springsnow

Girl meets Girl 05





 水曜日。
 ホームルーム前の時間、ハルヒはぶすっとした顔で席に座っていた。
「どうしたんだ、そんな顔して」
 昨日の今日では有るが、一応声はかけてみた。
「もう、全然駄目っ」
「何が全然何だよ」
「探索の事よ。あの後一人で二回も調べなおしたのに何も収穫は無かったし、集めてもらった資料も何の役にもたたなさそうだったし……、古泉くんも思ったより役に立たないわよね」
「……おい」
 俺は思わず席を立ち上がっていた。
「何よ?」
 見下ろされるのが気に食わないのだろうか、ハルヒも立ち上がった。そのまま、二人して机を挟んで睨み合う形になる。
 ハルヒの表情からすると、不機嫌度マックスに加えてその他マイナスの感情を幾つか追加されているようだが、そんなことは知ったことじゃない。
「その言い方は無いだろ。古泉はちゃんとお前のために調べてくれたんだし、朝比奈さんだってプリントアウトを手伝ってくれたんだぞ」
 一人で勝手にやっていることについて一人で愚痴るなら本人の自由さ。でもな、それがどんなにくだらないことだろうと意味の無いことだろうと、他人の手を借りていることなんだ。文句をつける前に先ずは筋を通すべきことが有るだろう。
「役に立たないものは役に立たないんだもの、仕方ないじゃない」
「だからってそういう言い方は無いだろっ!」
 こいつ、本物の馬鹿だ。
「事実は事実だもの!」
「何だとっ!」
「何よっ!
「もーう、喧嘩は駄目だよ」
 今にも掴みかからんばかりのハルヒと俺の間に割って入ったのは、昨日とは違う人物だった。
 朝倉涼子、このクラスの委員長だ。
「朝倉……」
「何が原因か知らないけど、まずは言葉で解決、そうでしょ?」
 朝倉の笑顔は人を安心させるものを持っているみたいだが、朝比奈さんの笑顔ほどの鎮静効果は無い、と思う。
 それに関してはハルヒも同じなのか、ハルヒの方も何か煮え切らないような表情のままだ。
「……」
「……」
「ほら、ホームルーム始まっちゃうよ」
 ……しかし、部活の時間と違って朝のホームルーム前の時間というのはごくごく短いものなのだ。
 時間切れタイムアウトというやつだった。


 当然だが、4時限目が終わるまで俺とハルヒは一切口を聞かなかった。
 そして4時限目が終わると同時にハルヒは何時ものように教室を飛び出していった。
 俺は教室で弁当を食べるかそれとも外に出るか少し迷ったが、外に出てうっかりハルヒと鉢合わせたりするのも嫌だなと思い、教室で弁当を開いた。
 ……否、開こうとした。
「あ、お客さんだよ」
 教室の入り口のところに居た女子グループの一人、朝倉涼子が俺を呼んだ。
 開いたドアの向こうに、古泉が立っていた。
「……何の用だ?」
 笑顔で通常営業中の古泉を見上げつつ、俺は訊ねる。こいつが何の理由も無く俺のところまでわざわざやってくることなんて考えられない。
「心配だったのでこちらまで来てしまいました。あなたと涼宮さんが喧嘩をしたらしいと小耳に挟みましたので」
 ハルヒは有名人だからな、違うクラスでも噂くらいはすぐに伝わるんだろう。それは別に不思議な事でも何でもない。
 だけど、なんでお前がわざわざ俺のところにやって来るんだ。
「ご迷惑でしたか?」
 心配そうな顔。
 本当に、相手のことを心配しているように見える表情。
「……」
「お昼ご飯でもご一緒にどうですか?、僕も今日はお弁当を持ってきていますので。まあ、僕はコンビニ弁当なんですけど」
 そう言って、古泉はコンビニ弁当が入っているらしいビニール袋を胸元まで持ち上げる。そういやこいつには、弁当を作ってくれるような人間はいるのだろうか。家族とか……。
「……」
「ここが駄目でしたら、部室でもどこでも構いませんが」
「ちょっと待ってろ」
 俺は一旦引き返して弁当を持ってくると、空いている方の手で古泉の手を握って歩き出した。
 周りの視線が自分達の方に集中している気がするが、そんなことはこの際どうでもいい。


 そのまま古泉の手を引いて部室に行ってみたら、部室は、鍵が開いているのに誰も居ないという状態だった。
 以前の俺だったらこの状況に疑問を持ったかも知れないが、妙なものを色々見せられた
後では今更気にもならない。俺はこの頃定位置になって来ている気がする場所に有るパイプ椅子を引っ張り出して腰を下ろし、机の上に弁当箱を置いた。
 開いてから、食べる前にちょっとだけ考える。俺の目の前では、古泉がコンビニ弁当を食べるための割り箸を割っているところだ。
「やる。その代わりお前のをよこせ」
「は?」
 古泉が目を点にしている。
 何だ、こいつ、こういう表情もするんだな。
「コンビニ弁当なんて久しく食ってないからな、食いたくなったんだ、だからよこせ。代わりにこれをやるから」
 俺は自分の弁当箱を古泉の前、コンビニ弁当が置いてある隣に置いてやった。
「は、はあ……、別に構いませんが……」
 頭にクエスチョンマークを灯したままの古泉が、俺の方にコンビニ弁当を差し出してきた。
 俺の行動の意味が理解できないんだろうか。……まあ、俺自身良く分かって無いんだが。
「ああ、こっちのは母親が作ったやつだからな」
 一応付け加えておくか。
 ……さて、当たり前のことだが高校生の男子と女子の食事量には普通体格や運動量などに応じて相応の差があるものであり、当然俺と古泉もその例外ではなかった。
 俺は途中でコンビニ弁当を食べきるのを諦め、残りを古泉に突きつけた。と言ってもサラダとご飯しか残ってないが。
 味はまあ、普通だった。コンビニ弁当はコンビニ弁当だしな。
 ちなみに古泉の方は俺が押し付けた弁当を綺麗に平らげている。わざわざ俺の母親に対して謝罪と褒め言葉の両方を口にしている辺りが、何となくこいつらしい気がした。
「……あなたもなかなか大変なようですね」
 奇妙な食事時間が終わってから、古泉はそう言った。食事中はお互い殆ど喋ってなかったわけだが、人間、食べているときは誰だって口数が減るものだから、それは別に不自然なことでも何でもない。……と、思う。
「……何で俺のところに来るんだ」
「心配だったからですよ。それ以上の理由が必要ですか?」
「どうしてハルヒのところに行かない」
 こいつの最優先事項はハルヒであって俺じゃない。
 こいつにとって俺はハルヒのついででしかない。
「僕が涼宮さんのところへ行っても、何の意味も無いでしょう」
 古泉が、自嘲気味に笑う。
「そんなの、行ってみなきゃ分からないだろう」
「行かなくても分かりますよ。今の涼宮さんが求めているのは僕では有りません」
「……そう言い切れるってことは、それだけハルヒのことが分かっているってことなんだな」
「そういうことになるかもしれませんね。向こうはこちらを知りませんでしたが、僕のほうからすれば一応三年分の積み重ねが有るわけですから」
 ぽっと現れただけの俺とは違うってことか。
「……どうしたんですか、一体?」
 心配と苦笑を混ぜたような微妙な表情の古泉が、そっと手を伸ばしてくる。
「近寄るなっ」
「あの……」
「近寄るなってばっ!」
 
 ガシャン、と、大きな音が鳴った。

 手を振り払った拍子に、弁当箱まで落としたらしい。
 古泉が、不思議そうな表情で俺の方を見ていた。
「あ……」
 からからと箸が転がっている。
 物音が、奇妙な方向へ昂ぶっていた心の熱を吸い取っていくかのようだ。
「あ、俺……」
「落ち着いてください。僕は逃げませんし、何かを無理強いするつもりも有りません。何か愚痴りたい事が有れば聞き役程度にはなれますよ?」
 弁当箱を拾って俺の前に置いた古泉が、優しげな視線を湛えて俺の方を見下ろしてくる。
「……」
「勿論、言いたくなければ言わなくても結構ですが。……ただ、あまりストレスを溜め込まないようにした方が良いですよ。あと、悪循環に陥らない発散方法を覚えた方が良いかもしれませんね」
「……説教するのかよ」
「すみません。癖のようなものでして」
「……」
「……教室に戻りますね」
 古泉が、さっと踵を返そうとする。
「帰るな」
 俺は殆ど反射的にそう言っていた。
「え?」
 呆気に取られたように、古泉が振り返る。
「……二度は言いたくない」
「分かりました、ここにいますよ」
 古泉が、パイプ椅子に腰を下ろす。
 それから俺達二人は、午後の授業が始まるまで何も言わずにその場所に居た。


 ギリギリまで部室に居たせいで教室に帰るのが少し遅れてしまったが、どうやら5時限目は自習らしく教師はいなかったので、委員長の朝倉に少し注意されるだけですんだ。
「ねえ、キョン」
 相変わらずダウナー系一直線のような状態のハルヒが、どういうわけか俺に話し掛けてきた。
「あんた、昼休みの間古泉くんと一緒だったの?」
「……ああ、一緒に部室で飯食ってた」
 答える義理は無かったが、嘘を吐く理由も無かった。
 そもそも手を握って歩いていた所を何人もの生徒に見られている。よくよく考えてみると、それは結構恥ずかしい状況なのかも知れない。
「そう……」
 ハルヒの声が尻すぼみがちになる。何か思うところでも有るのかも知れ無いが、俺にはそれが一体何なのか、なんてことが分かるわけも無かった。
 ハルヒの行動パターンと思考パターンは、何時だって俺の心の蚊帳の外なんだ。

 午後の授業が終わり今日も部活かと思ったところで、
「今日は中止よ。他の三人にも伝えてくるわ」
 ハルヒはそう言って教室を出て行ってしまった。
 朝方のことが原因なのかそれとも他に理由が有るのかは分からなかったが、まあ、そういう日も有るんだろう。
「あ、一緒に帰らない」
 俺達の会話を聞きつけたのか、朝倉が俺の傍によってきた。朝倉は帰宅部だ。
「えっ……」
「良いでしょ?、ちょっと話したいことがあるの」
「まあ、構わないが……」
 委員長が一体俺に何のようだろう。
 何時もの世話焼きの延長線かも知れないが……、まあ、説教されるのはあんまり好きじゃないが、別に断るほどの理由も無い。
 そんなわけで、俺は朝倉と一緒に帰る事になった。


 坂道を下りながら、朝倉が色々と話し掛けてくる。
 くだらない雑談めいたことが殆どだったが、ハルヒという変な女とその他SOS団メンバーによって非日常的で騒がしい世界に放り込まれてしまった今の俺にとっては、大して意味のない雑談が妙に居心地のいいものに思えた。
「ここから少し行った所に新しい喫茶店が出来たんだけど、一緒に行かない?」
 坂道を下りきった所で別れるかと思ったら、朝倉がそんな風に俺を誘ってきた。
「いや、俺金無いし……」
 無くは無いが、先週末の不思議探索とやらの最初の喫茶店での奢りと、午前中の買い物、昼飯代などで俺の財布は結構疲弊している。
「あ、お金の心配ならしなくていいよ。あたしが奢るから。ね、いいでしょ?」
 朝倉の奢りか……、それはそれで悪くないと思うが、俺は別に朝倉に奢られる理由は無い。
「あたし、キョンちゃんともっと話がしたいんだ。だから、お願い」
 一体なんだ。
 っていうかお前までそのあだ名で呼ぶのかよ。今更訂正する気にもなれないけどさ。
「……分かった、行くよ」
 嫌味の無い笑顔で誘ってくる朝倉を無理に引き剥がす気にもなれず、俺は朝倉と一緒に喫茶店に行くことになった。


 朝倉が誘ってくれた喫茶店は、新しく出来たというだけあって綺麗な場所だった。
 雰囲気も内装も悪くない。しかもその割に値段は手頃だ。
 今日の払いは俺じゃないが、こういう場所なら人を誘ってもいいかもしれないな。
 誘うような相手が居るかどうかはまた別の問題だが。
「あたしはチーズケーキと珈琲、キョンちゃんは何にする?」
「チョコパとアップルティー」
 どういうわけかイラついているときは甘いものが欲しくなる。
 女の、というか人の性か?
 本当に必要なのはカルシウムのはずなんだが。
「そういや朝倉、話って何だ?」
「あ、ううん、具体的にどうってわけじゃないんだけど……」
 何だ、用事が有ったわけじゃないのか。
 まあいきなり深刻な話題を振られるよりは良いか。
 たまにはハルヒ以外とこうして放課後を過ごす事も大事だろう。
「キョンちゃん、涼宮さんのことをどう思う?」

「……変な女」

 ハルヒを表すのにこれ以上適切な言葉なんて思い浮かばない。
「そ、そう……。う、うん、涼宮さんは変わっていると思うけど。そうじゃなくて……」
「あいつは変な女だろ。まあ、悪い奴じゃないと思うが」
 悪意が無いってのは見てれば分かる。
 散々迷惑をかけられている俺から見たって、ハルヒ本人が子供の悪戯程度にしか思って
ないってことは理解できる。
 自覚が無いから許せるって物でも無いが、自覚が無い以上本気で見捨てるとか見限ると
いう気にはなれない。
 それに、別の事情もあるしな。
 ……記憶の中で、灰色の世界と青白い巨人、赤い光と戦乙女が交差する。
「そっか……、うん、悪い子じゃないってのはあたしにも分かる気がするよ」
 良かったなハルヒ、理解者になってくれそうな奴が増えたぞ。
 お前が一番理解されたくないタイプかも知れないが。
 ……いや、それともハルヒは人に理解されたいのか?
 それは……、俺には分からない所だな。
「聞きたいのはハルヒのことだけか?」
「ううん、それ以外のこともあるよ」
 朝倉が言いかけたタイミングで、注文したケーキやパフェがやって来る。
 俺達はどちらともなく喋るのを一旦中断してそれぞれ目の前に有るものにスプーンを伸ばした。
 一口食って分かる、美味い。
「まだハルヒのことか?」
 適当にチョコパを口にしつつ、朝倉に聞き返してみる。朝倉は朝倉で、割合上品な、それでいて女子高生らしいと思えるような微妙な手つきでチーズケーキを口にしているところだった。
 口にしていた一欠片を流し込んでから、朝倉が再び口を開く。
「ううん、キョンちゃんのことだよ」
 俺?
 俺が一体なんだって言うんだ。

「キョンちゃん、好きな子居るんでしょ?」

 ……。
 ……話の先行きが突然変わったな。
「何だよ、いきなり……」
「あ、図星みたいだね。本当はもう誰かってのも大体目星は着いているんだけど――」
「俺の事はどうだって良いだろ」
「良くないよ」
 朝倉が、ちょっとだけ眉根を寄せる。
 昨今の女子高生の平均より少し太目の眉がくりっと動くと、普段は大人っぽい印象の朝倉が少しだけ子供っぽく見えるから不思議だ。
 けど、朝倉がどうしてこんなことをわざわざ口にする?
 他人の友人関係はともかく、恋愛関係なんて委員長様の口出しする分野じゃないだろ?
 お節介な委員長様も、そのくらいの線引きは出来るものじゃないのか?
「良くないって……」
「だってキョンちゃん、このままだと自滅しちゃいそうなんだもん」
 ……眉を少し動かしながらそう言った朝倉の表情は、やっぱり委員長らしかった。
「あたしね、分かるんだ、今のキョンちゃんが凄く涼宮さんに遠慮しているって」
 朝倉が勝手に喋っている。
「キョンちゃんの好きな子は、きっと涼宮さんのことが好きなんだよね? 違うかな?」
 答える義理は無い。
 逆は絶対無いと言える気がするんだが。
 悪いが『恋するハルヒ』なんてのは俺の想像の範囲外の代物だ。
「キョンちゃんにとって涼宮さんは恋のライバル? ううん、ちょっと違うかな、何だかもっと前の段階でキョンちゃんが躓いちゃっている気がするんだよね」
 朝倉の自問自答めいた言葉が続く。
 俺は無言でチョコパを食べ続ける。味が、段々良く分からなくなっていく。
 朝倉もたまにチーズケーキにフォークを伸ばすので、お互い無言のままの時間が結構長い。
 俺は、細切れに発生する微妙な沈黙を破る言葉なんて、持っていない。
「その子が自分の心配をしてくれるのも、一緒に居てくれるのも、話を聞いてくれるのも、全部涼宮さんの気を引くためだって……、キョンちゃん、そんな風に思っていない?」
 ノーコメントだ。
「あのね、キョンちゃん。……あたしね、あなたには変革が必要だと思うの」
 ……変革?
 何だろう、高校生レベルの恋愛にはあまり似合わない単語だと思うのは俺の気のせいだろうか。
 少なくとも、朝倉のキャラには余りあってないと思う。
「あっ、でもそう言っても無理かなあ、恋愛と友情を秤にかけるのは難しいしね」
 秤にかける以前に俺は秤を用意した記憶すらないんだが。
 そもそも秤の両側に乗せるにしては、俺とハルヒの重さは違いすぎる。
 あっちが金の鉱脈そのものなら、俺は道端の小石以下だよ。
「キョンちゃんも辛いんだろうなあ……。あ、あのね、あたしも、今ちょっと行き詰まっていることが有るの」
 何だ、一体。
 割と何でもこなせる上面倒見の良い委員長キャラの朝倉が、一体何に行き詰まっているというのだろう。
 心配してやる義理は全く無かったが欠片程度の興味はあるし、俺の身の上話的な話を朝倉が延々続けていくよりはなんぼかマシだし、ついでに言うとチョコパを奢ってくれた手前ってのも有るから、聞いてやれないことも無い。
「あたしは現状を打破したいのに、上がそれを許してくれないんだよね」
 ……上?
 ……話が全然見えない。
 恋愛絡みとは絶対に違うよな。
 朝倉は帰宅部だったはずだから、バイトか何かの話か?
 けど、そんなことを俺に話してどうしたい?

「うん、でもまあ、それも今日までで終わりにすることにしたの」

 朝倉が、部活を作ればいいのよと言った時のハルヒとタメを晴れるくらい良い笑顔になった。
「あたしは現状を打破するために、自分で何とかすることにしたの」
 俺は椅子に座ったまま、朝倉から距離を取るように少しだけ腰を後ろに引いた。
 朝倉が、そんな重要そうな話を大して仲が良い訳でも無い俺にする理由が良く分からなかったからだ。
「だからキョンちゃん、死んでね」
 朝倉が、唇を動かす。

 その瞬間、俺の記憶が警鐘を鳴らしていた。



 NEXT


Copyright (C) 2008 Yui Nanahara , All rights reserved.