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キョンちゃんと一樹くん 08


 飯を食ってさてすることが有るかと問われれば、答えはノーだ。
 外に出られない休日、慣れない他人の家。……その割には好き勝手やらせてもらっている気もするが。
 しかし、古泉の家ねえ。
 来るのはまるっきり初めてというわけではないが、こんな風に押しかけ臨時居候状態になったのはこれが初めてだ。
 長門の家ほど生活感がないとは言わないが、男子高校生の一人暮らしにしちゃ不自然だ。家が広すぎるし、妙に整い過ぎているし、その割に物は多くないし。
 一体本人はどう思っているのかねと問い合わせたいところだが、生憎その家主様は一人黙々と詰め碁の本を読んでいらっしゃる。割と広いリビングの対角線上。呼べば返事はするだろうが、積極的に俺の方に近づく気はないらしい。
 どうしたものかな。
 暇なのは確かだが、ここで古泉を呼びつけてやりたいことが有るわけじゃないんだ。こんなところでまでボードゲームってのもなんだしな。
 そうだな……。
「……ちょっと向うの部屋を借りるぞ」
 と有ることを思いついた俺は、リビングの端に有る扉に手をかけた。この扉の向こうはさっきメジャーを使って身体のサイズを測った部屋だ。あの時は部屋の中のことなんて気にしなかったというかそんなところまで目がいかなかったんだが、今になって、ちょっと好奇心が湧いてきた。
「あ、はい、どうぞ」
 本から顔をあげた古泉は怪訝そうな顔だったが、止めるということはしなかった。
 ちょっと躊躇いがちには見えるが……、まあ、良いか。許可をもらったってことは入って良いってことなんだし。
 心配そうな古泉の視線を背中に受けつつ扉を開き、部屋の中に入る。
 なんてことは無い、男の部屋。
 自分の部屋と比較するつもりは無いが、ぱっと見ただけで目を引くような物が何もないって辺りは俺の部屋と同じかもな。まあ、大抵の男子高校生の部屋なんてそんなもんさ。
「さて……」
 男が(何度も言うが俺の認識では俺の精神状態は男のままだ)同性の友人の家に来てすることなんて、決まっている。
 ザ・宝探し!
 あの澄ました顔の下に一体どんな欲望諸々が詰まっているかなんて、興味の惹かれるところじゃないか。古泉だって健全な男子高校生なんだ。そーいうもんの一つや二つ絶対持っているはずだ。無い方がおかしい。
 そうと決まれば早速探索開始だ。
 お約束としてはベッドの下とか、棚や机の後とか……、ううん、無い。しかし、家具の隅の辺りに埃がつもっているのが気になるな。掃除くらいちゃんとしろよ。
 こういう場所以外だと、あれか、本棚の二列になっている場所の奥の方とか、別のブックケースの中とかか。
 うわ、本棚の中はミステリとかサスペンスとか……、趣味偏ってんなあ。悪い趣味とは言わないが、一高校生としてはどうかと思う。もうちょっと若者向けの本とかも読んどけ。
「……あの」
 適当な本のカバーを外しては戻したり、DVDケースの中を開いたり閉じたりしていたところで、扉が開いた。不思議そうな顔をした古泉が、俺の方を見ている。
「ん、どうした?」
「いえ、何をしているのかと思いまして」
「探し物」
「……へ?」
「えっちな本とか、ビデオとかそーいうのが無いかなって思って」
 今やっていることがやっていることだし、隠しても仕方ないだろう。
 何、古泉だって同じ男さ。俺の気持ちくらい分かってくれるさ。……家主が在宅中に堂々とやる奴はあんまりいないと思うが。
「な……!!!」
 古泉は一瞬大きく眼を見開き、何かを言いかけ、そしてそのままぱくぱくと数度唇を動かしてから、両手で顔を覆ってその場に屈みこんだ。
 何だ何だ、そのオーバーリアクションは。
 ……そんなに見つけられたくないものが有るのか?
「あ、いや、まだ何も見つけてないし」
「……」
 頭上から声をかける俺に対して、返答はない。
 本当、何だろうね、この反応。
 俺の方が悪いっての分かるというかその自覚は有るんだが、これはちょっと予想外過ぎだ。そんな、嘆かれるほどのことをしたつもりはないんだが。それとも何か、古泉は俺にはばれて困るような特殊な性癖の持ち主なのか? ……そこまで変人では無いと思うんだが。もしそうだったなら今後の友好関係についてちょっと考えさせてもらおう。
「なあ、古泉」
「……あの、ですね。あなた、今の自分の状態を把握していますか?」
 ゆっくりと立ち上がりながら、古泉が問いかけてくる。
「ああ」
 身体は女だな。心まで染まったつもりはないが……、あ、でも、女の精神状態でそういうあれやこれやを見てみるってのもまた違った趣が有って楽しいものかも知れない。うーん、楽しもうと思えば色々楽しめそうだな、、今の状況。
 どうせ一週間限定、戻れるってことが分かっているってのは結構気楽なもんだ。
「……本気で言っているんですか?」
「当たり前だ。お前、今の俺が正気じゃないようにでも見えるのか?」
「いいえ……。あなたが正気の状態でそんな風だからこそ、余計問題なんですよ。もっとも、あなた自身には分からないことでしょうが」
 悪いがその通りだ。
 俺は至って正常のつもりだからな。おかしいと言われてもどこがどうおかしいのかさえ分からん。……おかしいのはきっとお前の方だ。うん、そうに違いない。
「まだ続けるつもりですか?」
「んー、良いや」
 家主にばれた後に続ける理由もないし。
 適当に答えながら手にしたままだったDVDケースをラックに戻す俺の正面で、古泉がほっと安堵を示すかのような溜息をついた。
 ……変な奴。
 
 
 
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