 そのまま、ほとんど力ませに引き剥がされる。神経を舌と口に場所に集中していたからだろうか、上手く抗うことが出来なかった。
「……あっ」
 古泉の吐き出す精が、俺の顔にかかる。逸らそうとしたのは分かっていたが俺がそうさせなかったってわけだ。べとつく液体も、慣れてしまえばどうということもない。こういうものだ、と思えるようになる。本当は飲んでやるつもりだったんだけどな。
 まあ、それは良いか。……不味いのは確かだし。
 ん、メガネにもかかっているな。自分で仕掛けておいてなんだが、何のプレイだこれはって感じだよなあ。そういや最近ちょっとご無沙汰だったから、メガネ有りで、なんてのはしたことが無かったか。別にそんなプレイをやりたかったわけでもないが。
 メガネにかかる精液を指で軽くすくって、古泉に向ってニヤリと笑いかけてやる。
「な、何なんですかあなたは、」
「さあな」
 羞恥と疑問とその他もろもの感情が綯い交ぜになったままの古泉の頬に、指先の液体をこすりつけてやった。古泉は、逃げない代わりにびくっと軽く肩を震わせた。行為がどうというよりも、そういうことしている俺の思考が読めないのだろう。
 ああ、そうだろうな。
 俺自身にもよく分からない衝動が、他の誰かに分かるわけが無い。まして、古泉に。
「わけが分からないですよ……」
「それはこっちの台詞だ」
 抱きついて、表情を隠すように抱きしめる。体温を感じると、少し落ち着ける気がした。
 結局さっきまで俺の中に有った何かは、普段の古泉の飄々とした態度に対するちょっとした反抗心みたいなものだ。メガネで表情をってのは、その一端だな。
 子供っぽいことだってのは分かっている。
 古泉がそういう風で居ないといけない理由も分かっている。
 でも、良いじゃないか。……たまには、そんな風に思ってみても。
「……仕方ない人ですねえ」
 溜息交じりの古泉の声は、すっかり何時もの調子だった。
 俺の行動、結局読まれたのか? ……まあ、良いか。どっちが上手なのかよく分らないのは何時ものことだし、結論が必要なことでもない。
 たまに、前を行かれている気がするとムカつくだけで。
 古泉がそっと俺の身体を押し返してきたので、俺は離れる前にもう一度古泉の唇を自分の唇で塞いでやった。




 絵茶で書いたもの。……メガネ萌え?(070803)


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